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小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
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6章 ヘルナン

 

「スザンナさまもお元気そうで良かったですわ」

 読み終わった手紙を文箱へしまい、会でのことを思い返します。


フローレさまが去った後、騒然となる会場を落ち着かせるために私が話をすることになりました。


『皆様に私の作品を愛していただけてこの上なく光栄でございます。ですが出来ましたら私の作品だけでなく、他の方の作品にも目を向けていただけないでしょうか。評判にならなくても良い作品はたくさんございます。そういった隠れた名作を探し出すのも楽しいかと存じます』

 

その後で発行数は少ないですが私が好きな作品をいくつかお教えしましたら、大いに興味を持って下さいました。


まだお披露目前で誰も私がミス・グリーンであることを知らなかったので、謎の作者に会えた喜びも相まって私の言葉はすんなりと受け入れてもらえたようです。


それを受けてスザンナさまが『黒バラの蕾の会』をいったん解散とし、新たに『新緑の栞』を立ち上げました。

今後はジャンルにこだわらない真の本好きの集まりとして自由な活動をしてゆくことになりました。


私としても本好き仲間が増えて嬉しい限りでしたし、初めて体験した外の世界はなかなかに刺激的で楽しかったです。




「お嬢様」

 そんなことを考えていたらマーサがメイドのサリサを連れて入室してきました。


「定期報告ね。お願いするわ」

 そう声をかけると小さく頷いたサリサが市井で耳にした事柄を口にします。


「王都での主な話題はコーエン劇団の騎士物語です。お嬢様の作品に乗っかった形ですが俳優たちの頑張りもあって高評価を受けています。それに関連してスターズクッキーという焼き菓子の上に色付けした砂糖で絵を描いた物が流行っております。依頼者の望んだ絵を…贔屓の役者の顔を書いてもらうというサービスが受けたようです」


「それは楽しそうね」

 微笑む私に、他にとサリサが言葉を継ぎます。


「何度も戻ってくる人形…というのが少しばかり騒ぎになりました」

「どういうことかしら?」

 小首を傾げる私の前で小さな溜息をついてからサリサが話始めます。


「ある商家で母親が古くなった人形を捨てたのですが…翌日、気付いたら元の場所に戻っていたそうで。不思議に思いはしましたが、そのまま次の日にゴミに出したのですが」

「また戻ってきたという訳ね」

 私の言にサリサが大きく頷きます。


「さすがに気味悪くなって今度は厳重に封をして捨てたのですが…再び元の位置に戻ってきて騒ぎになりました」

 サリサの話に少し考えてから思いついたことを口にします。


「その人形に何か不思議な力があったとも考えらますけど…現実的なのは誰かの悪戯かしら」


「さすがはお嬢様。犯人はその家の9歳になる息子でした。最初は捨てられている人形を見かけて何気なく元の場所に戻したら周囲が騒いだので、その後は慌てる姿を見たくて戻していたようです。4度目を起こそうとしたところで母親にバレてドチャクソ叱られたそうです」

