趙良の忠告、商君には届かず
「今、あなたが謁見を得たのは、お気に入りの臣・景監によってまみえるのを主としました。その秦国の政治にかかわるや、公族を凌ぎ痛めつけ、国民をそこない傷つけました。
あなたが処断された(肉刑に付した)公子虔は門を杜いで出てこなくなって、すでに八年にもなります。あなたは、祝(祭司・まじない師)の懽を殺して公孫賈を黥(いれずみ)しました。
『詩経』(逸詩(失われた詩)という)に言っております、『人を得るものは起こり、人を失うものは崩れる』と。このいくつかの点、(景監に因ったこと、公子虔や祝懽、公孫賈などを痛めつけたこと)は、人の心を得る手段にございません。
あなたが外出されるのを見るに、後ろに続く車には武装した兵士を乗せ、同乗者には腹心の力の強いものを載せています。しかも車の四方には戟を括り付け、さらに矛を操る力士を傍を走らせて、危急があれば武器を取り、戦えるようにしています。これらの護衛や武装の一つでも欠ければ、外出されないというではありませんか。
『書経』に申します(これも逸文(失われた文章)という)。『徳を恃むものは昌え、力を恃むものは亡ぶ』と。これらの護衛、武装がなければ外出しないというのは、徳を恃むものではございません」
いつしか趙良の口調は激しいものとなり、商君の顔色は青ざめてきていました。
ここで趙良は少し口調を和らげました。しかしそれは、最後通牒を告げるためでした。
「あなたの危ういことは、朝露が消えてしまうようなものです。それなのに、まだ商の富を貪り、秦国の政治の柄(主導権)を恣にし、国民の怨みを蓄えています。もし孝公様や跡継ぎの皇太子様が、賓客の言葉を聞かなくなられたり、朝廷の場に在まさなくなられれば、秦の国で貴方を刑罰につけようとするところのものは数えきれないはずですぞ!!」
趙良の言葉が終わった時、商君の顔は真っ青でした。
「それは嘘だ、そのようなことを、私はしていない」
商君は絞り出すように言いました。最初の上機嫌は全く消えていました。そしてその感情は怒りに代わりかけていました。
「立ち去りたまえ」
「しかし、聞かれなかったのですか?」
「立ち去りたまえ、私の気が変わらないうちに!!」
趙良はあきらめると、下がっていきました。首を左右に振りながら。
あとには青ざめた商君だけが残されました。
まさかこの私が失脚するはずなどない、商君は、そう思っていました。賦税法を変え、変法(改革)を完成させ、相になって十年、ここまで秦に貢献してきた私が、まさか。
商君はすぐにこの不愉快な出来事を忘れました。しかし、現実はすぐ目の前にやってきたのです。