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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
エピローグ
87/88

旅を辿って×新たなスケッチ

 君が姿を消したあの日の事は、まだ鮮明に覚えている。


 お祝いどころじゃなくなって、皆で君を探したよ。今考えたら少し席を外しただけかもしれない、なんて案も浮かぶ。でもあの時、皆が皆焦燥を滲ませて、本当に君が消えてしまったかも、と思いながら城中を駆け回ったんだ。

 だって君は、この世界の人ではなかったから。

 けどあんまりじゃないか。祝福も感謝も受けないまま、帰ってしまうなんて。



 それでも俺たちは、グリフォンへ事件の解決と目的の遂行を報告しなければいけなかった。彼らは俺にゴールドバッジを差し出してくれた。……受け取る事は、とても躊躇われたよ。だって、君がいない。

 人々は革命を起こした勇者を讃え労り、変化を始めたこの世界を穏やかに楽しんでいる。だのに俺たちは、心に小さな穴が空いたままだった。

 だから俺は、もう一度旅に出たんだ。君を辿る旅に。リノ様も同行してくれた。メロはどうしたかって? 勿論彼女は、


『ビオち、おまたせーっ!☆』


『メロ! おそぉいっ、お揃いの服30着くらい考え付いちゃったんだから!』


『思い付きすぎだから。僕が何日かけて柄や装飾のディテールを加えてやったことか……』


『いーのっ! お前はボクの専属マネージャーだろ♡』


『それってビオ×ガン!?☆』


『フン、そういう営業方法も良いだろうね。何せボクら、トップあいどるになるんだから♡』


 そう、アイドルになった!

 と言っても、俺にもまだよくわからない。吟遊詩人のように歌い、踊り子のように舞い、時に英雄のように練り歩き握手をして回るんだそうだ。きっと彼らの周りには笑顔が溢れるだろう。俺とリノ様は記念すべきファン第一号なる者としてサインをもらったんだ。君の分もあるよ。



 まず俺たち二人が向かったのは、『はじまりのそうげん』だ。君と初めて出会った場所。俺たちはふとスライムが群れているのを見つけたんだ。何もない野原で、何が行われていたか君は分かる?


『スライムのおやど……一泊、2ラヴ?』


『あ! ルカの布団!』


 なんとまあ商魂たくましい事か、彼らは俺たちの置いてきた布団一つで商売を始めていたんだ。咄嗟に返してもらおうかとも思ったんだけど、粘液でベタベタだし、申し訳ないが彼らにくれてやってほしい。多分、儲かってない。



 俺たちはそのまま、リノ様の泉がある森へ足を踏み入れた。


『てめっ……このツタは売られた喧嘩と取って良いんだよなァ!?』


『ふははは! さぁね、お前が勝手に転んだだけじゃないのかい?

 ! ああ、リノ様! お帰りになられたのですね』


 相変わらず獅子型モンスターのマンティコアと植物の根のモンスター、アルラウネは言い争っている。


『あらあら、いつも仲が宜しくて、私嬉しいですの』


『何を言いますかッ! 草と仲良しなどと冗談は止めてもらいたい』


『誰が草だ獣臭い獣めっ!』


 終わりの見えない争いに俺たちはその場を後にしたよ。でも、アルラウネの花が以前より鮮やかに咲き誇っているように見えたのは……気のせいかな。


『よォ精霊サン。と坊主! ってあ~!? ゴールドバッジじゃねえか!』


 更に進んで現れたのは、火吹きトカゲのリザードフォークと水辺に住まうグリンディローだ。


『勇者が世界を救った結果さ! あれから泉は平和?』


『俺が経験値になってやったおかげだろ~。 おう、平和も平和よ。あの狼男もすっかり大人しくなって、泉に来た冒険者と時々力比べをして遊んでる。なあ、グリンディロー』


『まるっきり負け犬の台詞ですね。

 ええ、泉は穏やかです。……桃髪の女性は』


『ルカは……ルカは、使命を果たして、遠いところに行きました。だから、私たちはまた繋がるために、彼女の軌跡を辿っておりますのよ』


『そう、かぁ。……、ん、じゃあ何だ、そのバッジは殆ど嬢ちゃんのモンってワケだな? だと思ったぜ、坊主弱っちかったもんなァ!』


『っな、これは俺たちみんなで手に入れたの!』


 あの時、久しぶりにリノ様は声をあげて笑った気がする。俺もリノ様も、やっぱりルカがいなくなってすごく、寂しかったんだ。

 リザードフォークたちに励まされて、俺たちは最深部の泉に向かった。

 そこには、泉に足を付けて語らう水の精霊、ウンディーネと狼男、ライカンスロープの姿があった。


『リノ!』


『姉上、おかえりなさい。ユウシャ殿も』


 温かく迎えてくれた二人には、旅の始終を語った。ウンディーネは大層興味深そうに話を聞いてくれたよ。約束の改定には頬を赤らめて……、二人にも何かしら心境の変化はあったのかもな。

