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大空真尋のカオスデイズ  作者: グラ
1/1

第1話

私の周りは個性が強すぎる。


 朝7時。私は目覚まし時計の音でいつも通りこの時間に起きる。でも起きたとは言っても正直まだ眠いけど、いつまでも眠いままじゃいられない。私、大空真尋おおぞらまひろは小学5年生。あと2年で中学生になり、大人に近づいていくのだから今からしっかりしていないと。

 下に降りて洗面所で顔を洗う。よし、完全に目が覚めた。着替えも済ませたし学校の準備もできている。そしたら朝ご飯……なんだけどすぐには無理らしい。


「あ、真尋。お姉ちゃんのこと起こしてきてもらえる?」


 お母さんが困った顔で私にお願いしてきた。またか。お母さんの頼みだから断らないけどあいつには本当に呆れる……。

 私は返事をして再び2階に行く。向かうのは私の部屋の隣。ここにお母さんと私を困らせる元凶がいるのだ。部屋のドアを開けてベッドの前で足を止める。


「ぐおー………」


 お腹を出し、大口を開けていびきをかいていつまでも寝ているこいつは私のお姉ちゃんの真彩まあや。そしてお母さんと私を困らせる元凶の正体だ。

 私と真彩は双子の姉妹。顔は似ていて身長も一緒……なのに中身は全然違う。

 自分で言うのも何だけど、私はしっかりしている方だ。夜更かしをしないで早く寝て早く起きる。学校の宿題はちゃんとやってるし、授業の予習復習は欠かさない。テストはいつも高得点。それにクラスの委員長も自分で立候補してなった。

 それに比べて真彩は本当にだらしない。ほぼ毎日夜更かしで朝は1人で起きない。宿題や普段の勉強もサボってゲームや漫画ばかり。テストの点数はいつも酷い。やることもやらないで遊んでばかりいる。


「はぁ……」


 こんなに情けない姿を見てため息が出てしまう。一応お姉ちゃんのくせに私よりしっかりしてないとはどういうことだ。現に今もまだ寝てるし。というか夏でもお腹出してると冷えるでしょ。

 早くこいつを起こさないと朝ご飯が冷めるし何より学校に遅刻する。こいつが自分で起きればこんな面倒なことしなくて済むのに……と心の中で思いながらも私は真彩の肩を掴んで身体を起こす。そして……


「さっさと起きろっ!!!」


 私は真彩を床に叩きつけた。ただ声をかけて身体を揺するだけではこいつは起きない。叩きつけるなり殴るなり乱暴しないといけないのだ。まぁこいつの身体は丈夫だし罪悪感が湧かないから躊躇なくできる。あ、いびきも止まって動き出した。やっと起きたか。


「あー……なんか身体痛い。あれ、何でまひろんがボクの部屋にいるの?」


「いつまでも寝てるから起こしに来たの」


「もう少ししたらちゃんと起きようと思ってたのに」


「2秒でバレる嘘をつくな」


 毎朝起こしに来てること忘れるなよ。痛い目みないと全然起きないくせに。でも起きたならいい。あとは真彩に学校に行く準備をさせるだけだ。私は真彩に着替えるように言ったけどなかなか動かない。こいつ……もっと痛い目見ないとわかんないのか?


「早く着替えて真彩。遅刻する」


「いや、ずっとここにいるのが気になるし……まさかまひろん、ボクの着替え見たいの?」


「お前が二度寝しないように見てんだよ」


 何で私がお前の着替えを見たがるんだよ。目を離すとベッドに戻るからそうしないように見てるんだよ私は。そもそもお前の着替えを見たがる人なんていないだろが。

 真彩は残念そうな顔で着替え始める。こいつマジで二度寝しようとしてたな。見張っていてよかった。

 毎朝こんなことして面倒だけど、私が言わないと何もしないから仕方ない。お姉ちゃんのこいつがこんなのだから妹の私がしっかりしないと。私は真彩を連れてリビングに向かった。やっと朝ご飯だ。












