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小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
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5章 フローレ・後


「素晴らしいですわ。わたくし感動しました」

「ええ、クロードさまにこんな過去があったなんて」

「ですがこれで分かりましたわ。時折クロードさまが切なげな顔をされる訳が」

 

厳しく躾けられている行儀(マナー)を忘れて興奮状態で語り合う令嬢たち。

その誰もの顔は作品がもたらした歓喜に輝いている。


「何よ、こんなのっ。ミス・グリーンの話の作りをそっくり真似てるだけじゃないっ」

 止まぬ拍手と称賛の声を遮ってフローレが叫ぶ。


「そ、そうですわね」

「まったくオリジナリティがないですわ」

「他人の成果を奪うなんて恥知らずにも程があります」

 フローレの声を受け、慌てた様子で取り巻きたちが揃って扱き下ろす。


「まあ、そっくりだなんて…正当な評価をありがとうございます」

 それを受けてにっこり笑う令嬢に周囲は怪訝な目を向ける。


「では採決を取りましょう」

 それまで沈黙を守っていたスザンナがおもむろに立ち上がって宣言した。


「彼女の作品が素晴らしいと思った方はテーブルの右側へ。そうでない方は左へ移動してください」

 作品の評価をこんな方法で下すのは初めてで誰もが戸惑った顔でスザンナを見つめる。


しかしスザンナは皆の困惑を意に介さず、さっさと右側へと移動する。

それを見て他の令嬢も席を立ち、思う場所へと動き出した。


人波はほぼ半分に分かれた。

どちらの側も同じくらいの人数がいるが…若干、左側の方が多く思える。

それだけフローレの影響力が大きいと言うことだろう。


その結果に勝ち誇った顔で辺りを睥睨するフローレを横目にスザンナが派手な溜息をつく。


「…ここまで節穴揃いとは思いませんでしたわ」


「どういうことですのっ?」

 呆れと悲嘆が混じり合った声にフローレが眉を顰めてスザンナを見やる。


「あなた方は本当にミス・グリーンの作品を愛好していらっしゃるの?ここまで愚かだと王妃様がお好きな小説だから取り入るためにこの会に入ったのだと邪推してしまいます」

 その言に左側に居る令嬢たちの数人が気まずそうに眼を泳がした。


確かに最初は単に黒バラ騎士団の話が好きだからと入会した者がほとんどだった。

しかしスザンナが言ったように今では社交界での受けが良いからとの方が主な目的となってしまった者が多かった。


「貴族である以上、自分や家の格を上げるためにいろいろと成さねばならないことは分かります。ですが最近は目に余る行為が横行しすぎです」

 スザンナの苦言にフローレが嘲笑を浮かべて反論する。


「それの何が悪いのです?社交界の話題の中心となるのは貴族の誉れ。悔しければそうなれる功績を上げれば良いのですわ」


「ええ、確かにフローレさまの言う通りです。…それが自らの功績ならば」

「…どういうことですの?」

 キッと此方を睨むフローレに、そもそもとスザンナが言い返す。


「この会で発表される作品はすべて黒バラ騎士団の小説を元に書かれたものです。つまり他人の功績を利用してのことでしかありません」


「それは…そうですけど」

 悔し気な口調ながらフローレもそこは認めざるを得ない。


「本物を前にしては借り物の功績など無いも同じ。それが分からぬ程にそちら側の方たちの目が曇っているとは嘆かわしい限りです」


スザンナの言に令嬢たちが騒めき出す。


「ま、まさか…」

「あの方のお顔…ソフィアにそっくりではありません?」

「ええ、わたくしもずっと思ってましたの」

 興奮した様子の令嬢たちの話し声が大きくなって行く。


それを受けてスザンナが満面の笑みで高らかに宣言する。


「ご紹介いたします。こちらはリザリア・パーネスさま。皆様にはミス・グリーン先生と言った方がよろしいかしら」


ミス・グリーンの名に周囲の令嬢たちから驚愕のどよめきが起こる。



「初めまして。私の作品を愛して下さる方々にお会いできて嬉しいですわ」

 ドレスの裾を摘まんで会釈をすると皆さんが一斉に悲鳴に似た声を上げます。


「で、では先程の作品は…」

 そんな中、はっとした様子で一人の令嬢が呟けば。


「はい、この会のために先生が特別に書き下ろしてくださった黒バラ騎士団の新作です」

 そうスザンナさまが答えた途端、周囲は欣喜雀躍きんきじゃくやく状態となりました。


「特別な新作…」

「なんて…尊い」

