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小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
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1章 アーネスト

久しぶりに小説を書いてみました。

楽しんでいただけましたら幸いです。


「お嬢様」

 メイドのマーサの声に私は動かしていたペンを止めて顔を上げます。


「お仕事中、申し訳ございません。旦那様がおこしです」

「お父様が?」

 マーサの言葉に盛大に首を傾げます。


「珍しいわね…というか初めてじゃないかしら」

 父がこの別邸にわざわざ足を運ぶなんて…。


「あの話は本当のようね」

 理由に心当たりがあるので小さくため息をついてから口を開きます。


「応接室にお通しして」

「かしこまりました」

 静かに頭を下げたマーサですが、その全身からは怒りのオーラが立ち昇っています。


「お茶に下剤とか入れないでね」

「…毒を盛られないだけましかと。ちなみに自然死に見える毒なら数種類ございますが」

 平然と物騒なことを言うマーサに苦笑を向けながらゆっくりと首を振ります。

何しろ彼女にはバレていないだけでいろいろと前科があるのですから。


「貴方を犯罪者にしたくないの」

 大切なのは貴女で父の事はどうでも良いと匂わせれば。

「はいっ」

 たちまち上機嫌になってマーサは揚々と部屋を出て行きました。


「さて、10年ぶりにお父様にお会いしますか」

 そう呟いて傍らにあった愛用の杖を手に椅子から立ち上がります。



私の名はリザリア・パーネス。

パーネス伯爵家の次女として生まれました。

そんな私は生まれつき片足が悪く、今も杖なしには歩くこともままなりません。

その上、私の容姿は…地味でした。


父は燃えるような赤い髪に緑の目をした美丈夫で王国の近衛騎士団長を務めています。


母は豪華な金髪に真っ青な瞳を持つ美女。


長子である姉は母譲りの金髪に父と同じ緑の目の美人、今は隣国へ嫁ぎ侯爵夫人となっています。


長兄と次兄は父と同色の髪と目をした美青年で近衛騎士団に在籍しており。


末の妹は顔も髪も目も母とそっくりの美少女。


そんな華々しい家族の中で私は曾祖母譲りのよくある焦げ茶の髪にダークグリーンの瞳。

顔立ちはそれなりに整ってはいますが家族の中に入ると見劣りしてしまいます。


ですから幼い頃からよく『これでは嫁に出すことも出来ぬ。役立たずが』と父から叱責されていました。

他家と繋がり実家に利益をもたらすのが貴族の令嬢の役目ですからね。

その時点で私は『価値無し』となりました。


故に早々に私は部屋住み…つまり嫁ぐことも無く、一生を家で過ごすと決まったのです。


社交界では私はデビュタントも出来ぬほどに身体が弱い気の毒な令嬢と言うことになっています。


両親や兄弟もそのことに心を痛めているので私の事は敢えて話題にしないと。


「そう言っておけば同情も買えるし、厄介者のことを根掘り葉掘り聞かれずに済みますものね」

 やれやれとばかりに首を振ると到着した客室の前で声をかけます。



「失礼いたします」

「…リザリア…か?」

 10年ぶりに会う娘を前にして父は大きく目を見開きました。


「はい」

 小さく頷くとマーサの手を借りてソファーへと腰を下ろします。

テーブルを挟んだ反対側に座る父は信じられないと言った顔をしていましたが、すぐに我に返った様子で口を開きます。


「随分と…その…痩せたのだな」

 父が驚くのも無理はありません。

何しろ本邸にいた頃の私は首が肉に埋もれて行方不明になるほどコロコロに太っていたのですから。


「あの頃はみっともない歩き方をするなと散歩も禁じられ、そのうえ食べ盛りの兄上たちと同じ量の食事を与えられておりましたから太るのも当然かと。今はそれなりに動いておりますし、食事も身にあった量にしておりますから」