 まだ暫くライカンスロープは森に居座る気らしい。なんでも、


『ウンディーネ一人じゃ不安だからな! また帰ってくるまで、俺が泉もこいつも守っていてやる。だから……安心して、あの女を探せよ』


 との事だ。俺たちは彼の言葉に甘える事にして、次の村へ足を進めた。



『製錬の村』は、変わらず温かく長閑だ。そこで俺たちは、意外な声を聴いたんだ。


『あっユウシャ! それにリノ!』


『え! サ……いいえ、ヒナタさまですのっ?』


 そこにいたのは、布のリュックを背負ったヒナタと、トバリの婆さんだった!


『なんだい、金のバッジをもらって、あんたたちの旅はそれで終わりか?』


 ゴールドバッジに驚きもせず悪態をつくその姿は、婆さんらしいっちゃ婆さんらしい。


『ルカが使命を果たしました。私たちは……どうにか彼女と再会出来ないかと、彼女の歩んだ轍をなぞっておりましたの』


『そうかい。ああ、つまり、本当に成さねばならん事を終えた、って事さね。

 丁度いい、その旅に満足したら戻ってきな。あたしゃ忙しいんだ、手伝っとくれよ』


 更にこのゴールドバッジを持った勇者ご一行(今は二人だけど)に、雑用を押し付けようとの魂胆らしい! それでもこの旅の終わりの先なんて考えていなくて、今の俺たちには頷くしかなかった。


『じゃあ、ユウシャとリノ、ヒナタのおうちにあそびにきてよ! ととさまたち、きっとよろこぶよ!』


 次の目的地を察したらしいヒナタに手を引かれ、俺たちは『製錬の村』を離れた。ヒナタの住まう山への道すがら、かつての『人形村』の様子が垣間見える。どうやら村民で賑わって、子どもも沢山いるようだ。あれが本来の村の姿なのかもしれない。


『ヒナタはね、がっこうにいって、かえるまえにおばあちゃんちであそんでたとこなの! ほら、ひとのととさまときつねのととさま、ふたりのじかんがいっぱいほしいでしょ?』


『ヒナタさまそのお年にして配慮の鬼……まさに最(あんど)高』


『この山精霊のIQ吸い取る力とかあるのかな……』


 それと俺は、何となくリノさまの言動にデジャヴを感じて、悪い勘繰りをしてしまったよ。

 案内されるままに山を登ると、薄暗くなった山道にぽつりぽつりと明かりが灯る。どうやら火の玉の妖、鬼火が駆け回っているようだった。彼らが自由に遊んでいられるのは、目付け役の漆黒の保護者、カラス天狗がいるからだろう。


『……危険な者が近付いている』


『はは、そんな。今日は何もしません、ヒナタのお家に遊びに来たんで……どわっ!?』


 怪訝そうな表情のカラス天狗に話しかけたその時、俺の背中に衝撃が走った! 最初は動揺していたけれど、リノ様の小さな笑い声と「ぅなああ」なんて奇妙な鳴き声で、俺もその正体にようやく気付く。


『猫又だろう!』


『にゃはは。お菓子持ってないの? 桃鬼は?』


『ちょっと、っはあ、猫くん……っ待ってよ……! あ、あれ、君ら』


 三毛猫の妖、猫又だ。息を切らして後を追ってきたのは、化け狸の傘さし狸だろう。君にお風呂に入れられたのがすっかりトラウマだったくせに、彼はいの一番に君の姿が無い事を心配していたよ。事情を話したら、意気消沈していた。