 朝ご飯を食べ終わるとランドセルを背負って玄関を出る。外は強い日差しが道路を照らして蝉が元気に鳴いている。暑くて溶けそうなんて思ったけどそんなことは気にせずに、私たちは手を繋ぎながら全力疾走。


「ちょっ……待ってまひろん。走ると食べたもの出そう……」


「そんなの我慢! それより遅れてんだから急いで!」


 朝は早く起きたしちゃんと準備もした。なのに家を出るのに遅れた。真彩のせいで。

 全部台無しなんだけど。こいつ朝ご飯はのろのろ食べるしトイレ長いし……。色々と時間がかかってそのおかげで朝から走らなきゃいけなくなるとかふざけんな。ただでさえ今は夏で暑いのに。それに一緒に登校するために友達と待ち合わせもしてるんだから余裕持って出られるようにしてよ。振り向いて真彩の様子を見てみるとお腹を押さえて危ない表情。でもスピードは落とさない。こいつのせいで遅れているんだから。たとえ吐いてもそのまま連れていく。

 必死に走っていると目印の花壇が見えてくる。もうすでにみんな集まっていて私たちが最後。これ絶対に待ち合わせの時間過ぎてるよね。


「あ! まーちゃんズ来た!!!」


 私たちが来たことに気づき、最初に反応したのは同じクラスの友達の夏川菜々美(なつかわななみ)。朝から元気な声で私たちを呼んだ。

 菜々美はとにかく元気。食べることが大好きでよく食べる。そしてよく遊んでよく寝る。そのおかげなのか、私は菜々美が風邪をひいたところを1回も見たことがない。


「ひろちゃんおっはよー!!!」


 菜々美は挨拶をしながら私に近づいてくる。ちなみに今言った『ひろちゃん』とは私のこと。菜々美は友達のことを呼ぶときはあだ名なんだけど私と真彩が一緒の時はさっきみたいにまとめて『まーちゃんズ』と呼ばれている。


「あ、うん。おはよう菜々美」


 こういう菜々美の元気で人懐こいところはまぁ、好き。でも正直に言うとちょっとだけ面倒。なぜかというと菜々美には親しい人に抱きつく癖があるから。今日もここに着いた瞬間すぐに私は菜々美に抱きしめられた。すっごく暑い。走ってきて汗かいてるのに。一回抱きつくとなかなか離れないからこれが面倒でしょうがない……。


「おはようございます。真尋さん、真彩さん」


 次に反応して挨拶したのは諸星礼子もろぼしれいこ。綺麗な金髪のロングヘアーが特徴だ。この金髪は地毛で、なんでも礼子のお母さんは外国の人なんだそうだ。初めて見た時はつい見惚れたのを覚えている。礼子は名前の通り礼儀正しく、誰に対しても敬語で話す。


「おはよう、礼子」


「はいっ。今日もいい天気ですけど暑いですね……」


 うるさいのやだらしなくて馬鹿で怠けているどうしようもないのがいる中、まともで普通に話せる存在。……今だけはね。


「真尋ちゃんと真彩ちゃん、おはよーっ」


 その次にうるさすぎない元気な声で挨拶したのは高山愛海たかやまあいみ。明るい笑顔で大きく手を振っていた。


「愛海もおはよう」


 この笑顔を見ると、自然と嬉しい気持ちになれる。

 愛海は誰とでもすぐに仲良くなるのが得意。初めて会った時からすでに菜々美と礼子とは仲がよかったし、2人以外にも既に友達がいっぱいだった。今はもうクラスの全員と友達と言ってもいい。私と真彩が菜々美や礼子とも仲良くなれたのは愛海のおかげだ。