「そ、そうか…しかし多かったのなら言ってくれれば…」

 もぞもぞと言い訳を口にする父に私は冷笑を返します。


「食べたくないと申し上げましたら『我が儘を言うな。残すことはまかりならぬ』とおっしゃったのは父上ですが」

 心当たりがあるのか父は小さく唸ると黙り込んでしまいました。


運動もさせず山ほどの食事を与えて太ったら、醜いと蔑んでいたあなた方の言動を忘れてはいませんよ。


バツが悪そうに視線を彷徨わせる父の前で小さく息をつくと、それでと来訪の目的を尋ねます。


「10年間放置していた娘に今更何の御用です?」

「そ、そうだ。喜べ、お前の嫁ぎ先が決まったぞっ」

 一転して笑顔を浮かべる父に、やっぱりと予想が当たったことに深いため息が零れます。


「…お相手はレイモン王子殿下ですか?」

 その名に父はギョッとした様子で目を見開きました。


「し、知っているのか」

「はい、私にも目と耳があります。リリアンが仕出かしたことを親切に教えて下さる方もおられます」

「そ、そうか…」

 再び沈黙してしまった父を眺めながら私は盛大に肩を竦めます。


レイモン殿下はこの国…ロルナド国の第4王子で妹のリリアンの婚約者でした。


結婚の後に臣へと下り新たに侯爵家を興す予定ですが、王族の一員であることに変わりありません。

よってその相手であるリリアンには厳しい淑女教育がなされましたが…。


その為に通っていた王宮で、こともあろうにリリアンは王太子殿下と恋仲になってしまったのです。


王太子殿下の元に嫁げなければ死ぬと夜会で泣き喚き、自らを悲恋のヒロインに仕立て上げた手腕は大したものですが、その奸計に当の王太子殿下が見事に引っ掛かりまして。

リリアンを娶ると正式に宣言してしまったのです。


ですが王太子殿下には既に王太子妃と2人の側妃がいらっしゃいます。


その方を差し置いて正妃に迎える訳には行かず扱いは側室となりましたが、彼女の願いはこうして叶ったのです。


影では『泥棒猫』だの『簡単に男を取り換える売女』と散々に言われているらしいですけど。



「リリアンの代わりに私を宛がってお茶を濁そうとは、随分と杜撰な策ですわね」

「し、仕方がないのだっ。レイモン殿下と我が家の娘との婚儀は議会で決定されたものだ。それを反故にする訳にはゆかぬっ」

 顔を真っ赤にして父が叫びます。


確かに貴族の結婚は好き合って一緒になる平民と違い、家同士が交わす契約です。


貴族間の派閥の力関係などを長い時間をかけ、いろいろと考慮した上で決定されます。


父も兄たちも脳筋のポンコツ揃いですが、一応パーネス伯爵家は武門の誉と称えられ『ロルナドの盾』と呼ばれています。


武闘派のパーネス家と王家との繋がりを強固にしておくことは国の安寧の為には必須です。


それをホイホイ変更してしまったら各方面に要らぬ軋轢を生んでしまいますからね。


因みに側妃はともかく側室の場合は正式に籍が入らぬため契約条項上対象外になりますですので、何人いようとノーカンです。


フーフーと荒い息をつく父に私はにべもなく言い放ちます。

「あら、反故に出来ますわ」

「な、何っ?」

「パーネス家の爵位を返上すればが良いのです。無い家から娘を出すことは出来ませんもの」

 しれっと言ってのけると父は一瞬呆けた後、すぐにさらに顔を赤くして叫び返します。


「そのようなことが出来る訳なかろうっ!」

「王子殿下に私のような失敗作を宛がうような無礼を働くよりマシかと」

「し、失敗作などと…」

「私をそう呼んでいたのは他ならぬお父様ですが」

「うぐっ…」

 それきり反論も出来ず再び父は黙り込んでしまいました。 


「まあ、リリアンの行いによっては返上どころか改易になるかもですけど」

「か、改易っだと。どういうことだっ!」

 目を剥く父の前で私はニッコリ笑うと徐に立ち上がります。


そして手にした杖を横に持ち、乗馬用の鞭のようにパンパンと左の手の上で軽く叩いてみせます。


「お立ちなさい、アーネスト。そして今日の成果を報告なさいっ」

「な、何を…」

 落ち着きなく視線を彷徨わす父に向かってさらに言い募ります。


「いつも言っているでしょう、人と話す時はきちんと相手の目を見なさいと。返事は?」 

「は、は…い」

 オドオドとソファーから立ち上がった父にダメ押しの言葉を放ちます。


「まともに返事も出来ないのですか。このゴミムシがっ」

「イエス、グランマっ!」

 そう叫び返すなり父は背をピンと伸ばし直立不動の態勢を取ります。


「いや、お懐かしい。本当にリザリアお嬢様はオリビア様にお声もお姿もそっくりですな」

 そう言いながら部屋に執事のチャーリーが入って来ました。


「お久しぶりでございます。旦那様」

「あ、ああ。お前も健勝のようだな…確か今年で」

「おかげさまで80になります」

 ほっほっほっと暢気な声で笑うチャーリーの前職は本邸の執事長でした。


私が此方に来た時に、もう年なのでと仕事を後輩に譲って側仕えになってくれた使用人の一人です。


「幼い頃はよく大奥様にそうして叱られていた旦那様が…御立派になられて」

 ニコニコと笑みを浮かべていますが、その目はまったく笑っていません。

幼い私を疎んじ、虐げたことを未だに激怒しているのです。


まあ、チャーリーが怒るのも無理はないのですけどね。


そもそもの始まりは両親に大事な一人息子と大いに甘やかされ阿呆なクソガキに育った父に業を煮やした曾祖母であるオリビアおばあさまが、その性根を徹底的に叩き直したことに端を発します。