『そう……そうかい。俺ね、君らには感謝しているよ。俺も彼も、すっかり野良さ。でもやっぱり、彼と一緒でなくては駄目なんだ』


 穏やかに微笑む傘さし狸も、猫又も、ちょっぴり以前より獣臭かった。でも二人寄り添って……すごく、幸せそうだったよ。

 ルカにあったら代わりにお礼を伝えると約束して、山の一層深いところにある小屋へ俺たちは足を運んだ。


『ただいまっととさまー! ヒナタ、おともだち連れて来たの!』


 ヒナタは行儀よく、扉の前で中に待つであろう人たちへ声を掛ける。暫く中が騒がしくなって、息を乱して火照った月彦さんが顔を出した。


『ッヒナタ、人間さんをここへは……っ、は、ユウシャくん、リノさん!』


 彼も、後に続いて出てきた狐狗狸様、否4つの尾っぽの天狐さまも少々衣服が乱れていた事には……言及しないでおくよ。


『あのあの、お二人は今お召し物が乱れる程の何をしていらして……!?』


『リノ様、言及しない!』


 まあ、実際のところ山の野生動物を狩った後だったそうだ。その日は夕飯をごちそうになって、旅の顛末を語ったんだ。


『……そうですか。ルカさんは、ご自身の使命を遂行なされて。……とてもすごい事です。リノさんやユウシャくんも、大変よく頑張りました』


『見つかるだろう、きっと。お前たちも、あの娘も生きているのだから。


 そうさ、お前たちはよく頑張った。今もまた必死に、(えにし)の糸を手繰っている。大丈夫……きっと、また繋がる事が出来る』


 やっぱり、包み込んでくれるような大人の励ましには目頭が熱くなっちゃうよなあ。俺はなんだか喉が詰まって……、折角のシシ鍋だっていうのに、箸が止まってしまったよ。



 明朝、山を下りて俺たちが次に足を踏み入れたのは、あの『冥界の森』。そう、『パンプキン館』に行くためさ。

 あれから、人々の森への意識も変わりつつあるんだ。アニエスは急に国の外交に興味を示してね、あの『ルナデ・シルシオン』と友好関係を結ぶため森に道を通す事業を計画しているんだとか。それこそ、今は館の住人たちと交渉中らしい。


『よくぞ来られました、リノ様。ユウシャ様』


『へへっ、アニーやメロから聞いてるぜっ! また旅をしてるんだって?』


『ポルター、立ち話など失礼です。どうぞ中へ、ジャック様とリッチは玉座の間に』


 館でまず迎えてくれたのは、言わずと知れたこの二人。キレイ好きモンスターのシルキーと、辺りの物を自由自在に動かすモンスター、ポルターガイストだ。促されるままに館の中へ進めば、これまたおなじみの二人が顔を出す。


『ギャッ! ちょ、だだ男女二人で旅とかそれ、うわ、不純!!』


『マミー、その童貞丸出しの発言はマイナスさ』


『どどど童貞ちゃうわ!』


 覚えているかい? うるさい包帯ぐるぐる巻きモンスターがマミーで、人形みたいに美しい金髪蒼眼のモンスターがオートマタ。


『あのな、俺たちはルカを探す旅に出てるんだ。リノ様は大切な仲間だよ』


『同じくですの。それよりあの、童貞ちゃうって事はやっぱりマミー様、オートマタ様と……』


『ちちち違いますそもそも嘘ですし!? 友達だから! すみませんでしたっ。なんでも恋愛に結び付けてすみませんでしたっ!!』


『騒がしいな全く……、おや、リノとユウシャじゃないか』


『リッチ様! それにジャック様、大きくなられて!』


 騒がしくしたのが幸いか、リッチとジャックから俺たちに会いに来てくれたよ。そう、強い魔力を持った死霊モンスターリッチと、『冥界の森』の王、死者の案内人。或いはカボチャのモンスター、ジャック・オ・ランタン!

