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秦の誓い  作者: rona
第1章 孝公の時代
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秦の選んだ道

 景監をつてに衛鞅えいおうは孝公にお目通りをかなえ、富国強兵の道を説くようになりましたが、それまでには紆余曲折がありました。


 衛鞅は孝公への教授を始めました。しかし、景監はいきなり孝公に呼び出されます。孝公はぶしつけに切り出しました。


「おまえの呼んできたあの衛鞅と申すものだが、話すことが面白くない。全然役に立たないではないか」


「わかりました、衛鞅に申しておきます」


 景監は屋敷に戻って衛鞅に告げました。


「公は、ご不興だ」


 なにやら、衛鞅も考えてみているようでした。


「もう少し時間をくださいまし、私の夢なのでございます。もう少し、この道を説かせてくださいまし」


 次の進講日がやってきました。衛鞅はゆっくりと話を進めます。

 孝公は時々居眠りをして、集中できない様子でした。


「お前の客人は、やはり下らぬことしか話せないのかのう、どうしてこのようなたわごとを用いることができようぞ」


 衛鞅はむっとしたようでした。姿勢を正すと、また比喩を交えながら、別のことを話し始めました。

 その日の進講は何とか終わりましたが、景監ははらはらしていました。紹介した自分の面子もあります。屋敷に戻った時に、衛鞅を責めました。


「いったいどうしたんだ、孝公様に話が通じていないではないか」


 衛鞅は答えました。


「私は、孝公様にお話しするのに、帝王の道をもって話してきました。しかし興味を示されなかったのです」


 衛鞅は無念なようでした。


「そのお気持ちを引き付けることができなかったようです。少し内容を変えてみます」


 五日ほど準備をして、また孝公に衛鞅は進講を行いました。


 今度は孝公の目が輝きだしました。興味をもって話を聞いている様子がうかがえます。

 しかし孝公はまだ納得していない様子でした。


「うーむ、面白いことは面白いのだがのう、なんか私の求めているものと違うようなのだ。おまえの客人はやはり役に立たないのう」


 景監はまた衛鞅を責めました。衛鞅は迷っていたようでしたが、決心を固めたようでした。


「わかりました。それではやってみましょう。私は今度は王の道をもって説いたのですが、王はそれでも納得なさらなかったようです。お願いいたします、もう一度機会をいただきますように」


 景監は渋る孝公に説いて、もう一度衛鞅に進講をさせました。


 今度は成功しました。


「よかった、よかったぞよ」


 孝公は満悦の様子でした。


「とてもよく分かった。ただあれを秦の国で用いるのは、難しいかもしれないがな。ともかく、お前の客が才能があるのは分かった、私も納得したよ」


 衛鞅は景監からそれを聞いて、しばらく黙然としていました。そして考え込んでいるようでした。


「私は孝公様に覇道(帝、王、覇で徳が異なるとされる。覇者は最も徳が低く、現実的)を説きました。そのやり方について、孝公様はご納得はなさったようでございます。しかし、私が用いられるためには、もう一度お会いして、お話せねばなりますまい」


 衛鞅が次に孝公に進講したとき、孝公の目は真剣でした。孝公は身を乗り出すようにして衛鞅の話を聞き、かぶりつくように衛鞅の話を味わっていました。進講は、ぶっ続けで数日に及びました。孝公が求めたからです。数日を費やしても、孝公はまだ聞き足りない様子でした。


 景監は衛鞅にたずねました。


「いったい何の話をして差し上げたのだ」


「私は孝公様にお話しするのに、いんしゅうのような、帝王の道をはじめお話ししました。しかし孝公様はこうおっしゃられました。『迂遠なことだなぁ、私はそんなことをして待つことはできぬなぁ。それに賢君たるものは、その名前が天下に顕れて、初めて賢君であろう、悠々と何百年をもかけて、帝道をなすなどということは、待つことができないなぁ』そうおっしゃいました。そこで私は国を強くする方法をのみお話ししたのでございます。それにしても、いんしゅうのような、徳で政治を行うことは、難しいことでございますなぁ」


 そういうと、衛鞅は笑いつつ、ため息をつきました。


 先に刑名けいめいの学について触れましたが、このように、衛鞅が説いたことは多岐に及んでいました。儒家のような徳をもって政治を行うことや、国を強くすることまで、その内容は様々だったのです。

 そして衛鞅の説いたことのうち、国を強くする方法、国を富ませ、兵を強くする方法を、秦は選んだのです。


 強力な軍事力と、豊かな富を持った国家、それが、西北の辺境に誕生しました。

 そしてそのことが、秦の今後の道筋、中国統一、帝国の創造への道を決めたのです。

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