エンゲルとの因縁②
「なんつぅか、重々しいな」
エンゲルの街に入ると、想像の数倍閑散としており、一般市民など見当たらない。
何でもこの辺りでは数十年に一度の寒波が訪れているらしく、それが街の陰鬱な空気感に拍車を掛けている。
また、中心部の広場ではスロスビー連邦の傭兵と思われる兵士が闊歩しており、有事のソレを連想させられる。
これだけ街全体で物々しい雰囲気を演出していれば、〝歓迎〟などという二文字は縁遠いことは容易に理解できる。
「そう言えばさ。フィリちゃんがやっていた宿屋ってどこにあるの?」
クルーグはそんな空気を敏感に察し、取り繕うように新たな話題を持ち出す。
「あっ! そう言えばそんな話だったわね。この広場の近く?」
「まぁ、そうですね……。一応この辺りにあったんですが」
「あった?」
ルイスは首を傾げながら聞く。
「はい。実はですねぇ……。父の代からあった借金の担保として、連邦政府に持っていかれちゃったんですよ。それで軍用施設の一部になってしまって、今じゃ影もカタチもないんです」
俺たち三人はしばらく言葉を失う。
「すまん。何か悪いこと聞いちまった……」
「い、いえっ! 親子揃って経営センスがなかった私たちの自業自得ですよ、あはは」
なるほど。
結局、コイツが聖都へやってきたのも借金のカタに自宅兼店舗の物件を取られて根無し草になっちまったから、ってところか。
何が俺の大ファンだよっ!
適当なことばっか言いやがって。
「そうなんだね……。それは大変だったね」
「そうね。今まで辛く当たって御免なさい」
「急に優しくしないで下さいよっ! 何だか余計惨めになります!」
「……まぁぶっちゃけ今日の宿を期待していたんだがな。ほら。あの行商人にボラれた分、少しでも出費を抑えたいしな」
「あぁっ! そうですよね! お役に立てず申し訳ありません……」
フィリは頭を抱え、平身低頭謝ってくる。
そう素直に謝罪されると、こちらとしても調子が狂う。
「い、いやいや! 別に責めてねぇよ! こっちこそ勝手にスマン。無理なら無理で他を探すまでだ。気にすんなって」
俺がそうフォローすると、何かを思い出したようなハッとした表情になる。
するとフィリの気色は急速に回復し、とある提案をしてくる。
「皆さん! 実はこの辺りに当時のライバル店がありましてねぇ。元競合とは言え顔なじみですから、もしかしたら安く泊めてもらえるかもしれませんよ?」
「そりゃ助かるけど、プライドとかはないんだな……」
「じゃあ今日はそこに泊まる感じだね」
「そうね。はぁー……、やっとベッドで寝られるわね」
クルーグやルイスも胸を撫で下ろしているようだ。
ここ数日、寝泊まりはずっと馬車の中だったから無理もない。
「決まりですね! じゃあ先に行って押さえておきますね!」
フィリは勇み足で駆けていく。
「アイツ、元気だな……」
「だね。さっきまであんなに震えてたのに」
「まぁアタシらを年寄り扱いするだけのことはあるわね」
若さゆえのものなのか。はたまた彼女の性質なのか。
そんな彼女のバイタリティーに感心しつつ、俺たち三人はフィリの後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だ・か・ら、私ですよ! 二軒隣りで宿を営んでいたフィリですって!」
フィリの後を追い、件の宿屋に入店したのはいいが、既にひと悶着起こっていた。
フィリは一方的に自分の身の上を話し、それを店員と思われる女性が心底迷惑そうに応対していた。
「だ・か・ら、アンタなんか知らないって言ってるでしょ!」
店員の反応から察するに、どうやら二人の認識に相違があったらしい。
しかし、フィリが不憫すぎる……。
ライバルどころか、知り合いとすら認定されていなかったのか。
「おい、フィリ。これはどういう」
俺が口を挟もうとするとフィリはそれを遮り、目の前の店員に対してすかさず畳み掛ける。
「飽くまでもシラを切るつもりですか!? それでしたら数年前にあなたのお店から借りたお金はビタ一文返しませんよっ!」
あぁ、哀れ!
それはもはやライバルなどではなく、傘下というのでは?
「よく分からないけど、それは返しなさいよ!」
店員も負けじと言い返すが、議論は平行線だ。
クルーグやルイスも、二人の剣幕に及び腰の様である。
というより、あまり関わり合いになりたくないのだろう。
しかし、参った。
他の介入を許さない二人の雰囲気に二の足を踏んでいると、店舗の奥の控室と思われる部屋から一人の男が苛立たしそうな表情を浮かべながら出てきた。
「おい、ケルトッ! 何だこのバカ騒ぎはっ!」
「あっ、あんた……。何か変な女に絡まれちゃってさ」
どうやら、この女性はケルトというらしい。
二人のやりとりから察するにこの男は彼女の配偶者か何かだろう。
「何ですか変な女って! ケルトさんと私の仲じゃないですか!」
話を聞いている限りフィリには同情するが、変な女という点については同意する。
突然の展開についていけていないのは俺だけではないはずだが……。
すると、ルイスが突如声を荒げる。
「リーベルさんっ!? あなた、こんなところで何してるのっ!?」
「お前は……、ルイスか?」
「そうよ。久しぶりね。旧研究員は皆、連邦軍に匿われているって聞いてたけど」
「……まぁ色々あってな。この通り、俺はコイツの宿を手伝っているよ」
「そう……。まぁ、その、大変だったわね。それとごめんなさい。あの時は何も出来なくて」
「アホか。入職して1年そこそこのペーペーに何が出来るってんだよ」
「それはそうだけど……」
彼の言い分にルイスは押し黙る。
俺はそんなルイスの耳元で状況の説明を乞う。
「なぁ……。あの人が目的の研究員ってことでいいのか?」
「そうね。リーベルさんは神薬研究員の中で唯一の知り合いよ。この人がアタシに術式対抗の神薬を処方してくれたの」
「そうなのか?」
「えぇ。実際に服用するかは任意だったから最初は拒んだんだけど、リーベルさんにかなり強く説得されてね。今思えば、彼の言う通りにして本当に良かったわ……」
まぁ結果から考えれば、ルイスの言う通りだろう。
それにしてもこのリーベルという男。
何故、それほどまでにルイスに強く勧めたのか。
もしかするとそれを紐解いていけば、一連の真相に辿り着けるのかもしれない。
いや……。コトはそう簡単には運ばないだろう。
彼が俺に向けている目は、明らかに敵意だ。
この様子では、当初の目的を果たせるかどうかすら怪しい。
そんな俺の懸念をよそにフィリが口を開く。
「あのー。ということはそこのリーベルさん? が私の交渉相手ということでよろしいでしょうか?」
フィリの言葉に一同沈黙する。
まぁ、確かにそうなんだが……。
もはや、こうして全員が顔を合わせてしまった以上、当初の思惑通りにはいくまい。
「何だ? 交渉?」
リーベルさんが眉を顰める。
「マルク。もうこうなったらストレートにお願いするしかないわ」
「そうだな……。えっと、リーベルさん? アンタに頼みがある」