表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
4/16

3章 レイモン 後



「…あの…どうかお立ち下さい」

 驚きを隠せない私の前で殿下が先ほどよりも激しく首を振ります。


「いえ、貴女さまの前で膝を折らぬなどと、そんな無礼はできません」

 そのまま殿下は興奮した様子で堰を切ったように話し始めました。


「貴女さまに生み出していただいた白百合の騎士たちのおかげで私の灰色だった日々はバラ色に輝くことになったのですから。それは私だけではありません。二番目と三番目の兄たちや部下たちもです」


(ひざまず)いたままキラキラと瞳を輝かせ興奮した様子で語る殿下。

ですがその言葉で態度が急変した訳が分かりました。


白百合騎士団とは…どうしてこうなったシリーズ・その一です。


自分が思うように動けないせいでしょうか。

健康で活動的な少女の話を書きたくなり作ったのが『白百合騎士団の乙女たち』です。

個性豊かな5人の見習い女性騎士たちが困難に立ち向かい成長してゆく様を綴った初期作品の一つです。


挿絵を頼んだ絵師の方が素晴らしい仕事してくださったこともあり、ターゲット層である十代の少女たちだけでなく、何故か若い男性たちにも熱烈に受け入れられ大変人気の高い作品となりました。


しかもその人気に目を付けた商会とコラボした装飾品や菓子等が馬鹿売れし、一大ブームを巻き起こしたのです。


おかげでロイヤリティとして凄まじい額のお金が転がり込んできましたが、軽いノリで気楽に書いた作品が思ってもみない方向に進んでしまい、作者としては困惑するばかりでした。


その『白百合騎士団の乙女たち』には親衛隊と呼ばれる公式のファンクラブが存在していまして、会員は全員がガチオタと呼ばれるコアなファンばかりです。


「初めて見た時に騎士団の参謀役であるソフィアにそっくりだとは思ったのですが…彼女のモデルは貴方様だったのですね」

「はい…挿絵師の方がどうしても私の顔を使いたいとおっしゃって」

 おずおずと肯定の頷きを返しますが…心は羞恥で一杯です。


自作品のキャラに自分の顔を使うなどと、とんでもなく痛い人間だと思われていることでしょう。


この屋敷から出ることはないからと安易に承諾してしまったあの時の自分を思い切り殴りたいです。


ですが殿下はさらに感激した様子で言葉を継ぎます。


「さすがの慧眼です。ソフィアは可憐で思慮深く芯の強い素晴らしい女性だと思います。まさに貴方様に相応しい」

 その後ろでは左の配下の方が首が折れる勢いで何度も頷いています。

そして右側の方は胸の前で手を組んだ…祈りのポーズのまま滂沱しておられます。


その様にドン引く私の視線に気づいた殿下が『お気になさらず』と笑顔のまま手を振ります。

「このラクレオスは(はげ)しいソフィア推しなのです」

 殿下の言葉に涙でぐちゃぐちゃな顔のままラクレオスさんが口を開きます。


「見苦しいさまをお見せして申し訳ありません。神と崇めるミス・グリーンにお会い出来ただけでも至福ですのに、それが愛するソフィアのモデルと知り感極まってしまいました」

 そう語る彼の眼は熱狂に満ちていて…怖いくらいです。

 

「そ、それほどに私の作品を愛してくださりありがとうございます」

 ビビりながらもそう声をかけるとラクレオスさんの顔が歓喜に彩られ、そのまま噎び泣きだします。


初めてガチオタと呼ばれる方々を目にし、話に聞いた百倍は凄まじい様に困惑はしましたが、大の男が泣くほどに私の作品を愛してくれることには感謝しかありません。


「と、とにかくこのままではゆっくりお話もできませんわ。どうかお座りください」

 殿下をいつまでも(かしず)かせているわけには行きません。

そう懇願すると殿下は渋々ながらもソファーへと腰を下ろしてくださいました。


「御付きの方々もどうぞ。マーサ、そちらに何か拭く物を…」

 涙と…その…鼻水も凄いですからシャツやジャケットが悲惨なことになっています。


「いえ、大丈夫です」

 軽く手を上げるとラクレオスさんの顔や服が見る間に乾いて行きます。


「まあ、魔法師さまでしたの」

 感心する私にラクレオスさんが慌てた様子で大きく首を振ります。


「少しばかり水を操ることが出来る程度で魔法師と名乗るほどの力はありません」

「それでも凄いですわ」


魔法と呼ばれる力は神からの特別な恩恵(ギフト)と考えられています。

故に魔法師と呼ばれる彼らは栄誉と高給を約束されたエリートです。

ですがその数は少なく確認されている数は国内でも千人ほどしか居りません。


多くの者が魔法省に所属し公務を担っていますが、戦闘に使える程の威力は無い者がほとんどです。

なので微力な者は大手の商会員や冒険者になっていると聞いております。


「よろしければお暇な時にでも魔法を行使する感覚などを教えていただけますか?次は魔法師を主役とした作品を書こうと思っているのですけど私は使えないので参考にしたいのです」