「今日もいっぱい頑張ろうねっ」


 愛海は明るくて友達も多い。それに礼子と同じくまともな存在……なんだけど愛海には少し、いや、かなり困ったところがある。それは……。


「2人ともおはよ〜」


 あ、まだ私たちに挨拶をする人がいた。この人の紹介は欠かせない。最後に挨拶をしたのは高校生で愛海のお兄さんの勇海いさみさん。小さくだけど、愛海と同じように私たちに手を振っている。この人には普段からお世話になりっぱなしだ。

 私たちが遊びに来た時に勇海さんは私たちのためにおやつやご飯を作ってくれる。それ以外にも勉強も見てくれて何かあれば来てくれるし、とにかく私たちが困ったらすぐに助けてくれる本当に頼れる人……いや、頼れる人と言っていいのかな。頼りないってわけではないけど、勇海さんには心配な部分があるんだよね。

 まずこの人、断るってことを知らない。私はあまりしないけど、他のみんな(特に真彩と菜々美)が色々お願いしたとき何でもかんでも『いいよ〜』と笑顔で受け入れてしまう。

 次に甘すぎる。さっきの断ることを知らないってこともあるけど、この人は怒ったりしないし何かあっても許しちゃう。一応注意はするけどその時は言い方が優しい。……この甘すぎることが私を困らせるんだよね。これに真彩が甘えまくるから。私から逃げて勇海さんのところに行って、そして真彩を甘やかして駄目人間へと変えていく。元から駄目人間だけどあいつは。

 それで最後に、普段からおっとりしすぎている。落ち着いていて、優しいところは勇海さんのいいところだと思うけど、こんなだと危機感とかなさそうだし自分のことをちゃんと守れるのか不安になる。もしサバイバルになったら1番最初にこの人が脱落しそうって思ってる。このように3つも心配な部分が勇海さんにはあるのだ。


「お兄ちゃーんっ」


 私が挨拶を返そうとするといきなり愛海が勇海さんに向かって両手を広げて近づく。そしてそのまま抱きついた。そうだ、これが愛海の困ったところ。愛海は超がつくほどのブラコン。勇海さんが近くにいれば必ずこうなる。


「ぎゅーっ」


「愛海は甘えん坊だね。よしよし」


 勇海さんも笑顔で抱きついてる愛海を撫でてるし今日も甘すぎ。こんな暑い中よく抱きつけるよ。……私にもまだ菜々美が抱きついたままでそろそろ限界なのに。それにしても距離近すぎない? 聞いた話だとお風呂や寝る時も一緒でどんな時もずっとべったりらしい。兄妹ってこんな感じなの? 私と真彩は姉妹だけどこんなことしない。


「勇海さん、遅れてしまってすみません。ほら、真彩も謝れ」


「ご、ごめんなさい」


 呑気にしてる場合じゃなかった。こうなったのは真彩のせいだし真彩が1番悪いんだけど私も一緒になって遅れたことは変わらない。まだ抱きついている菜々美を引き離して、危ない表情から元に戻った真彩を連れてきて遅れたことを謝る。私の責任でもあるんだから次からは絶対に遅れないように気をつけないと。


「大丈夫だよ〜。まだ時間あるから」


 ……やっぱり勇海さんは甘すぎる。遅れることはよくないし時間を守ることは大切なことだ。こういう時は年上として注意するべきじゃないのか。そうじゃないとまた真彩がやらかしそうだし。


「それじゃあみんな揃ったし学校行こうか。準備はいい?」


 勇海さんが声をかけると、私たちは一斉に向き合いじゃんけんを始める。これは登校の際に誰が勇海さんと手を繋げるかを決めるもので、じゃんけんに勝った2人が手を繋ぐことができる。今からだいぶ前……私たちが小学1年生で勇海さんが小学6年生の時。登校するときに誰が手を繋ぐかで揉めたことがあった。それが結構長引いて遅刻しそうになって焦ったことを今でも覚えている。最初は笑いながら見てた勇海さんも遅刻しそうになって困ったのか珍しく提案し、それが定着して今では朝の真剣勝負になった。