 サリサの話に、あらあらと笑みを浮かべます。


「仲の良い家族なのね」

「クソガキですけど親からは愛されてますね」

 サリサの返事に頷くと彼女にねぎらいの言葉をかけます。


「ありがとう。参考になったわ」

 宰相様との会話で自分がいかに物知らずか気付いたので、こうして市井の話を聞くようにしたのですが小説のネタになりそうなことも多くて実りが大きいです。


「ウィナード出版社からお手紙が届いております」

 続いてマーサが封筒を差し出します。

受け取って開いてみると。


「文学賞創設が決まりましたのね」

 かねてから願いが叶って感無量です。


白百合や黒バラの騎士団の小説のおかげで多額のロイヤリティ収入がありました。

ですが原稿料や印税以外で得たお金を自分用に使うのは何か違う気がしましたので、それを基金とした賞の創設を出版社にお願いしていました。


受賞者にはその作品の出版と副賞として百万ロラが贈呈される予定です。


売れるようになるまでの作家活動は大変です。

家がお金持ちだったりスポンサーがいるなら別ですが、そうでない場合は仕事と掛け持ちをしなければならず、そのしんどさに道半ばで諦めてしまう方も少なくはありません。


お金が無い辛さは私も経験済です。

素晴らしい作品を書く力があるのに経済的な理由で断念するのは惜しいと考えまして、前世でも似たような賞があったことを思い出し提案しました。


喜んだのもつかの間、最後の部分を読んで盛大に眉が寄ります。


「何故に名称が…グリーン賞なのですっ」

 私の名を出さないようにとあれほど言っていましたのに…。

これはさすがに見過ごせません。


「マーサ、出かける準備をお願い」

 手紙などと悠長なことはしていられません。

出向いて抗議しなければ有耶無耶のうちに本決まりにされてしまいます。 


「はい、お嬢様」

 嬉々として頷くとマーサは足早に部屋を出て行きました。



「では参ります」

 御者のウッドが巧みに手綱を操って馬車は滑るように門を出て行きます。


「お嬢様、こちらをお使いください」

 供として同乗してくれているマーサがクッションを手渡します。


「ありがとう」

 礼をいって使わせてもらいます。

何しろビンテージものの引き籠りでしたから、こういった馬車での移動は未だに慣れません。


しばらくは支障なく進んでいましたが、人気のない道に差し掛かったところで馬車が急停止しました。


「何事ですっ」

 突然のことで体勢を崩した私を支えてくれながらマーサが声を上げますと。


「飛び出してきた者がおりまして」

 困惑を含んだ声で申し訳なさそうにウッドが答えます。


見ると馬車の前に両手を広げて通せんぼ状態の…貴族の令息らしき人影が見えます。


「慮外者っ、パーネス女子爵と知っての狼藉かっ」

 マーサが詰問すると相手は不機嫌そのものといった様子で口を開きました。


「無礼はお前だろう。このヘルナン・ターシモンの面会をことごとく断る所為でこうして待ち伏せるしかなかったのだからな」

 その名に覚えがあります。

確かフローレさまの兄上でしたね。

ですが伯爵令息がこんなところで供も連れずにお一人で何をしているのでしょう。


そんな私の疑問に答えるようにヘルナンさまが言葉を継ぎます。


「言いたいことは多々あるが、まずは詫びろっ」

「は?」

 いきなり訳が分からないことを言い出しましたね。


ですがこのまま無視という訳には行きません。

不本意ではありますがマーサと共に下車しヘルナンさまに向き合います。


「詫びねばならない理由が分からないのですが?」

「いけしゃあしゃあと。お前の所為でフローレが大変なことになったのだぞっ」

 憤懣やるかたないといった様子でヘルナンさまが此方を睨みつけます。


「お前が作者が別人だと暴露した為に決まりかけていた婚約が白紙になった。それだけではない、他者の功績を取り上げ王妃様をたばかったと非難され、父から謹慎するよう言い渡されたのだ」

 

チャーリーから聞いた通りですね。

今回の一件を知ったターシモン伯爵はそれはお怒りでフローレさまに社交界に出ることを禁じ、態度が改められない場合は領内の修道院に入れることもお考えだとか。


「それはフローレさまの自業自得では?」

「うるさいっ、お前さえいなければこんなことにはならなかったのだっ」

 そう言って此方を睨みつけています。


自分勝手極まりない言い分に呆れの溜息が零れ出ます。


「ですが私が詫びたところで事態は変わらないのでは?」

 その問いにヘルナンさまが顎を上げて答えます。


「公式に詫びたとなれば非はお前にあることになる」

「つまりフローレさまの代わりに私が泥を被れと」

 私の言にヘルナンさまが満足げに頷きます。


「そういうことだ。安心しろ、傷物となったお前は私が側妻にしてやる。物書きとしてそこそこ稼いでいるのだろう。その金は建国王ユリウスの末裔たるオーランド家の出を母に持つ偉大な私が使ってやるから光栄に思え」

 どうだとばかりに此方を見るヘルナン(馬鹿)さまに溜息すら出ません。


確かにオーランド家はユリウス王の流れを汲む歴史ある名家です。

レガルタ戦記執筆の折に調べたので覚えています。


ですが彼の時代から四百年。

その血は拡散し、末裔と呼ばれる人の数は千を超えるでしょう。

誇るのは結構ですが、数が多すぎて現在ではあまり威を感じません。


「すべてお断りします。自分が間違ったことをしたとは思いませんので謝罪も他人の罪を被ることも、ましてやそんなことを言い出す性根の腐った方の側妻など真っ平御免こうむります」