 そう申し出ましたら…。


「お、俺などがソフィアの…いえ、ミス・グリーンのお役に立てるのですか!?ありがとうございます。ありがとうございますっ。ありがとうございますぅ」

 そう叫ぶなり再び号泣して床に平伏してしまいました。


「あ、あの…」

 どうして良いか分からず視線を彷徨わせる私を助けるように殿下が言葉を紡ぎます。


「僭越ながら私は天真爛漫ながら不屈の闘志を秘めた主人公のウェンティ推しですが、白百合の騎士たちを愛する同志としてラクレオスの気持ちはよく分かります。変化の無い鬱々とした日々の中、彼女たちに出会えたことでどれほど救われたか…」

 嬉々として作品への愛を語る殿下。

そのさまは確かに大変幸せそうですが…。


「マリーベルさんはこのことを…」

 彼氏が美少女キャラのオタだと知ったら…失望しないのでしょうか。

ですが私の懸念を殿下が実によい笑顔で吹っ飛ばします。


「もちろん彼女も応援してくれています。何しろマリーと知り合ったきっかけも面差しと性格がウェンティによく似ていたからでして」

 推しに似ているから好きになった…さらりととんでもないことを言いましたよ。

どうやら殿下も紛れもないガチオタの一人のようです。


「そこまで気に入っていただきありがとうございます。では執筆活動の後ろ盾になって…」

「もちろんです。それこそ身に余る光栄でございます」

 食い気味にそう宣言すると殿下はさらに驚愕の事実を披露します。


「私だけでなく母たちも喜んで参加してくれるでしょう」

「は?…王妃様がですか」

 思わず聞き返す私に、はいと元気のよいお声を上げて殿下が頷きます。


「私たち兄弟と同じように母たちは黒バラ騎士団の(とりこ)なのです。口癖が『推しのためなら死ねる!!』ですから」

「そ、そうですか…」


黒バラ騎士団とは…どうしてこうなったシリーズ・その二です。


最初は白百合の乙女たちの恋話の相手として設定したイケメン5人組でしたが、編集のエルロットから『戦争になるので止めて下さい』とボツを食らいまして。


『恋話など掲載したら絶望した親衛隊員からマジで人死にが出ます』と必死な形相で止められました。


その代わりにと提案されたのが彼らを主軸とした別作品を書くことでした。

で、若き騎士たちの冒険譚といった感じで本を出しましたら…こちらは少女だけでなく妙齢のご婦人方からも絶大な人気を博し熱心なファンが付きました。


同じ時間軸に存在するので双方の作品にお互いがモブ程度に出番があるので、二作品ともどちらのファンからも愛されています。


もちろんこちらにも『黒バラを愛する会』という公式ファンクラブがあります。

彼女らは『バラ(じょ)』と呼ばれ、推しのキャラクターを深く愛する方々です。


その愛ゆえでしょうか。

彼女らの中にはキャラクター同士で疑似恋愛を展開するという…俗にいう『薄い本』を自らが書いて仲間内で回し読みするということが流行っています。


私もエルロットを通してその本を数冊手に入れましたが、キャラクターの性格を深く考察したなかなかに良い内容で彼女らの想いの熱さに感心したものです。


もちろんこの手の本は非公認です。

ですがエルロットが言うには黙認するのもファンサービスの一環なのだそうです。

作品の品位を著しく落とすような内容の物やそれで金銭を得るような行為にはきちんと警告を出し、場合によっては裁判に打って出る用意はしているそうですが、今のところそう言ったことにはなっていません。


ファンの皆さんが良識のある方々で良かったです。



「母にとってファンクラブ会員ナンバーが一桁というのが何よりの誇りなのです。推しが同じということでマリーとも話が合うようで、よく黒バラ同好会という茶会を開いては熱く語り合っています」


「…仲がよろしくて何よりですわね」

 出かけた溜息を飲み込みながら笑顔を作って頷きます。


どうやらマリーベルさんも殿下と同類のようです。

嫁姑仲も良いようで私の小説がもたらしたものだとしたら作者冥利に尽きますね。

それはどうやら殿下も同じ思いのようで。


「貴女さまの執筆活動を応援できるとなれば皆も天にも昇る思いでしょう」

 嬉々としてそんな恐れ多いことを言ってくださいます。


「そ、そうですか…よろしくお願いいたします」

 まさか王族の方々にまで熱烈な読者がいたとは意外でしたが、これでつつがなく仕事ができると安堵しました。


ですが後日、このことが騒動を起こすとはこの時は夢にも思っていませんでした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