 私たちは声を揃えて、それぞれ手を出した。


「よし、勝った」


「わ、私も勝ちました」


 勝ったのは私と礼子。礼子は「やった」と呟いた後、すぐに勇海さんの左隣に移動して少し恥ずかしそうに手を握った。負けた残りの3人は羨ましそうに礼子を見ている。


「よ、よろしくお願いします。お兄さん」


「うん。礼子ちゃん」


 勇海さんに手を握り返されて礼子の顔は真っ赤に。耳まで真っ赤。私も同じように反対の右隣に移動。でも手は繋がなかった。私は別にみんなのようにどうしても勇海さんと手を繋ぎたいわけではない。私はただ、勝負に勝ちたいだけ。じゃんけんだろうが何だろうが、勝負と聞くと熱くなる。それに勝てば気分も良い。


「ねぇ、真尋ちゃんも手を繋ごう?」


 学校に向かって歩こうとしたら、勇海さんが私に手を伸ばしてくる。


「いえ、結構です。私は勝負に勝てたことだけで満足ですから」


「そうなの?」


「そうです」


「まひろん! みっくんと手繋がないならボクと変われー!」


「黙れ敗者」


 お前は負けたんだから静かにしてろうるさいな。

 今の真彩が呼んだ『みっくん』とは勇海さんのこと。菜々美とは呼び方は違うけど、真彩も誰かを呼ぶ時はあだ名。私も『まひろん』って呼ばれてるし。


「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」


 変な声出すな気持ち悪い。そんな声出しても私の勝ちは譲らないから。

 真彩の何とも言えない気持ち悪い鳴き声を聞きながら歩いていると別れ道が。一緒なのはここまで。私たちが通う小学校と勇海さんの高校は道が違うからここで一旦お別れだ。


「それじゃあ気をつけてね。あ、帰ったらおやつもあるからみんなで食べてね」


「おやつ!!!」


 やっぱり菜々美は食いついてきた。目をキラキラ輝かせて勇海さんの前にやってくる。

 さっきの通り、勇海さんは私たちのためによくおやつとかご飯を作ってくれるんだけどそれがとても絶品。特に菜々美は食べることが大好きだから勇海さんの料理には目がない。ご飯を作ってくれた時はいつも以上によく食べている。もちろん私も勇海さんの料理は好き。だってとっても美味しいし。


「今日のおやつ何? さっちゃん!」


「帰ってからのお楽しみ……じゃ駄目?」


「今知りたい!!!」


 菜々美がおやつの話から食いついて離れない。まだ朝でこれから学校行くっていうのに……。勇海さんの言う通り楽しみはとっておいたほうがいいと思うんだけど。ちなみに「さっちゃん」とは菜々美の勇海さんの呼び方だ。

 勇海さんはまた「いいよ〜」と言って今日のおやつについて教えた。


「フルーツゼリーだよ。冷蔵庫に入ってるから」


「ゼリー! やったー!!!」


 万歳をして大きな声を出し、とにかく全身で菜々美は喜んでいた。

 なるほどゼリーね。こういう暑い日に冷たいゼリーだなんて嬉しい。菜々美じゃないけど私も今から楽しみ……って、おしゃべりしてる場合じゃないじゃん。


「みんな、おしゃべりおしまい! 急いで行くよ!」


 このままだと遅刻する! ただでさえ真彩のせいで集合が遅れたっていうのに。委員長が遅刻だなんていけない。もちろんみんなも遅刻は駄目だけど。


「えー、ボクもう少しみっくんと一緒にいだっ!?」


 真彩がうだうだ言ってたけどとりあえず1発殴って連れていく。そもそもお前のせいでこうなってるのわかってないだろ。余計なことして時間を無駄にするな。


「お兄ちゃんいってきまーすっ」


「いってらっしゃーい」


 勇海さんは私たちに手を振って見送る。みんなも手を振って学校へ足を動かした。よし、頑張ろう。学校が終わればお楽しみもあるし、何より自分のためでもある。今日もたくさん勉強しよう。