 感極まってしまったのか数人の令嬢が失神して倒れこみます。


「アリシアさまっ、お気を確かにっ」

「エリィゼさまもですわっ」

 慌てて介抱するメイドの方たちの側では多くの令嬢が泣きながら此方に向かって祈りのポーズを取っています。 


「ミス・グリーン先生にお会いできるなんて」

「なんて光栄なことでしょう」

「…ありがとうございます。ありがとうございます」


レイモン殿下たちのガチオタぷりも凄かったですが、ここにいるご令嬢たちも負けてはいませんね。


ですがその姿に申し訳なさが湧き上がります。

私はあなた方に憧れられるような者ではありませんよ。

中身は世間知らずの引き籠りに過ぎませんから。



「な、何よっ。たかが小説書きじゃない。そんな風に称賛するなんて馬鹿じゃないっ」


歓声の中、それを搔き消すようにフローレさまが叫びます。


「ふ、フローレさま?」

「何を…」

 取り巻きの方たちが驚愕の表情でフローレさまを見つめています。


「ちょっと文章を書くのが上手いからって周りからちやほやされて…いい気にならないでっ」

 そう言って私を睨みつける顔は憤怒に歪んでいます。


「自分がなりたかった姿を見せつけられて怒る…醜い嫉妬ですわね」

 そんなフローレさまの心を抉るように呆れ顔で言葉を紡ぐとスザンナさまが此方を見やります。



「フローレさまにいくつか質問があるのですが」

 スザンナさまの合図を受けて用意していた言葉を口にします。


「何かしら?」

 突然のことに戸惑った顔をしましたが、すぐにフローレさまはは挑むような眼で此方を見返してきます。


「まずは…クロードの利き手は右左どちらでしょうか?」

「何よ、それ」

 いきなり思わぬことを聞かれて戸惑った顔をしましたが、そんな自分を隠すようにフローレさまは顎を上げて言葉を返します。


「右利きに決まっているでしょう」

 その答えに周囲の令嬢たちがざわつきます。


「サミュエルには姉と妹、どちらがいますか?」

「い、妹よ。名前で呼んでるのだから」

 そう言った途端、先程よりざわめきが大きくなりました。


「では最後に…仲間の一人であるルィードの眼は何色です?」

「そんなの…」

 どうやら知らないらしくフローレさまは困った顔で視線を泳がします。


「あ、青色よっ」

 一般的な色を上げた答えに周囲は疑いと困惑の視線をフローレさまに向けます。


彼女の答えに私は深いため息を零しました。


「やはりあの小説を書いたのはフローレさまでは無いのですね」

「し、失礼ねっ。あれは私の…」

「それは有り得ません」

 ぴしゃりと言い切られてフローレさまの言葉が止まります。


「あの作品には物語を進めて行く上で重要な設定がいくつかございます。それがあってこそのお話と言っても過言ではありません」

 そう言って私はゆっくりと立ち上がります。


「まずはクロードの利き手…彼は左利きです。剣を使う手であることを大切にしているので食事や書き物をする時は右手を使うことにしている設定です。フローレさまの書いた『騎士の泉』という作品の中でもそのことを口にしています」


「ちょっとした勘違いよっ。それくらい誰にでもあることだわっ」

「…確かにそうですわね。次にサミュエルにいるのは姉です。双子として生を受けたので立場は同等と名前で呼ぶように姉から言われているからです。それについても『騎士の泉』でサミュエルが周囲の者に説明する箇所があります」

 小さく息をつくと私はフローレさまを見返します。


「その会話がそれから起こる事件のキーとなります。ここを作者が間違うというのは…どうしたことなのでしょう」

 続けられた話にフローレさまは反論することなく唇を引き結びます。


「それとルィードの眼の色は…右が緑、左が赤茶です。原作でもそのことを気味悪がった両親から捨てられた彼が『どんな姿でもお前はお前だ』と言ってくれた仲間たちへの信頼と親愛の根源となる場面として書かれています。これはかなり有名なエピソードです。それを知らないというのは…原作を読み込んでいないとしか思えません」


「確かにそうですわね」

「ルィードさまのあの有名な場面を知らないなんて…」

「ではやはり書いたのはフローレさまではなく」

 

 ヒソヒソと小声で言葉を交わす周囲の令嬢たち。

取り巻きたちもドン引いた顔でフローレを見ています。


「い、言いがかりだわっ」

 憤慨した様子で声を上げるフローレさまに、でしたらとスザンナさまがその前に進み出ます。


「かけられた疑惑は自らの力でお晴らしになれば良いのでは?我が屋敷の一室を提供いたします。そこで心置きなく新たな小説をお書きください。もちろんフローレさまが書いたと証明するのですから部屋には我が家の者しか近づけさせません」


