約束の塔×ルカのちから
アルカイニ、改めユウシャを先頭に、リノ、メロ、アニエスが塔への道を急ぐ。森の中、道なき道に馬を走らせ、先頭が足を止めたのは大きな古びた井戸の前であった。付近に聳え立つ塔は無く、メロはふわりと宙を舞ってユウシャの顔を覗き込む。
「ユーちゃん、だいじょおぶ? 疲れた?」
「いや……ここにあるようなんだ」
「塔なんて……これはどう見ても井戸だし」
アニエスは馬から降り、兄の前で口を広げる井戸を見やる。石垣で出来た井戸は、通常見られるものより二回りほど大きい。そして覗き込むと、光を受け入れないかのように一寸先すら闇に覆われていた。
「石垣の、塔……。っ! この井戸が、塔なんではありませんの!?」
僅かな沈黙の後、ひらめいたようにリノが声を上げ、井戸に駆け寄る。
「こんな低い丈の塔がある?」
「私たちは塔と聞き、塔からイキモノ“を”見下ろす、と勘違いしておりました。逆ではありませんこと?」
「塔を、イキモノ“が”見下ろしている……? っ! 中に階段がある!」
リノの推理に、ユウシャは井戸を覗き込んだ。中には井戸の内側を這うように螺旋階段が続いている。その声にアニエスたちも井戸の中を再度覗き込むが、闇の中に何も見えない様子で目を凝らし続けていた。
「階段なんか、見えないよ? 照らしてみる?」
「……アル兄さまにしか見えないんだわ。神様にしか、辿り着けない場所……。
行って、中にルカがいる!」
ユウシャは共に旅を続けて来たリノ、メロ、そして大切な妹のアニエスと視線を交わす。そして底で待つもう一人の大切な仲間、ルカを想った。ここからは、一人で戦わなければならない。事実がずんと心に圧し掛かり、呼吸が浅くなった。
「ユウシャ。ルカと共に戻られるその時を、いつまでも待っていますわ」
「メロたちの心は、ずっとずーっと傍にいるよ! おねがい、るかるかセンセーを助け出してっ」
「アル兄さま、あの時……、部屋に入ってきてくれた時。意地悪言ってごめんね。シルバーバッジ、素敵よ。きっと大丈夫……、世界を、約束の本を、どうか守って」
ユウシャは泣きそうになるのをぐっと堪えるように、唇を噛む。そして渦巻く感情を押し殺すように笑みを携えると、井戸のフチに足を掛けた。
「ありがとう、皆。行ってきます!」
「お疲れ様でした、ルカ」
「リュシェこそ、お疲れさま。……ねえ、神罰を操るのも、貴女のスキル?」
その頃、精神世界へと意識を戻したリュシェとルカは、再び辺り一面が白い空間で顔を合わせていた。
「いえ、それは……この特殊な状況が生んだスキルと考えて良いでしょう。ルカが告げ、私が本となり女神へ届け、女神が神罰を下す」
「貴女がスケッチブックだったの!?」
「ふふ、そうね」
ルカは自らの両手のひらを見つめた。今は現れない羽ペンと、スケッチブックを思い描く。羽ペンはリュシェのスキルで、スケッチブックはリュシェ自身だったのだ。驚かざるを得ない。
しかしルカにはそれより憂う事実があり、両手を見つめたまま悲し気に微笑んだ。
「そう……、貴女が悪い人に見えなかったの、私も……悪い人だったからなのかもね。
妄想を告げて、それを罪として罰を与え続けた。私は、私の何より愛するものに罪の名を付けてしまっていたの……」
目を閉じると、神罰を受けたモンスターたちの苦し気な表情が頭に浮かぶ。その身体を、柔らかなものが包み込んだ。体温は無いが、確かに人の身体であると感じる。
「貴女は悪くない……そんな言葉、ルカは受け入れたくないでしょう。確かに事実として、貴女は貴女の思うままを女神に報告する事が出来た。偽りも、真実にし得る力を持っていた。
しかし、貴女の言葉に多くの者が心動かされた。共に旅をしたものは知っています。ルカに告げられて、この世界に一層愛が広がって、深まった事。そして、革命は望まれました」
ルカはリュシェに、陳腐な免罪符を与えられなかったことに安堵した。そして残されていた、大きな謎に気付く。
「リュシェ……貴女は生前、アニエスと約束の本を探した。私の身体に女神を降ろした。そしてとうとう、この場所へ来た。貴女の目的は何なの? 生前の願いと今していること……私にはどうも、逆に見える」
「いいえ、私の願いは変わりません。想いはいつも、アニーと共にある。
私は言いましたね、女神をも利用した……と。ここに辿り着くためには、女神の目が必要だった」
ゆっくりと身体が離れ、ルカの茶色い瞳とリュシェの青い瞳が視線を交わせた。
「でも、結果的に本を手にしたのは女神よ。女神さまの望むまま、約束は書き換えられてしまう……。リュシェの願いはそうではなかったはず。だって貴女はアニエスを愛していたんだもの」
女神の願いは同性間の恋愛感情を抹消することであった。彼女の願いは全く真逆では無いかとルカが推理し、それを口にした時。リュシェの表情が穏やかな笑みとなり、ルカを引っ張って立ち上がらせる。
「ええ、そうよ。ねえルカ、この世界をお創りになられたのは、女神様と男神様なの。約束を書き換えるのも、2人必要って事!
そろそろ貴女の王子様が来るわ。いい、ルカ? 貴女が表に戻れるチャンスが絶対来る。ここからは作戦もなーんにも無くて、ルカにお願い! どうか私が……皆が望んだ革命を、貴女に描いてほしい」
「え、え? そんな、どうやって……」
「それは2人で相談してちょうだい。ほら、聞こえてきた?」
リュシェの言葉に未だ整理のつかないルカも、空間の外からカツカツと、固いものをリズムよく叩く音を聞き取った。




