英雄の帰還×さよならのゆりかご
暫くの痛みに耐え、目が合うとルカとユウシャは自然と笑いあう。そして再び茶色く戻った彼女の瞳を見つめると、青年は改めて気恥ずかしそうに頬を染めた。
ユウシャがルカの頬へそっと指を伸ばす。しかしその時、思い出したようにハッとして、彼女は先に身体を起こしてしまった。
「ッルカ、どうした……?」
「リュシェが、望みを果たした……消えちゃう!」
「! ここは井戸の底なんだ、上に登れ! アニエスはそこで待ってる」
ユウシャの言葉にこくりと頷き、ルカは一人螺旋階段へと走り出す。取り戻したばかりの身体はおぼつかない。それでも思い出すように、足を前へ前へと持っていく。
「リュシェ、聞こえる!? アニエスはっすぐそこ! 今だからっ伝えられること……っ伝えたいこと、あるでしょっ!?」
自らの内に語り掛けるなど、ルカにはどうしたら出来るのか分からなかった。だから口に出すしかない。胸に手を当て、ただただ階段を駆け上がる。
『ルカ、貴女……せっかくの良い雰囲気が』
リュシェの声が響いた。それは井戸の中か、自分の頭か、判断が付かないほどはっきりと響いたのだ。
『それに急がないで、転ぶわ』
「っ大丈夫、這ってでも登る! まだ消えないでっ」
『ふふ……。ねえ、ルカ。私きっと、生まれ変わる事なんてできないのでしょうね。女神様の御心すら、利用したんですもの』
リュシェから語られる言葉に返したい気持ちはやまやまだが、ルカはただ上に向かって走るので精いっぱいだ。返事の代わりに、はあ、はあ、と苦し気な呼吸を返すことしか出来ない。
『でもね、もし願う事だけでも許されたら……粉々に砕け散って、元に戻ることも出来ない魂の、その塵一つ。あの子のお城の庭の花に宿ってくれたら、これ程嬉しいことはないわ。
それでね、もっと願うなら、あの子の部屋の窓から見えるところが良いな。そうしたら、毎朝顔を覗かせるあの子を見つめる事が出来るもの』
「っは、ひかり、ねえっ、あと、すこし……っ」
「ルカ、ルカなのっ!?」
光の刺す頭上からアニエスの声が響く。希望が見えてくれば、一層力強く階段を駆け上がった。
『ごめんなさい、ワガママね……私。眩しい、眩しいわね、ルカ。眠たいわね……』
「リュシェッ!! 駄目よ、早くっ! 見えるでしょ…っ! 私の身体を使ってっ!!」
『最後に、あの子の声を……ありがとう。……さようなら』
「ルカ……ッ、何故泣いてるの、兄さまは?」
「あ、ああ、……うわああーっ! 間に合わなかった、ごめ……っりゅしぇ、あにえす、あああ……!!」
井戸から飛び出したルカをアニエスが抱きとめる。しかしその身体に、すでにリュシェの魂は無かった。その事実を知る前から涙を零していたルカも、改めて思い知っては今までになく感情を露わにし、号哭する。
「ルカ、ルカ……。おかえりなさい」
涙の理由は分からない。しかしリノも何故だか涙が溢れ、世界が望むままに生まれ変わったというのに悲しんでいるルカを労り慈しむように、ただ「おかえり」と、優しく抱きしめるのだった。
やがて井戸の奥底からユウシャも戻り、ルカの頬の涙も乾いて跡だけを残せば、それぞれが馬に乗って『ソルス・スピロ』までの帰路を行く。無事ルカを連れて戻ったことからも明白であったが、街で待つ人々も革命を心に感じたのであろう、帰還した彼らを迎える声は明るい。
「アルカイニ! ああ、ああ……成し遂げたのですね、大いなる勇者よ!」
「本来記憶が鮮明なうち、早急にこの伝説となった一日を記録せねばなるまい。
しかし勇者よ、お前にはまだ依頼が残っている。わかるな? お前たちと食卓を囲みたいのだ。
さあ宴の準備だ。中庭に行くぞ」
王の言葉に使用人たちが花々のように顔を綻ばせ、祝いの準備を始めた。アマテオとラウレンスは馬から降り立つアニエスを迎え、共に設営の手伝いへ向かう。その後を楽しそうにメロが追い、リノもユウシャへ目配せをすると、会場となる庭園へ走って行ってしまった。
リノのアイコンタクトはおおよそルカとのことであろう、聡く真意を読み取ったユウシャは、共に乗馬していたルカを降ろすため、先に馬から降りる。手を伸ばすと、促されるままにルカは降ってきた。
「よっ……と」
「ありがとう……ユウシャ」
「疲れたろ。随分神様に体を預けていたんだ。俺なんか今朝からだけど、明日は筋肉痛になりそう」
「……ふふ。そうね。……そう、とても……眠いわ」
「ああ、そこで少し眠っていると良いよ。お祝いが始まったら起こしに来るから」
ユウシャの優しく気遣う言葉に、ルカは瞬きの回数が明らかに多い瞼をこすり、幼子のようにこくりと頷く。彼に指し示された庭園の白いスイングベンチへ向かうと、コーラルピンクのマントを脱いで、布団のようにそれへ包まって横になる。その姿は本当に、随分と幼く、儚げなものに見えた。安心しきって眠る彼女の姿に微笑むと、ユウシャはリノ達の集まる会場へ手伝いを申し入れに向かう。
「王様にもお花飾ってあげゆ~☆」
「わっ、これこれメロ殿」
「あはははっ! お父様素敵! ……って、何よその顔。もーっ泣かないでよっ。
ほらっ、テオ! 彼氏とイチャイチャしてないでグラス並べて!」
「いっ!? してません! ……していませんよ。
手伝いましょう、僕も厨房に」
「私も同行しよう。……何? 羽としっぽが邪魔だから入るな?
は、早く戻って来るのだアマテオ~!」
「ははっ、ドラゴンっていうより忠犬みたいだ」
「! あらユウシャ……貴方もルカと休んでいらしたら良いのに」
ユウシャも神を降ろした身だ、身体に気だるさは残っていた。ただ、彩られていく会場の雰囲気や皆の幸せそうな笑顔に、心が躍り始めるのを止められない。
「大丈夫だよリノ様。さあ、そろそろルカを呼んで来よう」
そして喜悦を隠せない様子で、大好きな人の眠るベンチへ戻った。しかし、
「ルカ!
……ルカ?」
面影を残して揺れる白いベンチの上には、まだ温かなマントだけが残されていたのだった。
11章『やくそくのとう』 完