 ジャックはもともと青年だったんだけど、リッチを助けた時に少年になって、ルカと館に来た時にはトラブルがあって赤ん坊になってしまったんだったよな。あれからリッチの甲斐甲斐しい世話のおかげか、リッチと一緒に歩ける幼児までに成長したようだった。この様子なら、少年期までの成長も間もないだろう。


『どうだ、何か手掛かりはあったか?』


『彼女の持って来た布団がまだ草原にあった』


『そりゃあ良い、大事な繋がりだ。そのままにしておいて捨てられないか?』


『ああ……預かって下さる方がおりますの。当分大丈夫そうですわ』


 ジャックは小さく声を漏らす事はあれど、まだしゃべるのは難しいようだ。それにまだ甘えん坊で、リッチに抱かれて背中を摩られている。


『……ジャック、大分大きくなった。リッチの手を離れる時も近いだろうな』


『それがまだまだでな。最近じゃ俺が「授魔力もそろそろ卒業かあ」なんつってると、乳吸って訴えてくるんだよ。いや、そこ出ないんだよーって』


『それは、アピールかもしれませんわね……』


『確かになあ。こうするしか、伝える方法が無いんだよなあ』


 リッチは頬を緩ませてジャックの顔を覗き込んで、幸せそうに微笑んでいた。そう、幸せなら良いんだ。相手が離乳食も終えて乳など吸うはずもないような歳に見える幼児でも。



 館を後にして、次に向かうはあの白の世界。不本意な寄り道だったけど……俺たちにとって大切な思い出であって、君の辿った旅の軌跡だ。

 そんな『白の迷宮』改め『クリスマスマーケット』でまず出会ったのは、意外な人間だった。


『おまっ……え、嘘だろ……!? っんで、ルカじゃねえんだよ!』


 そう胸倉を掴んで睨み上げたのはオランジュの髪の、そう、セヴェーノだったんだ。その隣には当然のように、大男のデットヘルムが寄り添ってる。


『セヴェーノ様、どうかその手を収めてくださいませ。ルカは今、使命を果たしこの世界から離れてしまったのです』


『……っああ、ああそうかよ。それで? 諦めたのか、お前』


『……け、……だろ』


『あ? 聞こえねえよ節操なし』


『そんなわけないだろ!』


 ああ、久しぶりに怒った。セヴェーノ、突き飛ばしちゃったよ。デットヘルムが受け止めてくれたから安心した。怒った理由も、喧嘩の理由も、君には言えないけどね。


『……ユウシャ。

 ……セヴェーノ様、デットヘルム様。私たち、ルカと再会するための旅をしておりますの。メロは訳あって離脱しているだけです。ユウシャは一番に、彼女の事を想っておりますわ』


『……そうかよ。……、悪かったな』


『こっちこそ、……ごめん。

 手紙、書いてるんだ。会えたら、余すことなく伝えられるように』


『へえ、見せてみろよ。ふーん、……』


 -実は俺はルカのことが大大大好きだったんだ! この手紙を読んだら結婚してくれ!-


『っちょ、うわああっ、何書いてるんだよっ!』


 ちょっと、セヴェーノが落書きしたんだ。ほんと、ヤなやつだよなあ!


『うふふ。そういえばデットヘルム様、お姉さまには会いに行かれました?』


『……いや、不在だった』


『そうそう、城の方まで出向いたんだが見つからなくてな。なんでも一人で遠征中らしい』


『そう。会えると良いですわね、貴方も』


 そしてどうやら、彼らもまた人探しの真っ最中らしい。応援するリノ様に同意して頷いたけれど、対してデットヘルムは首を振った。


『……いや、見えないことで、願える幸せも……ある』


『まァこれはデットの持論だ。お前たちは必ず再会しろよ!

 さーそろそろ腹が減った。行くぞ』


 そう、彼らと俺たちとでは違うのかもしれない。だってデットがセヴェーノを見つめる目……、とても穏やかで、愛おしそうだった。彼はきっと、今満たされているんだと思う。憶測だけどね。

 久しぶりに赴いたマーケットは、以前よりはるかに賑わっていた。なんて言ったって、人間がいるんだ。すれ違う幾人かがイタチの木製人形を持っていたから、俺たちはあの店に顔を出す事にしたんだ。


『やあ、売れてるね』


『らっしゃ、! 貴様、あの日の!』


 そう、腕に刃物の付いた獣のモンスター、カマイタチたちのお店!


