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秦の誓い  作者: rona
第1章 孝公の時代
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馬陵の戦い

 斉は韓の再三の催促に、ついにちました。田忌でんき田嬰でんえい田盼でんふんを将とし、孫臏そんひんを軍師(参謀)として韓を救うために、魏の都を指して進軍しました。


 龐涓ほうけんはこの一報を韓で聞きました。韓を引き払って、魏を目指して進軍します。


 前回の桂陵けいりょうでの敗戦に、魏の人々は燃えていました。太子のしんを大将として、兵士を徴兵し、斉の軍隊を防ぎます。一方で、まもなく龐涓の軍が戻ってきます。韓で連戦連勝を繰り広げた軍です。


 魏は万全の態勢で、孫臏の策を待ち構えていたのです。


 孫臏が並みの軍師ならば、今回は計略を事前に張り巡らしておいた龐涓の勝ちだったでしょう。しかし、孫臏は並みの軍師ではありませんでした。田忌の問いに、孫臏は答えました。


「韓・魏・趙の三晉さんしんの兵は、もともと悍勇かんゆうで、斉を軽んじています。斉を名指して怯懦きょうだとしています」


 孫臏は車に座って、田忌に説きました。その姿は、静かですが、圧倒的な迫力がありました。


「善く戦うものは、その勢いを利用してこれを導きます。兵法の書に言っています。『百里、利にくらむものは上将じょうしょうを失い、五十里利にくらむものは軍のなかばを失う』と。」


 ここで斉軍は計略を発動させます。


 斉の軍が魏の地に入り、斥候がその宿営地を発見しました。しかし、少しおかしい、そのような報告が上がってきました。龐涓はその報告を、韓から帰ってくる途中で聞きました。


「なんだと?かまどが減っている?」


 斥候の報告によると、前方にいる斉軍の輜重しちょうの扱う竈の数が日に日に減っている、とのことでした。一昨日は十万だった、昨日は五万だった、今日は二万にまで減っている。


 その報告を受けて龐涓は大いに喜びました。また実際に斉軍の侵攻路をたどって、自分でその様子をうかがいました。


「私はもともと斉の軍が臆病だとは聞いていたが、ここまでだったとは。我が国の地に入って三日、三日だけで斉の士卒の逃げるものが半分を超えている」


 そこで急ぎ追撃するために、その歩兵を捨て、軽鋭けいえいの兵を引っ提げて、急ぎ追撃の体勢に入りました。


 これがえさだと、利をもって誘う罠だと、龐涓は気が付けなかったのです。


 血迷っていたのでしょうか?それとも才能なのでしょうか?もし才能であるのならば、残酷な龐涓の仕打ちに、天は残酷な現実でむくいたことになります。あわれなるかな、龐涓!


 続きを書いておかなければなりません。


 孫臏はその進軍の予想図を頭に描きました。現在のようなレーダーも、地図もありません。何らかの情報収集手段をもって、想像したのです。まさに軍事の天才だったのでしょう。


 孫臏の計算では、暮れごろに魏軍が馬陵ばりょうの渓谷にやってくるはずでした。


 馬陵の道は両側がせまり、狭まっていました。兵を伏せやすい、隠しやすい地形になっていました。


 孫臏は大きな大木を切り倒し、その一部を白く削って大書しました。


「龐涓、この樹の下に死す」


 そして万をも超える(いしゆみ)を準備し、この日の暮れになって、火が木のあたりでともるのが見えたら、一斉に発射せよ、そう命じました。


 龐涓は運命に翻弄ほんろうされ、やってきます。そして木の元に夜やってきて、白々と書が書いてあるのを見て、火をともしました。そして弩が一斉に放たれたのです。


 龐涓は叫んだといいます。


「遂に豎子おまえに名を成させたか!!」


 そしてこの樹の下に自殺してしまったのです。


 戦勝の勢いに乗った斉軍は、太子・申をとりこにし、ついに魏の軍を大破したのです。


 私は思います。もし、もしです、ここで龐涓が恥を忍び、逃げ出して再起を図っていたら。死なずにもう一戦 くわだてていたら、歴史は、どのような審判を下していたのか、孫臏との戦いはどうなっていたか?


 この馬陵の戦いから凱旋がいせんしてすぐ、親・魏国派だった成侯せいこう鄒忌すうきの策略により、反乱の汚名を着せられて、田忌は楚へと亡命します。


 後ろ盾を失った孫臏も、歴史の表舞台から、その姿を消します。天才軍師の退場でした。


 もしそこに、龐涓が生きていたら、魏の国はどうなっていたのでしょう?これはあくまで仮定の話であり、歴史は答えてくれませんが。


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