エンゲルとの因縁①
エンゲルの街は、聖都から遥か北のスロスビー連邦の一角を担うフレミング地方の中心都市だ。
かつては北の都としてかなり繁栄していた地域らしい。
しかし、300年前に聖都がマンデル地方を手放してからは南方から邪神軍が睨みを利かせているため、商業都市というより軍事要塞的な色が濃くなってしまった。
現在、エンゲルもといスロスビー連邦は、聖都と戦略的な互恵関係にある。
だが、それも飽くまで邪神を倒すためであり、特別蜜月な関係ということではなさそうだ。
とは言え、そういった背景があることから、全く縁も所縁もない土地というわけでもないらしい。
……いや、それにしてもなんだこの寒さは!
北国へ向かう馬車の中、4人で身を寄せ合い震える。
今後の方針を決めたまではいいが、結局王族の一存で潰した機関の構成員が匿われている街へ行くなどと伝えることは出来なかった。
王には『戦略を詰めるため、少し時間が欲しい』とだけ伝え、聖都を後にした。
よって移動手段も自分たちで手配しなければならなかったのだが、季節はいよいよ冬本番へ差し掛かろうとする中、北国へ向かう馬車など早々見当たらない。
身分を隠しながら、根気よく聖都中を探し続けた結果、運よく一人の行商人と出会うことができた。
こちらの事情はある程度悟られており、かなり足元を見られたようだが背に腹は代えられない。
俺、一応勇者だよな?
「ヒィっ! 寒い寒い寒い寒い寒いっ!」
わざわざ声にするまでもない言葉を、フィリはこれ見よがしに聴かせてくる。
「何でお前が一番寒そうなんだよ……。故郷だろ?」
「だって仕方ないじゃないですか! 私、昔から寒いの苦手なんですよっ!」
「お前でそれなら俺たちはどうなる? こちとら生まれも育ちもぬるま湯の温室だ」
「事実なんだけど、アンタの言い方だと何だか物凄く先行きが不安になるわね……」
「ハハ……、まぁマルク君なりの表現ってことで」
「お客さん、着いたよ」
行商人が荷台の中に顔を突っ込み、目的地が近い旨を伝えてくる。
「あぁ、すまない。おい、フィリ。そろそろ準備しておいてくれ」
「は、はいっ! よーし、皆さん! しまっていきましょー!」
「しまっていくのは主にアンタよ」
「まぁまぁ。僕たちもちゃんとサポートするんだし」
俺たちは行商人に促されるまま、外へ出る。
行商人は、俺たちが馬車から降りるなり、揉み手をしながら無言で〝ブツ〟を催促してきた。
分かってるよ……。
俺は負けじと無言でなけなしの金貨をやや乱暴に渡す。
「毎度! お客さんも物好きだねぇ。こんな真冬に」
「まぁちょいと野暮用でね。来たくて来たわけじゃねーよ」
「ほぅ……。そうそう、お客さん! こんな話知ってるかい?」
そう言うと、行商人は俺の耳元で、声を抑えながら話し出す。
「ん? 何だ?」
「300年前、聖都がマンデル地方の割譲を条件に邪神軍に講和を持ち掛けたことは知ってるだろ?」
「あぁ」
「でも、邪神軍は一度その交渉の席を立った、って話さ」
「はぁ? だって講和は成立したんだろ?」
「最終的には、な。実は邪神軍が交渉のテーブルに戻ったのには理由があるらしくてね。何でも議事録に載らない裏の密約があった、と」
「密約?」
「あぁ。それもこのフレミング地方を、今後300年を目途に邪神軍に割譲するって話さ」
「ちょっと待て! それは本当か!?」
「シッ!!! 声がデカい!!」
思わず声を上げてしまった俺を、行商人は注意喚起する。
クルーグたちは一瞬こちらを見るが、スグに寒さに気を取られ、再び震え出す。
全員が目を逸らしたことを確認すると、行商人は続ける。
「それだけ必死だったってことさ。割譲までにはかなり時間があるし、それまでに閃耀の勇者が誕生したら講和を一方的に破棄して、条件をうやむやに出来るって算段だったんだろうよ」
「だからってな……。他国の領土を交渉材料に使うとか正気を疑うぞ」
「そうだな。実際、思ったよりも勇者の誕生が遅れたことも祟ってね。精霊族の例もあるだろ? 邪神軍に攻められるか、切羽詰まった聖都に割譲を迫られるか。今この地方の人間は戦々恐々としているんだよ」
この男の話していることが事実であれば、本当に聖都とスロスビーは紛争に発展しかねない。
もうどっちが邪悪だか分かりゃしねぇ。
「まぁ飽くまで噂さ。幸い、勇者たちの討伐軍は順調みたいだし、このまま行けば何事もなく世界は平和になる。だが、こういった話が各地で伝わっている以上、市民が警戒するのは当然だ。スロスビーの人間は、聖都のことをあまり良く思っていない。まぁお客さんたちも精々気を付けな」
そう言い残し、行商人は去っていった。
行商人の後姿を見届けると、俺たちはその後を追うように歩き出す。
するとルイスは俺の左横を陣取り、訝しげに聞いてきた。
「何話してたの?」
話すべきか……。
だが、現段階で断定はできない。
ルイス自身も言っていた。
エビデンスがなければ何も出来ない、と。
「いや、大したことない。気にすんなって」
「フーン。まだそんなこと言うんだ」
「……何だよ?」
「べーつにぃ。でもアンタって昔からそんなところあるわよね。しんどい生き方っていうかさ」
「あぁ、そうかもしれないな。俺は勇者だ。何百万、何千万って命背負ってんだよ。しんどくなかったら、それこそ職務怠慢だろ。もっとも、今の俺に命を預けたいっていう奇特な輩が何人いるかは知らんがな」
「……どうしたって、口を割らないつもりね。まぁ、いいわ。どうせいつか聞くことになるし」
「そうだな。まぁ精々楽しみにしてろよ」
「はいはい。でも、これだけは覚えておいて……」
ルイスは立ち止まり、一呼吸をおき続ける。
「少なくとも、アタシとクルーグ、フィリの三人は今のアンタに命を預けている。預かってもらっている以上、それなりの対価は払うつもりよ」
「対価、ね」
「そう。それだけは忘れないで。じゃあ行きましょ」
ルイスはそう言うと、歩くペースを上げクルーグとフィリに追いつく。
彼女の言いたいことは何となく分かる。
さすがにそれに気づかないほど、周りが見えていないわけではない。
だが、分かったからと言って即座に軌道修正出来るかと言えば、それは別の話だ。
ルイスの言葉は正論であるが故に、胸に刺さらない。
刺さらない自分に、つくづく嫌気が差す。
「クソッ! どうしてこうなっちまったかな」
何へ向けてのものかすら分からない恨み節を溢しつつ、俺は三人の後を追った。