『親方、()りますか?』


『……いや、いい。フン、かつての敵も今は客人よ』


『まあ、沢山作られて……あら! これはスノーマン様、それに、他の皆様まで! ユウシャ、メロへ一つ買っていきましょう。欲しがっておりましたもの』


『子分どもも大分手先が慣れてきたようでな、行程分けして作れるようになったのだ。おーだあめいどで貴様を作る事も出来るぞ。フハハ』


 あの邪悪な笑い方さえなければもっと繁盛するんじゃないかと、彼のポテンシャルを見て思ったよ。メロに土産を買って、俺たちはルカを作ってもらおうなんて思ったんだけど……見本がいないとダメらしい。


『ちょっとおまえ、手で食べるなって教えたでしょ!』


『うう……』


 遠くから子どもの叱り声と、低く唸る声が聞こえる。俺たちはそちらへ足を向けたんだけど、その正体はすぐに分かった。


『スノーマン!』


 雪玉の大男、スノーマンだ! だって彼は3m……いや、今はもっとあるかもしれない。市場でひと際目を引く大きさだった。

 駆け寄ってみれば、ぴょんぴょんと跳ねて怒っているのはウサギの耳に鹿の角を生やしたモンスター、ジャッカロープ。どうやら自分たちの作ったホールのケーキを、彼がそのまま齧り付こうとした事が不服らしい。


『ほらナイフで切り分けて、はいフォーク! あっ、脱獄犯』


『んんむううう……あ。ユウシャ! リノ!』


『あははっ、何だかおままごとみたいで可愛いな』


『ルカは? メロは? どこ?』


 彼からしたら小さなホールのケーキを大きな手に乗せて、すぐさま心配そうにいない仲間の事を気にする姿は、何故だか本当に庇護欲を掻き立てる。堪らずリノ様は駆け寄って、その両頬を撫でていたっけ。

 俺たちは彼にも分かるように事の始終を話した。君がこの世界から発ってしまった事を知って、彼は涙を零したんだよ。


『泣かないで、スノーマン様……。私たちはまた巡り会うための旅をしておりますのよ』


『ルカに、ルカに、あいたい』


『俺たちもだ。……そうだ、クイーンはどこに? フロスティもいないようだけど』


『城で外の人間と会合しているところだよ。互いの行き来を更に自由化させて、客の搬入だけじゃなく製品の輸出入を行い、市場を活発化させる試みだ。

 まあそろそろ終わるんじゃないか』


 そう後ろから解説してくれたのは、うす灰色のもふもふした羽を持つモンスター、モーショボーだ。


『それは素敵ですの。スノーマン様、お城までの案内をお願いできます? これもルカと再会するための、大切な思い出巡りですわ』


『っ! うん、行く!』


『あーっ! もうっ、それお茶会でやらないでよね!?』


 リノ様がお城の案内を願えば、スノーマンはあのホールのケーキを一口で呑み込んでしまった! ジャッカロープはまたぷんぷんに怒って、それでも泣いていた彼が満足そうに口元のクリームを舐めるなら、それ以上は言わなかったよ。


『それで僕は良い情報を無償提供してやったわけだが。ブランケットを買わない? 一枚10ラヴ』


『いやあ、また今度!』


 それと、モーショボーのブランケットは大分値下げされたようだけど、やっぱりまだ高いので購入は止めておいた。


 俺たち3人は市場を離れ、城への道を進んだ。やっぱり城に近付く度、より一層視界が白くなっていく。でも、全てを変える必要は無いと思うんだ。『アイスキャッスル』は、このまま厳かに聳えているのが美しいのだとも思う。


『ああ、スノーマン! 私を迎えに? かわいい子』


 エントランスに足を踏み入れて早々、あの時のように隠そうともせず、デレデレと頬を緩ませて駆け寄ってきたのは霜の精霊、ヨクル・フロスティだ。その後方には白の世界を統べるモンスター、スノークイーンと幾人かの人々が確認できた。厚い衣類を幾重にも羽織っているようだけど、その装いは恐らく『シーサイダース』の人たちだろうと予想出来る。


『フロスティ、客人の前だぞ』


『お構いなくクイーン。私たちは夫婦同然の仲ですので』


『はは、皆気にするな妄言だ』


『すみません、急に押しかけて。どこか待っていられるところはあるかな、スノーマン』


『いや、今話を終えたところだ。今日は遠方から赴いていただき、感謝する。フロスティ、客人をお送りしてくれ』


 客人も終始にこやかで、俺たちが来た事で追い出されたわけではないと分かって安心したよ。屈むスノーマンを撫でまわしていたフロスティは不服げに口を尖らせていたけど、まさか客人にまでその態度は通さないだろう。


『……して、久方ぶりだな。他の仲間はどうした』


 フロスティと客人の消えたエントランスで、クイーンにも君たちの所在を問われた。リノ様が簡易的に事情を話せば、後に着いてくるよう促すように、クイーンは玉座のある間へ歩き出したんだ。


