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秦の誓い  作者: rona
第1章 孝公の時代
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天才戦術家・孫臏

 田忌でんき孫臏そんひんは気心の知れた仲でした。孫臏を威王いおうに紹介したのは、田忌だったと伝えられています。


 田忌と孫臏の出会いについては次のような話が伝えられています。


 斉の国に赴いた孫臏は、斉の将軍、田忌と仲良くなり『客』として扱われるようになります。(ここでいう『客』とは『賓客ひんかく』と呼ばれるものの地位の名称ではないかと思います)


 田忌は騎射が好きで、しばしば斉の諸公子(王子)と馬を走らせて、射を競うことがありました。


 『孟子もうし』に、馬を操る名人の話、いわゆる『ぎょ』の技術の話が載っていますが、当時、馬に乗り、獲物を射る狩りについては、ルールが存在し、スポーツのようになっていました。


 射については『六芸りくげい』と呼ばれる六つの技術の中でも尊ばれる技術でしたが、馬を操る御についても技術や方法、決まりなどがありました。それは自分に向かってくる獲物は射ていいであるとか、獲物の左右どちらのサイドから射貫くかというようなルールでした。


 これらは軍事と深くかかわっていたためにルールが決められていたのですが、その詳細を正確に再現する、ということは、残念ながら私の力の及ばないところです。


 ともかく、田忌は騎射のスポーツを、斉の王子たちとよく楽しんだわけです。斉の王子と対等に勝負ができるという、田忌の重んじられ方も注目されます。


 しかし田忌は騎射を好んだものの、勝負はいつも競ったものでありました。


 ある時、この騎射の闘いを、孫臏が見ました。そして田忌にこう言い放ったのです。


「あなたは騎射を好まれるだけですが、私はあなたが勝負に勝つ方法を知っています」


 つまり、あなたを常勝にしてみせる、確率的に確実に勝てるようにしてみせる、と言い放ったわけです。


 相手は王子の馬たち、それは優秀な馬がそろっていたでしょう。スポーツとは、常に勝ち負けはやってみなければわからないわけです。


 それを、常に勝つことができるようにする、そう言い放ったわけです。


 田忌が興味を持ったのも無理はないでしょう。


 そして田忌の興味を引く方法といい、心のひだに分け入り、自分の策を進言させるまでの、孫臏の見事な差配ぶりに、唸らされます。


 結局、田忌は孫臏の策に従い、馬を走らせてみることにします。


 孫臏は言います。


「今、騎射に使います馬を見てみますに、それほど実力差があるというわけではございませんが、お互いの馬にそれぞれ上・中・下の三品の違いがあるように見受けられます」


 孫臏は観察によって、馬の善し悪しや、そのスピードなどを判別してしまっていたということになります。恐ろしい観察眼といっていいでしょう。


 そしてその観察に基づいて、次のように述べます。


「相手の上の馬に下の馬を当ててはいかがでしょう。そして相手の中の馬に上の馬を当て、下の馬に中の馬を当てるのです」


 結果はわかりますね?


 3つの勝負を終えて、田忌は2勝1敗で全体では勝利をおさめ、王から褒賞の千金を与えられました。


 この勝負での結果を受け、田忌は孫臏を威王に紹介したといわれています。


『史記』の孫子列伝?の原文では、騎射の馬は『駟』というように表現されています。「馬」に「四」、これは衛鞅えいおうの爵制の改革の際に触れたように、四頭立ての戦車を指します。


 当時の戦争は戦車と歩兵の連携によって成り立っていました。そのうちどの戦車が優れているか、実力を一瞬で見抜くほど、孫臏は観察眼に優れていたことになります。


 そして下を上に当てて残り二つを取ったように、柔軟な発想力と実行力を兼ね備えていたのです。


 天才的な戦術家、そう呼ばれ、実績を残した所以でしょう。


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