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秦の誓い  作者: rona
第2章 恵文王の時代
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死馬の骨を買う・隗より始められよ

 さてえんの人はともに太子たいしへいをたてました、これを昭王しょうおうと申します。昭王は燕が荒廃こうはいした後に即位しました。死者をとむらい孤児を問い、百姓と甘苦かんくを同じくしました。身をいやしくしおくりものを厚くしそして賢者を招きました。


 王は郭隗かくかいに申されて、こう語られました。


「齊はわたし(凶事のあとであるの「寡人」ではなく「孤」と称していると注にある)の国が乱れたのに因りて襲ってきて、燕を破りました。孤は極めてよく知っています、燕は小さく、力は弱く、そのために報いるものは足りないのです。


 そうではございますが、誠に賢士を得て国政をともにし、そして先王の恥(燕王のかいが危うく国を亡ぼしかけたことを恥じている)をすすぎたい、それこそ孤の願いなのです。先生の視てよろしき者があれば、その人物に身事しんじすることができるようにしてください!」


 郭隗は申しました。


いにしえ人君じんくんで千金で涓人けんじんに千里の馬を求めさせた者がございました。


(春秋時代以来、諸侯の国に涓人という役職のものがありました。秦、漢の間には中涓ちゅうけんという名だったようです。


 顔師古がんしこが申すには、涓とは、潔である。中にいて主として潔清きよめること灑掃そうじの事をつかさどった。思うに王の親しんで舊(ふる)くからずっとおるもので、左右の(したしい)ものである、そういうことだ、と述べている。


(別の意見として)應劭おうしょうが申すには、涓人とは謁者えっしゃのようなものだ、といっている。


 ともに親しく身辺に近侍きんじしたものであることは共通しています)


 ところが王の最も信頼するものであろう涓人は、馬がすでに死んでおるのに、その首を五百金で買って帰ってまいりました。君は大いに怒りました。


 しかし涓人は答えたのでございます。『死馬すらこれを買う、ましてや生きている馬ならどうでございましょう。馬は今に至ります。』と。期年きねんもたたぬうちに、千里の馬で至ったもの三頭でございました。


 今、王におかれましては必ず士を求めることを極めようとなさるならば、ず隗より始められよ。そうすれば隗より賢なる者はいかがでございましょう、どうして千里を遠いといたすでしょうや!」


 つまり燕王がもし礼を郭隗に加えたならば、四方の賢士はこれを聞き、千里を遠しとせずにまいるということでした。


 ここにおいて昭王は隗のために宮殿を改築して師事しました。そのことによって士は争って燕に赴きました。


樂毅がくきが魏より往き、劇辛げきしんが趙より往きました。昭王は樂毅を亞卿あけいとされ、国政を任されました。ここに燕が樂毅を用いて齊に報いる準備は整ったのですが、それはもう少し後に見えるでしょう。


 韓の宣惠王せんけいおうこうじられ、子の襄王じょうおうそうが立ちました。


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