『であれば、お前たちは客室よりあの部屋に向かうのが良いであろうな』


『はい。……クイーン、あの日貴方は、ルカの目に女神の青を見たのですよね』


『ああ、あの時は話す間も無かったが……辿り着いたのだな、真実に。そうか、……ああ。確かに、胸に生物らの願いを感じた夜があった』


 クイーンは何か一人悟るように窓辺に歩み寄った。それに感じるものがあったのか、スノーマンも隣へ寄り添う。自然と手をつないで、頬を寄せて。ルカはきっとこの光景を見たら、リノ様のように嬉しそうに胸を弾ませるんだろう。俺にはすごく不思議で……神秘的な光景に見えたんだ。二人の間には言葉が無いのに、愛が溢れていたから。


『お前たちはこれから、選んだ道の先で変化していく世界を見る事になるだろう。その世界はきっと、お前たちが望むような結果ばかりが広がっているものではない。

 しかし、私はお前たちに感謝しよう。愛する者を素直に愛せる、この世界を芽吹かせてくれた事を』


 いつまでもべったりな二人に案内されて、俺たちは白の世界を後にした。



 次に向かうは、潮風香るあの街! そう、『シーサイダース』さ。

 その日は丁度快晴で、青い空に白い家々がとても映えていた。鮮やかな花々やガーランドが来訪者を歓迎してくれているようで、俺もリノ様もなんだか気分が弾んでしまったよ。

 海に向かいたいわけだが、それには船がいる。俺たちは挨拶も兼ね、あの人の家を訪ねたんだ。


『はぁい……えっ! ユウシャ! リノ!

 ちょっとそれ、ゴールドバッジじゃない! あんたー! 大勇者様がいらっしゃったよ!』


『ちょっと、大袈裟です……ロレッタさん』


 そう、俺たちに願いを託し、美しい舟唄で迎えてくれた、ロレッタさん。君やメロがいない事も含めて、旅の始終を聞かせてほしいと瞳を輝かせた彼女は、俺たちを木のテーブルに誘う。あの日貰った甘酸っぱくて温かな飲み物を淹れながら、待ちきれない様子で俺たちが話し出すのを待っていた。

 でも、語ろうとしたその時。慌てた様子で旦那さんが走ってきたんだ!


『バカお前っそんくらい俺がやらぁ! 座ってろって言ったろ!?』


 俺たちもギョッとしたよ。ロレッタさん、何かあったんじゃないかって。


『バカはあんたよ! お客さんの前でやめてよーっ、恥ずかしいったらありゃしない!』


 対してのロレッタさんの返答に、大事じゃあ無いって事はわかった。じゃあ何だろう? ってね、首を傾げた俺たちに、彼女は以前と変わらず細いおなかを優しく撫でて、もう片方の手で人差し指を立てて、唇に当てたんだ。


『まあ……まあ! ロレッタ様……!』


『この前分かったばっかりよ、この人はしゃぎすぎなの。ほんとバカ』


 そうはにかむ彼女は幸せそうで、美しくて……何故か、あの朝に海面を照らした陽射しを思い出してしまったよ。

 二人に魔王城での戦いから約束の塔への突入、それから革命の事まで話したら、俺たちが嬉しくなってしまう程に彼女たちは興奮してくれた。それから二つ返事で船を貸してくれて、俺たちは桟橋のある浜辺へ向かったんだ。


『……あら? まあ、逃げないで! 貴方、ナックラヴィー様ねっ?』


 突然声を上げたリノ様に、俺はびっくりした。でももっとびっくりしたのは、彼女の視線の先にいたもの。灰色の髪に白い肌の青年。血のように紅の瞳を彷徨わせ、岩場に隠れこちらを見つめていたのは正しく水棲馬のモンスター、ナックラヴィーだった。


『覚えていらっしゃる? リノですわ。良いシーグラスは見つかりましたっ?』


『……リ、ノ。……人は、イカる。また、畑を枯らしに来たかと、オれさマを恐れル……。だから、オれさマは、こうして隠れテ……悪い事、していなイ……』


 ナックラヴィーは未だ、己の性に苦しめられているようだった。貧乏神だとか、怪物とか。生まれてすぐにその名を付けられた時、どんな風に世界は見えるだろう? 彼は優しい生き物だと、俺は思った。


『ええ、ええ。私は知っております。ねえナックラヴィー、土地を離れるというのも良い案かと、』


『だぁぁあめに決まってんだろぉおお!』


 ズドン!