 ……なんて張り切っていたのに信じられない問題が発生した。真彩のやつ、宿題やってなかった。昨日から何度も同じこと言ってたくさん注意したのに。


「あ……忘れてた。めんご! まひろんっ」


 反省の色なし。歯を食いしばれ。頭にきた私は真彩を1発殴った。そしてその次に2発殴り、それから5発殴った。














 授業が全て終わって下校の時間に。帰る支度を済ませると私たちは集まって学校を出て愛海の家に向かう。


「ゼリーゼリーゼリー!!!」


 菜々美ったら嬉しすぎて踊りながら歩いてる。楽しみなのはわかるけどちゃんと前見て歩きなさい。車が来たら危ないでしょ。

 愛海の家に到着するとまずは手洗いうがい。そしてランドセルを置く。


「それじゃあゼリー持ってくるねっ。みんな待ってて」


「私も手伝います。愛海さん」


「ありがとう愛海、礼子」


 愛海と礼子にゼリーを持ってきてもらい、私たちはスプーンを手に取る。みんなで「いただきます」と言って私たちは揃ってゼリーを口に入れた。


「うん、美味しい」


「うんまーい!」


「さっちゃんのおやつサイコー!!!」


「冷たくて、甘くて、とっても美味しいです」


「お兄ちゃんすごいっ。いつも通り美味しい」


 美味しすぎて私たちの手は止まらない。さすが勇海さんだ。それに美味しいだけじゃなくてフルーツもいっぱいで見た目もすごく綺麗。まるで売っているものみたい。こんなに料理が上手だし、もしかして勇海さんの将来の夢は料理人だったりするのかな。

 私たちはゼリーを綺麗に完食。さて、ここからは本来の目的の時間だ。


「おやつも食べ終わったし、勉強するよ」


 そう。みんなで集まっているのは勇海さんのおやつのためだけじゃない。みんなで宿題を終わらせることや、わからないところを教え合うためでもある。ゼリーの器を片付けてランドセルから宿題を取り出した。真彩以外。


「えー、ヤダ。まだ体力回復してないしボクもう少しだらだらしてたい」


「駄目。すぐにやれ」


 ソファーに寝転がりながら反対した馬鹿の意見を無視して宿題を出させる。勉強のための集まりなんだから黙って従え。


「とりあえず真彩は忘れた宿題やって。それが終わったら今日の宿題も」


「えー……」


 真彩は量が多いとかブツブツ文句を言ってるけどそれは自業自得。普段からちゃんとやっていればそうはならないのに。本当に馬鹿だ。真彩は泣きながら鉛筆を握って宿題をし始める。泣くなよこれくらいで。それに比べて礼子と愛海は素直で真面目。あの普段騒がしい菜々美もこの時は静か。とても集中できる。

 しばらく勉強を続けていると急に菜々美が鉛筆を置いて大声を出した。


「さっちゃん来た!!!」


 犬かよ。声が聞こえたわけでもないのによくわかったね。菜々美は立ち上がって玄関に行く。完全に犬じゃん。


「ただいまー」


 本当に来てた。菜々美すご。


「さっちゃんおかえりー!!!」


 勇海さんがドアを開けると菜々美が飛び込む。……ってしまった! 菜々美をこのままにしておくのはまずい。押さえておかなきゃいけなかったのに。私が気づいた頃にはもう遅い。菜々美の頭が勇海さんのお腹に命中。その勢いで勇海さんは後ろに叩きつけられた。