まさかそんな風に言い返されるとは微塵も思ってはいなかったようで、呆けた後で顔を真っ赤にして怒り出しました。


「何だとっ!ぽっと出の子爵風情が無礼なっ」

 激高し腕を振り上げ此方に向かって来ます。


身の丈上に高いプライドはユリウス王の末裔だとのことなのでしょうが、思い通りにならなと暴力に訴えるとは…。

躾けのなっていない幼子のようですね。

ユリウス王の名が泣きます。


「お嬢様」

「ええ」

 小さく頷くと私はマーサが差し出した愛杖を受け取り構えます。


次に瞬間、ヘルナン(馬鹿)さまの服が切り刻まれてバサバサと地に落ちて行きます。


「う、うわあぁぁっ」

 何が起こったのか分からずポカンとしていたヘルナン(馬鹿)さまでしたが、すぐに己が素っ裸の状態になっていることに気付いて奇声を上げ屈み込みます。



「お見事です、お嬢様。また腕を上げられましたね」

 感嘆の声を上げるマーサに杖を渡しながら苦笑を返します。


「つまらぬものを切ってしまいましたわ」

 いただいた魔道具のおかげで踏み込みが出来るようになり、抜刀術に磨きがかかりました。

蹲ったまま喚いているヘルナン(馬鹿)さまもあまりの速さに自分が何をされたか分かっていないようです。


そこへ騒ぎに気付いた騎士団の方々が現場に駆けつけて来ました。

「御無事ですかっ?ソフィ…いえ、パーネス子爵殿」

 あら、この方もソフィア推しでしたか。

心配そうに此方を見る騎士長に、はいと頷きます。


「いきなり裸になられて驚いただけですわ」

「そうですか。未婚の令嬢に不浄なものをお見せして申し訳ありません。この者にはきっちりと責を負わせますので」

 唇には笑みを刷いていますが、目は全く笑っていません。

それどころが奥には憤怒に燃える炎が見えるようです。


「よろしくお願いしますわ」

 笑みと共に頭を下げると、お屋敷までお送りしますと馬車までエスコートして下さいます。


ここはお言葉に甘えた方が良いでしょう。

出版社には後日、出直します。



『変態令息現る』


翌日の日報紙の一面にそんな見出しが躍っています。


「随分と早いですわね」

 感心する私にチャーリーが笑みと共に頷きます。


「被害に遭ったのがお嬢様でしたから早々にエルロットが動きましたので」

「そういうことですか」

 納得しつつ紙面に目を落とします。


騎士団に拘束されたヘルナンさまは『無礼であろうっ私はユリウス王の…』と一通りのことを横風に宣いましたが、素っ裸の慮外者の言葉に耳を傾ける者はおらず。


私が提出した魔道具…ヘルナンさまの言を録音したものが証拠となり、何の罪もない相手に言いがかりをつけて脅したとして脅迫罪が適応されました。


しかもその録音を聞かされても『そんな愚にも付かない紛い物の道具で私を陥れようとしても無駄だっ』と罪を認めなかったのがさらに立場を悪くしたようです。


何しろその録音の魔道具は町の声を集める取材用にと王宮魔道具開発部に頼んで作ってもらった物です。

依頼を出しましたら『その発想は無かったっ』と大いに喜んでノリノリで開発してくれました。


まだ数が少なく一般には出回っていないのでヘルナンさまが知らないのは無理もありませんが、道具の横に大きく王宮魔道具開発部の印があったことに気付かなかったのでしょうか。


開発部の長は王弟のザクリオ様です。

そこが出した物を『愚にも付かない紛い物』と貶したらどうなるか…貴族ならよく分かっているはずですが。


そのうえ裸になったのも『服が勝手に切れたのだ』と言うばかりで、まったく非を認めようとしません。

(まあ、確かにそうですけど)


以上のことから反省の色なしと罪人用の牢に入れられ、裁判にかけられることになったと書かれていました。


後日、『それほど野外で裸になるのが好きならば、屋敷以外では裸で過ごすのが宜しかろう』との判決が言い渡され、ヘルナンさまは一歩も外に出れなくなりました。


妹のフローレさまも、兄上が起こした事件により内々だけで済まされていた『作者成りすまし事件』が公に広まってしまった為、同じように外に出れない生活を余儀なくされているそうです。


正にどちらも身から出た錆ですね。



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