 確かにそんな重低音が響いた。そして、ナックラヴィーの馬の身体すれすれに、モリが突き刺さっていたんだ!


『ヒッ、ンギャッ』


『余計なこと吹き込むんじゃねえよ人間、コイツは俺んだからな』


 高い波と同時に現れてナックラヴィーにしがみついたのは、ウロコを纏ったしなやかな尾をうねらせるシーサーペント。の、逞しい体つき、恐らく弟の方だろう。

 あの頃……女性の身体の時とは打って変わって、短く切りそろえた髪に鋭い瞳、ポセイドーンの槍を託された種族なだけある。彼の獲物を搔き抱くようなその姿は、美しいものだったよ。

 そのままナックラヴィーは海に引き摺られていった。俺たちは勿論心配したけれど、


『久しいね、あの時の』


『っ君は……シーサーペントのお兄さんの方か?』


『……ふ。彼のことはね、心配しないで。シーちゃんのたからものだから』


 俺たちに挨拶だけしに来てくれた、シーサーペントの兄の言葉を信じる事にした。


 それから船を出して、リノ様が暫くしたところで海へ潜った。そういえば、俺はもう海の中を自由に闊歩する事は叶わないんだ。あれって、貴重な体験だったんだよな。

 暫くして、リノ様に連れられてアザラシの毛皮を纏ったモンスター、セルキー。それから霧を吹きだすハマグリのモンスター、シンが海から顔を出してくれたんだ。


『話は聞いた。君らだけでも元気そうな顔見れて、良かった』


『貴方がたには、何とお礼を申し上げていいか……本当に、本当にありがとうね』


 セルキーが身を乗り出して、俺の手をその逞しい手でぎゅっと包んだ。その嬉しそうに輝いた微笑みに、今が本当に幸せなのだと知る事が出来た。でも、それこそ、お礼を言われるべきは俺じゃない。


『革命を望んだのは君たちだよ。君たちの想いが、世界を変えたんだ。今こそ本当の意味で言える。

 お幸せに』


 俺から離れてシンの隣に戻ったセルキーは、照れたように顔を赤らめてシンを見ていた。シンもまた気恥ずかしそうに顔を赤らめて……それから、セルキーの頬にキスをした!


『へへ、……へへ。もう、誰にも責められることは無いんだ』


 彼の言葉に、胸がギュッと締め付けられるような思いがしたよ。リノ様が思わず二人を抱きしめたのも頷ける。


『愛の巣、建てる?』


『ルサールカにおまかせあれ』


 幸せには生き物が呼び寄せられるらしい。海の死霊系モンスターと言ったら彼ら、ルサールカ。海面から顔を出した少年たちは、二人を囃し立てている。あのドでかい幽閉岩場を作った彼らだ、きっと二人が気兼ねなく過ごせる愛の巣を作る事が出来るだろうね。