「勇海さん!?」


「みっくん!?」


「お兄さん!?」


「お兄ちゃん!?」


 菜々美以外の全員が声を揃える。結構すごい勢いだったし、菜々美の頭は石頭だ。これってかなり危ないんじゃ……。


「びっくりした……」


 って平気なんですか。あれをくらって「びっくりした」で済むのが不思議なんですけど。とりあえず私は引っ付いている菜々美を勇海さんから引き剥がした。


「菜々美。危ないからそれやめるように言ったでしょ。もし勇海さんが怪我したらどうするの?」


「だってさっちゃんが帰ってきて嬉しかったんだもん!」


「だってじゃない。ほら、勇海さんに謝る」


 私は菜々美の頭を下げさせた。玄関開けたらいきなり飛び込んでくる石頭とか本当に危ないから。


「ごめん、さっちゃん……」


 まったく……。菜々美はじゃれてるつもりでも実際は危ないことになってるんだから反省するべき。さすがの勇海さんもこれには本気で怒るでしょ。


「平気平気。菜々美ちゃんはいつでも元気いっぱいだね」


 なんてことは無く、菜々美の頭を撫でて呑気に喋っていた。しょんぼりしていた菜々美の表情はすぐ笑顔に戻る。

 あんなことされてもすぐ許しちゃう。やっぱりこの人は甘い。なんで怒らないんだろう……。でも勇海さんが大丈夫なら安心。お出迎えも済んだし、また勉強を再開ってことで私たちはリビングに戻る。勇海さんも荷物を自分の部屋に置いてからリビングにやってきた。


「みっくん遊ぼー!」


「あっ、真彩!」


 またかこいつは。真彩が勉強をやめて遊ぼうとしてるけどそうはいかない。私は手を伸ばして真彩を掴んで座らせる。普段からこいつは勉強しないで遊んでばかりなんだ。こういう時くらいちゃんとやってもらわないと。いや常にちゃんとやらなきゃ駄目だわ。

 自分の宿題は終わったので真彩を見張る。私が目を離せば絶対にこいつはサボる。そんなことはさせない。真彩に所々教えながら勉強を続けさせていたが、とうとう限界がきてしまった。


「もーヤダー!」


 真彩は鉛筆や教科書を放り投げ、勇海さんのところへ逃げる。


「うわーん! みっくーん!」


 そのまま勇海さんにしがみ付き、外にいる蝉みたいにミンミン鳴く。……やかましい。


「よしよし。真彩ちゃんは充分頑張ったよ」


 勇海さんは真彩の頭を撫でてあげる。本当この人はすぐ真彩を甘やかす……。まだ昨日の宿題を半分も終わらせてないのにこれのどこが頑張ったと言えるのか。


「ゔぉっへへへへへっ。みっくん好き。ボクここの家の子になる。それでみっくんに養ってもらう」


 うわ気持ち悪っ。何今の笑い声。というか何言ってんだお前。気持ち悪い鳴き声だけじゃなく馬鹿なことまで言うな。


「いいよ〜」


 勇海さんもやめてください。「いいよ〜」じゃないですから。本気にしないでください。

 こんなの家に置いたら大変なことになりますよ。食う、寝る、遊ぶのカスですよ。とにかくこいつには宿題の続きをさせないと。このままでいたらいつまでも終わらない。


「真彩は勉強の続き! こっちに戻れ!」


「ヤダー! 勉強やめる! みっくんに養ってもらう!」


「あんた今まで以上に勇海さんに迷惑かける気か!」


 引っ張ってもびくともしないしいつまでも馬鹿なこと言ってるし……。わがままでダラダラしててやることをちゃんとしないこいつにはもう我慢の限界だ。少し本気で殴ろう。こいつは頑丈だから平気だし遠慮することはない。


「良い加減にしろこの馬鹿ー!!!」


 私の声と真彩を思いっきり殴る音がリビングに響いた。その後は真彩に宿題を続けさせる。その横で勇海さんは愛海、菜々美、礼子と楽しくおしゃべり。真彩は羨ましそうにしながら鉛筆を動かしていた。最初からやっていれば真彩もおしゃべりに参加できていたのに。これに懲りたら宿題はしっかりやるようにしなさい。…………はぁ。