「で、できる訳ないじゃないっ」

 焦った様子のフローレさまに、何故ですとスザンナさまが問い返します。


「小説を書くには…そう、資料とかがいるのよ。家でなければ書けないわっ」

「それでしたらご安心ください。必要な資料がおありでしたらお家からすぐに取り寄せます。マーシュ侯爵家の名にかけて決して不自由な想いはさせません」

 毅然と言い切るスザンナさまをフローレさまが忌々し気に睨みつけます。


どちらも一歩も引かず睨むフローレさまと冷笑を浮かべるスザンナさま。

沈黙の対決が続きますが、それを破って私は徐に口を開きます。


「無駄な足搔きはお止めなさい」

 毅然と言い放つと私はゆっくりと言葉を継ます。


「何の確証もなしにスザンナさまがこんなことを言うと?貴女の終わりはもう見えているのです。…どれほどの事実を積み上げようと真実はひとつなのですから」


その言葉がとどめになったようで、もはや言い逃れできないと悟ったのか爆発したようにフローレさまが叫び声を上げます。


「誰が書いたかなんてどうだっていいじゃないっ。うちのメイドが書いたものなら私が書いたのも同然よっ」



「どれほどの事実を積み上げようと真実はひとつなのですから」

 期待に満ちたスザンナさまの視線を受けて、意を決して『メイドは見た』シリーズの決めセリフを口にします。


フローレさまに自らの行いを認めさせるため、是非にと懇願されましたので口にしましたが…心の中は後悔で一杯です。


自分が作ったセリフを人前で言うのがこんなにも恥ずかしいものだったとは。

必死に平静を装っていますが…穴があったら入りたいとは正にこのことです。


ですがここでフローレさまが白状してくれて良かったです。

チャーリーたちが集めてくれた情報ではフローレさまは読書はお嫌いで、お部屋に黒バラ騎士団だけでなくそもそも本が一つもないこと。

貴族学園での語学の成績も…下から数えた方が早いくらいのものだとか。


そんな方があの『騎士の泉』を書けたとは到底思えません。

これは誰か別に作者がいると考えた方が自然です。


そのことをスザンナさまにお伝えしたら今回のようになりました。

本来は短編で良いので黒バラ騎士団の新作を書いてもらえないかとのご依頼だったのですが、何故かこうして私が出張って一芝居打つことに…。


確かにこの方が効果が高かったでしたし、自白に持って行ったスザンナさまの手腕は見事でしたね。

さすがは切れ者と名高い宰相様のお孫さんです。


周囲の非難と軽蔑の眼差しに立ち向かうようにフローレさまが叫びます。


「それの何が悪いのっ。貴方だって私のように誰かに代わって書いてもらっているんじゃないの?だいたい何も苦労せずにあっさりと成功して、狡いのよっ」

 その言葉にスザンナさまが怒りも露わに反論します。


「その言葉、取り消してください。ミス・グリーン先生に対する侮辱以外の何物でもありません。そもそも何の努力も無しに成功するなんてありえません。何年もの厳しい研鑽を積んでこそ職人は素晴らしい品を作り出せるのです。フローレさまも淑女の礼節を身に着けたのは何度もレッスンを重ねたからでしょう」

 

分かりやすいスザンナさまの話にフローレさまは反論できず押し黙ります。


「ところでリザリアさまは今までどれほどの本をお読みに?」

 突然の問いに驚きながらも過去の事実を口にします。


「最近は締め切りに追われていますのでそれほどではありませんが…以前はあらゆる分野の本を最低でも一日3冊、それを十年以上毎日続けておりましたから総計で1万冊は超えているかと」


私の答えに周囲から驚きの声が上がります。

そんなにですか?

私としては当たり前のことなのですけど。


「リザリアさまの作品が多岐にわたる訳が分かりました。その膨大な知識量あってこそだったのですね」

 感心しきりなスザンナさまが周囲の令嬢たちを見回します。


「お聞きのように成功に至るまでの努力は必須です。それから目を反らし良いところだけを羨むのは間違いです」

 毅然と言い切るとスザンナさまは小さく息をついてから言葉を継ぎます。


「確かに成功には運も必要かもしれません。ですが自分には無理だと決めつけて、努力することを諦めてしまったらそれまでです。自分が望んだ未来を自分で作り上げるためにどんなに遅い歩みでも進み続けていさえすれば夢の扉に手が届くのです」


スザンナさまの話に感動した様子の令嬢たち。

ですがフローレさまには響かなかったようです。


「何よ、偉そうにっ。こんな会、辞めてやるわっ」

 そういうとフローレさまは走って庭園から姿を消してしまわれました。


ですが成りすましの件がこれで終わるとは思えません。

フローレさまの苦難はこれからでしょう。



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