 さて、沖に戻って船を返して、『シーサイダース』を後にした俺たちだが、次に向かうは『ノームの森』だ。あの人がいる。

 気を張って足を踏み入れた俺たちだったけれど、森に誘われるまま出会ったのはその森の主、大地の精霊ノーム様その人だった。


『よく来たね。そのバッジ、約束の改定……革命を、成し遂げたんだろう?』


『ノームおばさま! ええ、ええ……聞いてくださいませ!』


 弾む声でリノ様がノーム様に旅の日々を語る。俺には大人びた印象のリノ様が、今ばかりは少女のように見えたっけ。


『そうかい、ああ……地竜(あのこ)たちがね。ありがとうよ、二人とも。

 ルカの事は手掛かりも無く残念だが、神の意志をも動かし革命を起こしたあんたたちだ。きっとまた会えるさ』


 ノーム様はとても良く俺たちを褒めてくれた。だからこそ、俺たちは()()()()の存在が気になってしまったのかもしれない。


『ありがとうございます、ノーム様。……それでその、フリードリンデさんはどうしていますか?』


『そうですわね、軌跡を辿る旅ですもの。彼女にもお会いしたいですわ』


 俺たちがその名を口にした途端、ノーム様の表情が曇った。


『会わん方が良い』


『っ、どうしてです?』


『あの女は、……そうだね。変化した世界の闇を映している』


『! 会わせてください、彼女は今どうしているんです?』


『……会うのなら、目を反らすんじゃないよ』


 その時のノーム様は、多くを語らなかった。尚更俺たちは焦燥に駆られて、ノーム様の後を勇み足で追う。


『時折錯乱状態に入る。拘束はやむを得ん、取ってやらんようにね』


『ッ……、っ、ノーム、様。どうして、フリードリンデ様のお顔に、貴女の花が咲いておりますの?』


 鬱蒼とした茂みに包まれたその中で、彼女は太い幹に蔦で拘束されていた。死んだように項垂れるその顔の左目の辺りに、確かに花が咲いている。


『約束が改定されて、その瞬間気が狂った。自分で……己の目をえぐった。

 あれは回復の為に宿した花だ。でも、元には戻せん』


 その奥にもう彼女の片目が無い事、知って俺は心臓が恐ろし気に早鐘を打った。リノ様もそうだったろう、唇が震えていたよ。そう、フリードリンデさんこそ、革命によって苦しめられた一人だったんだ。


『ッ、フリードリンデさん、』


『……ルカ? 姫……、ぅわあああああ!!

 なぜ!! なぜ殺した! 私は何故姫を……っ教えてくれ!! 何故私は、世界一愛おしい姫をっこの手にかけたッ!?』


『ユウシャ、下がりましょうっ。また彼女は己を傷つけてしまいます……!』


 俺が声を掛けた瞬間、彼女は雄たけびのように叫んで、それから俺に何度も問いかけたんだ。何が自身に姫を殺させたのかと。身を捩って、暴れて、確かにリノ様の言う通り、痛みに気付かない様子の彼女は自らを更に傷付けてしまいそうだった。だから俺は、彼女を救う言葉も見つけられないまま、その場から離れたんだ。

 俺たちの革命で、確かに救われた人もいた。でも、悲しいままの人もいれば、反って苦しくなってしまう人もいる。覚悟はしていたし、俺はそのどちらも受け止めなければいけないと思う。かと言って、救えるほど大それても賢くもない。

 俺にはこれから、何が出来るのだろうか。



 俺たちは王都『ソルス・スピロ』に戻ってきた。そういえば、変化があったのはアニエスだけじゃない。そう、弟アマテオの躍進はすさまじいものだった!


『僕は王位継承権を棄てた訳ではありません。これからも勉学に励み、更にはこれよりモンスター界との外交を執り行ってまいりましょう。ゴンちゃんと僕が、橋渡しになるように。兄上が王の座を求めるのであれば、どちらがこの王都を統べる者として相応しいか、真っ向から戦う覚悟です。

 しかし、子は望めません。アニエスや兄さんに任せました』


『? 子は望めるぞ、アマテオ』


『へ? な、なんですゴンちゃん?』


『ドラゴン族の花嫁となるのだ、巣籠し営みを繰り返せば男のお前でも『うわーっ!! やめてやめてやめてッ!』? 何か不都合か?』


 ……ええとその、原理は分からないけど、竜の一族はつくづく奇跡的な生命体だと思う。まあドラゴン(かれら)の話はこの辺りに、注目すべきはアマテオの力強い意思表示だ。俺は兄を気取れる程大層な事はしていないが、弟の成長には目を見張るものがあるよ。


『私も3兄弟(おまえたち)の意志を尊重し、必要な時には手を差し伸べよう。しかし、第一に王族として国を想う事を忘れてはならん』


『そして家族が、かけがえのない大切な存在である事も』


 それぞれの道を行く俺たちを見つめる父上と母上の表情は、穏やかなものだった。本当に……良き父と、母だと思う。




 君を巡る旅は終わった。


『ユウシャ、トバリ様の元へ向かいましょうか』


『ああ。……何も、見つからなかったな』


『そうかしら? 私は見つけました』


『え……何をっ? 俺にも教えて』


 けど、虚しいばかりではなかったよ。


『ルカと、皆様と歩んだ日々が、とても幸せで、楽しかったという事! 本当に、素敵な日々でした!』


 リノ様に思い出させてもらったんだ。


『……そうだな。とても、大切な日々だった!

 ありがとうリノ様。……行こう』


 君と、皆と巡った日々。本当に、楽しかった。俺はみんなが、大好きだよ!

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