「お……終わっ、た……」


 私が目を離さないでずっと見張っていたおかげで真彩の溜まっていた宿題を全部終わらせることができた。結構時間かかっちゃったけど。

 真彩はテーブルに伏した。力も使い果たして動けないみたい。邪魔になるし持って帰ろう。真彩のノートや筆箱をしまってランドセルと一緒に真彩を持っていこうとしたけど、さっきまで静かだったのに急に動き出した。まだ生きていたのか。


「み、みっくーん……。疲れたー撫でてー甘やかしてー……」


 狙いは勇海さんか。床を這って勇海さんに近づいていく。ゾンビかよ。


「いいよ〜。おいで〜」


 勇海さんは正座をし、手を広げて真彩を迎える。真彩がそこまでたどり着くと、勇海さんの膝枕に頭をのせた。まーた始まったよ勇海さんの甘やかしが。


「ああ、みっくんの癒しが疲れた身体に染み渡る……。寝心地も最高だしまさに天国……! それに比べてまひろんはすぐ怒るし殴るしうるさいし地獄だよ」


 悪かったなすぐ怒るし殴るしうるさいし地獄で。後で覚えておけよ。


「みっくんはめっちゃ優しいし怒んないしいい匂いするし! もう天使! いや、神!」


「ありがとう。真彩ちゃん」


 勇海さんばっかり……。別に羨ましいわけじゃないけど、私だって朝起こしたり勉強見てあげたり色々してるじゃん。私の方が勇海さんより真彩の面倒見てるし。別にいいけど。

 しばらく真彩を甘やかしていると菜々美と愛海もやってきて自分たちも膝枕をしてほしいとお願いをする。当然ここでも勇海さんの口から出た言葉は「いいよ〜」だった。


「えへへ、さっちゃーん!」


「お兄ちゃんっ。もっとなでなでしてっ」


 真彩と交代して菜々美と愛海も順番に膝枕された。2人はとっても幸せそう。甘やかしてる勇海さんも幸せそう。しばらくはあのままだろうし、この間に私は明日の授業の予習でもしてようかな。私は教科書を開いて早速始めようとしたけど、隣にいる礼子が真彩たちを見ているのに気づいて声をかけた。


「礼子も行く?」


「えっ!? い、いえ……。その、私は真尋さんと一緒に予習します。わからないところは教えてもらってもいいですか?」


 いいけど……礼子は本当に行かなくて後悔しないのかな。さっきから勇海さんの方をチラチラ見て集中できてないし。こんな状態じゃ勉強の内容が頭に入らない。行きたいなら行けばいいのに。


「あの、真尋さん。私、思ったんですけど……ひ、膝枕って、その……え、えっちじゃないですか?」


 は? 何を言ってるのかわからないんだけど。いきなり真面目な雰囲気で話し始めたと思ったら顔を赤くして不思議なこと言い出した。


「お兄さんのお膝に頭を乗せて、お兄さんの匂いを堪能できて、なでなでとかもされて……。そ、そしてそのままお兄さんに包まれて、イケナイ感じになったり……えへ、えへへへへ……」


 まーた始まったよ礼子の変な妄想が。こうなるとみんなと同類だ。

 普段は礼儀正しくて優しい良い子なんだけど勇海さんが関わるといつもこんな感じで自分の世界に入る。妄想の中では勇海さんと色々してるらしい。詳しいことは知らないけど。というか膝枕のどこがえっちなの。膝枕だけで妄想を膨らませて変なこと言い出す礼子の方がえっちじゃん。