その教育は苛烈だったそうですよ。

何しろ仕草や口調は(たお)やかなのに、その美しい口から発せられるのは猛毒に等しい言葉の数々。


的確に相手の急所を捉えて心を抉ってゆくさまはいっそ見事だったと、よくチャーリーが懐かし気に話していました。


そんな厳しい調教…いえ、教育のおかげで性悪なクソガキだった父はそれなりな貴族の令息に成れました。


その所為か曾祖母に対しては今も絶対的恐怖を感じているようで、私が少し真似をしただけであの有様です。


そんな曾祖母と同じ髪と目の色をした娘…しかも足が悪い失敗作を前にして父はおかしな風にはっちゃけました。


私を虐げマウントを取ることで曾祖母に対するコンプレックスを解消しようとしたのです。


一家の主である父がそんな風なので他の家族も同じように私を扱いました。

母と姉は蔑みの目を向け、醜いだの無様だのと私への罵倒三昧。

兄たちからはお気に入りだった物を壊されたり、わざと足を引っかけ転ばされるのは日常茶飯事。

特に妹は凄かったですね、私には相応しくないと身の回りの物すべてを持って行かれましたから。


本当にシャレにならない酷いことをいろいろとされました。


見兼ねたチャーリーが静養と言う名目で私を王都の外れにあるこの別邸に移すよう進言してくれて本当に助かりました。


目の前からいなくなったら興味が失せたようで、8歳の時に移り住んで以来、父が別邸を訪れることはありませんでした。

おかげで完全放置状態で好き勝手出来るようになりましたからね。


「ところでお父様は晩年オリビアおばあさまが手塩にかけて育てた使用人のことを覚えていらっしゃいます?おばあさま亡き後、その一人であるチャーリーは我が家に残りましたが他の3人は他家に移りましたわね」

「あ、ああ。それがどうした」

 怪訝そうに此方を見遣る父に私は笑顔と共に言葉を継ぎます。


「その3家は王太子妃さまと2人の側妃さまのご実家です」

 私の言葉に一瞬訳が分からないといった顔をしましたが…。


「な、何だと!?」

 さすがに気付いたようでたちまちその顔を真っ青に染めます。


「ええ、側付としてその教えを元に完璧にお育てしたと聞いております。簡単に言うとオリビアおばあさまが3人に増えたといったところでしょうか」


「ば、馬鹿なっ」

 それきり絶句してしまった父にチャーリーが追い打ちをかけます。


「3人ではございません。わたくしも大奥様の教えをお嬢様にお授け致しましたので」

「そ、そんな…」

 絶望と恐怖を滲ませた目を向ける父に私は改めてパーネス家の危機を伝えます。


「あの我が儘放題に育てられたリリアンが、3人のオリビアおばあさまたちに太刀打ちできるとお思いで?」

 私の問いに父が力なく首を振ります。


「今は王太子殿下が気まぐれに愛でた仔猫程度の扱いだから見逃されているのです。ですが下手に欲をかいて分不相応な振る舞いをしたらどうなるか…お父様にもお分かりになりますでしょう」

 私の言葉に父は真っ青な顔のままコクコクと何度も頷きます。

漸く自分たちが途轍もなく薄い氷の上に立っていることに気付いたようです。


「王宮に上がる前に王太子妃さまたちには決して逆らうなとよくよく言い聞かせておいた方がよろしいかと」

「わ、分かった」

 慌てて身を翻した父の背に私はため息と共に声をかけます。


「レイモン殿下がお嫌でなければ婚儀の件、承知いたします」

 此処に来た目的を完全に忘れ果てていた父は驚愕の表情で此方を振り返ります。


「よ、良いのか…」

「国家安定の為ですから。出来ましたら非公式に一度此方をお訪ね下さるようお伝えください」

「う、うむ」

 頷くが早いか父は飛ぶように本邸へと帰って行きました。




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