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秦の誓い  作者: rona
第1章 孝公の時代
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孫臏の斉軍、魏の師(軍隊)を大いに破る

 孫臏そんひん田忌でんきに告げたのです。


「そもそもです、事態がまじり乱れ、紛糾している者は、こぶしを控えることができず、殴り合うものです」


 田忌は黙って聞いています。この天才参謀が言うことに耳を傾けています。


「またこのように殴り合っているものには、げきを使わぬものです。二人を引き離すには、形勢を見てこの二人を引き離すべきであって、戟を使って二人をうち、引き離すような乱暴なことをしてはいけないのです」


 孫臏は田忌に聞きました。


「この二人と、戟を持っているものは誰かわかりますか?」


「二人とは、魏と趙だ。戟を持っているのが斉か?」


「その通りにございます」


 孫臏は田忌の聡明さを確かめると、続けました。


「戟のような兵器を使っても、その怒りはますますさかんになるだけです」

 幕僚たちも、かたずをのんで、孫臏の言葉を聞いています。


「間に入って、殴り合っているお互いを引き離すべきです。それには、隙をつくことが必要です。その隙に乗じて引き離してしまえば、自然と形勢は落ち着くものです」


「いったいどうしろと?」


 田忌が口をはさみました。たとえ話だけでは、孫臏の言いたいことがよくわからなかったからです。


「魏の隙をつくことです」


「それは分かったが、魏の隙、とは何だ?」


 孫臏は淡々と続けました。


「今、魏と趙はあいへだてあって、攻めあっています。魏は機動力にあふれる部隊(軽兵けいへい)を趙に展開し、精鋭を趙に集めています。だから魏はおそらく趙を圧倒することでしょう、魏は強国ですから」


「うむ」


 田忌はうなずきました。


「しかしです」


 孫臏の口調が力強くなりました。


「精鋭が外に集中されているということは、魏には老兵、若い兵、それに弱卒(じゃくそつ)のみが残っており、防ぐものがいないということです」


 また孫臏の口調は静かなものに代わりました。


「ですから、あなたは斉の兵を率い、疾風のように走って、魏の大梁たいりょうへ向かうにこしたことはありません。そしてその街や、道路に拠点を築き、迎撃するのです。これこそ、その隙を衝く、というものです」


「相手の弱点を突くということだな」


「その通りにございます」


 孫臏はゆっくりとうなずきました。


「隙をかれ、大梁を囲まれた魏は、趙の囲みをいて、自ら救出にやってくるでしょう」


 孫臏には、龐涓ほうけんの狼狽する姿が、手に取るように思い浮かびました。


「これこそが、我が斉軍が一つの行動で、趙の囲みを解き、魏の弱体化を収める最上の策なのです」


 これこそが、世にいう、「囲魏救趙いぎきゅうちょう」の計でした。


 兵站へいたんを衝く、という言葉があります。食料や物資を補給する、拠点を攻撃するという作戦のことです。


孫臏が目指したものは、魏の兵站線や、本拠を急襲することでした。


 斉の軍は斉と魏の国境から侵入し、濮陽ぼくようの近辺を通り、真っすぐに魏の大梁を目指しました。魏の国内には老弱の兵しかいません。斉軍はさまたげられることなく、進軍を続けました。


 そこに戻ってきたのが、龐涓の率いる魏軍でした。


資治通鑑しじつがん』には「魏の師、大敗す。」と、短くそれだけ書かれています。


 趙から帰ってきた魏の軍は疲労していました。長躯して帰ってきた軍で、待ち構えた斉軍と戦うのですから、負けは予想されました。


 しかし桂陵を突破されれば、魏の大梁は、斉の支配下に置かれることになり、魏の東方の領土は蹂躙じゅうりんされます。


 そのため龐涓はあえてここにとどまり、斉軍に、孫臏と田忌に戦いを挑んだ可能性があります。しかし、全ては歴史の闇に埋もれています。


 ともかく魏軍が大敗を喫した後、斉軍は自国へと引き上げました。魏は手痛い敗北を喫し、趙は守られたのです。


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