「2人は勉強? 偉いね〜」


「にゃあ!? お、お兄さん!?」


 真彩たちを甘やかしていたはずの勇海さんがいつの間にか私たちのところに。急に来た勇海さんに驚いて礼子は声を上げた。


「頑張ってるね〜。よしよし」


 褒められるのは嬉しいけど子ども扱いされてるみたいでなんか複雑。いやまだ子どもだけども。そんなことよりも礼子がヤバい。


「あれ、礼子ちゃん? 顔真っ赤だよ」


 さっきまで勇海さんのえっちな妄想してて急に本物が来ちゃったからね。耳まで真っ赤。


「ちょっとごめんね〜」


 勇海さんは礼子の前髪を上げておでこを出すと顔を近づけていく。そしておでこをくっつけた。


「ひゃっ!?」


「結構熱いけど、大丈夫? 体温計持ってこよっか」


 礼子に勇海さんの声は届いていない。いきなり勇海さんの顔が目の前に来たものだから返事ができずに恥ずかしさで固まっている。

 あーあ、こんなことされたら礼子は……。


「ぷしゅぅ〜……」


 さっき以上に真っ赤になった礼子はその場に倒れてしまった。妄想の中では色々できるくせに、現実だと勇海さんへの耐性が貧弱なんだよね。


「れ、礼子ちゃん? 大丈夫?」


「お、お兄さん……。えへ、えへへへへへ……」


 礼子はすっごい幸せそうな顔で倒れてる。きっとこんな状態でも妄想してるんだろう。一体どんな妄想してるんだか。勇海さんは倒れた礼子を心配してるけど、妄想する余裕があるから礼子には何ともないし頭は正常に動いてる。……内容は異常だけど。

 というかすごいことになった。幸せそうな顔をして友達がリビングのあちこちに倒れてる。カオスだよこれ。……まぁこんな光景は見慣れてる私は予習を再開。勇海さんは倒れた礼子を膝枕で介抱した。良かったね礼子。

 犬みたいで元気すぎる菜々美。えっちな妄想ばかりする礼子。超ブラコンの愛海。甘やかすのが大好きな勇海さん。そして、だらしなくて怠け者で勉強しないで遊んでばかりのとにかくどうしようもない真彩。今日も個性が強すぎるみんなに囲まれて1日が終わっていったのだった。












「起きろー!!!」


 次の日の朝、私は真彩を背負い投げ。いつものように床に叩きつけて起こす。昨日は集合に遅れたから今日は6時に起きた。1時間も早いんだしこれなら余裕で間に合うはず。


「まひろんさー、もう少し優しい起こし方してよー」


「そんなもの無い」


 文句を言う暇があるなら早く立て。真彩を着替えさせて階段を降りる。これで昨日みたいにご飯をのろのろ食べても、トイレが長くても大丈夫。まだ時間には余裕があるし今日は気にしない気にしない。

 私は忘れ物がないか確認しながらリビングで部屋に戻った真彩を待つ。これからも早く起こそう。本音を言うと自分で起きてほしい。いつも思うけど真彩は私のお姉ちゃんなんだからさ、しっかりするように変わってほしいよ。普段の真彩の姿を思い出し、私はため息をついた。

 それにしても結構時間が経ったのに真彩が中々来ない。まさかお腹壊したとか? 今日もお腹だして寝てたし。1階と2階のトイレに行ってみたが真彩の姿はなかった。まさかと思って真彩の部屋に。……私の想像の通り、真彩はベッドに潜って二度寝してた。


「ぐおー……」


 だらしない顔で寝てる真彩を見て、分かったことがあった。人は簡単に変わることはできないんだって。

 真彩を叩き起こすとすぐに家を出て全力疾走。今日は体育の授業がある日だっていうのに朝から体力使うことになるなんて。こうなったのも全て真彩のせい。絶対許さない。


「まーちゃんズおっはよー!!!」


「おはようございます」


「おはよーっ」


「おはよ〜真尋ちゃん、真彩ちゃん」


 当然みんなはすでに着いて私たちだけが遅れた。真彩のこと昨日より早く起こしたはずなのに。次からこいつのこと置いて行こうかな。

 到着してすぐ私は何度も勇海さんに謝った。それでも勇海さんは「いいよ〜」と言うだけだったけど。


「それじゃあ行こっか」


 勇海さんがそう言うと私たちはいつものように向き合った。今日もまた、登校前に私たちのじゃんけんが始まる。


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