世界の記憶×呼び出し大作戦
「……きて、起きて、ルカ……」
「……っう、ん……」
一方その頃、ルカは一面真っ白な世界で目を覚ました。『ホワイト・ラビリンス』ですら見えた凹凸や景色の質感を感じる事すら出来ないそこは、まるで無機質である。
「っ魔王は、みんなは……っ!」
「落ち着いて、皆無事よ」
目覚めてすぐ、気にかかったのは大事な仲間と、対峙していた魔王の存在だ。そのどちらもこの世界にはなく、代わりに目の前にいたのは淡い青を基調とした西洋風のドレスを身に纏った、桃色の髪の少女であった。
ルカは、彼女の目に何よりも青い青を見る。
「貴女……リュシェなの?」
初めて会ったというのに、その特徴的な姿から彼女の正体は容易に予想出来てしまう。対する少女が微笑むならばその答えに間違いはなく、これが事実とすれば、この世界は精神世界と呼んで相違ないものであると、ルカは結論付けるしかなかった。
「初めまして。……って気がしないわね。ずっと一緒にいたんだもの。
ねえリュシェ、今私はどうなっているのかしら。昏睡状態? 明晰夢というか……内側で目を覚ますと言うの? こういった経験は初めてだから、どうしたら良いか」
ルカはすっかり気を許した様子でリュシェの両手を取り、困ったように笑って心境を語る。すると見る見るうちにリュシェの穏やかな表情は曇っていき、目が伏せられれば色素の薄いまつげが揺れた。
「ごめんなさい。ごめんなさいね、ルカ。
私は貴女を利用したのです」
「え……な、に? それって、どういう……」
「私はこの塔に辿り着きたかった。神々にしか入る事の出来ない、この塔に。
その為に、私は貴女と……女神様を利用したのです。
死んだ私には身体が無い。ですからルカ、貴女の身体を借りて、女神様を降ろしました。今この身体には3者がひしめき合っており、表に女神様が立っている状態なのです」
リュシェから語られる壮大な計画に、ルカは目をはっと見開く。そして焦燥した様子で、ただ白いだけの辺りを見渡した。
「それ、言って大丈夫? 女神さまに聞かれたら、めっちゃ怒られるんじゃない?」
「! っあは、ああ、ルカ……貴女は怒らないのね」
ルカのあまりに拍子抜けな問いに、リュシェも思わず笑いだし、彼女と距離を詰める。対してのルカも、リュシェの返答には確かに、と思いつつも、やはり怒りの感情は沸いてこなかった。
「そうね……貴女とずっと一緒にいたわけだけど、貴女に助けられたこともあったし、悪い人ではないと感じていたから」
「良い人でも決して無いわよ、警戒心の無い子。
先程の事だけれど、女神様は内側に耳を傾けている余裕は無いみたい。女神様は、同性同士が愛を交わすのを酷く嫌い、それを良しとしない旨をルールブックに記載していた。しかし、一部の生物の心の内でその感情は宿り、やがて革命が願われるまでになった。
だから女神様は、その制縛の中ですら生まれてしまった感情を、此度の改定でこの世から消し去ってしまいたいの。
貴女の意識が奥へ追いやられ、女神様が表に立った時、この事はユウシャ達にも打ち明けられたわ」
「そん、な……、どうしてそこまで……」
頑なである女神の意志に、ルカは絶句してしまう。そんな彼女へ、リュシェは手のひらを差し伸べた。
「ルカ、手を。貴女にこの地の持つ過去をお見せします。男神と女神が世界をこの通り創り上げた、その時を……」
リュシェと手を重ねると眩い光に包まれ、ぐっと強く目をつぶる。次にルカが瞼を開いた時には、辺りには淡い色合いで、荒廃した広い広い土地が広がっていた。
その土地を覗き込むように、黒髪に赤い瞳の大きな男性と、桃髪に青い瞳の大きな女性が寄り添っている。二人の仲は、見てくれは良いように伺えた。
『あれが、女神様と男神様です。二柱はこの世界の創世を託されました』
リュシェの解説を聞いているうち、色褪せて乾いた土地に水が流れ、木々が育ち始める。二人は宙に浮いた状態で、それらを俯瞰していた。それこそ不安定で掴まる場所も無ければ、不安でルカはリュシェの腕にぎゅっとしがみ付く。
『この、過去を見る力……やはり貴女の持つスキルだったのね』
ルカの言葉を肯定する為だけといった様子で小さく頷けば、リュシェはしなやかな腕を前へ伸ばし女神を指し示した。
女神は頬を上気させ、うっとりと何かを見つめている。その先にあるのは、生物を並べ始める男神の姿であった。そういった感情に疎い(男同士のものに対してはまた別である)ルカでも、はっきりと理解できる。
「ねえ、この世界を創り終わったら……私たち、どうする?」
「どうするって、暫くは上手くいくか眺めていたいね。調整が必要な箇所も見えてくるかもしれない。概ねイキモノたちに任せたいところだが……」
「違うわ。勿論この世界は見守っていくつもり。そうではなくて……私たち。ひと柱になる者たちもいるそうよ」
「何? とんでもない!」
「は?」
男神の即答に、女神だけでなくルカまで唖然と口を開けて固まってしまった。リュシェは知っている光景に目も当てられない様子で、目を閉じ指で眉間をもみほぐしている。
「私は男が好きなんだ、君とそういうのは求めていない」
「何よそれ……何の気も無いのに私と世界創りしたの!?」
「別に良くない!? 君は良い同志だと思っているよ!」
『え、待って……男神は悪くないと思うんだけど、男神が悪いような気がしてきたわ……』
『ええ、まあ……神々の世界ですから。倫理観とか、道徳心とか……私たちとは異なるでしょうね』
どことなくヒューマンドラマを想わせるやり取りに、つい人間として善悪を判断したくなってしまった。ルカまで頭を抱えたその頃、女神は一冊の書物を抱え、何かを書き記している。
「同性同士の恋愛は……悪しきものとする!? ちょっと、この世界のルールは君に任せたけど、勝手に書き足すのは許されない! それにこれは私への当てつけだろう? 私的な怨恨をこの世界に映すな!」
「良いじゃない、これは私の本。私と世界の約束よ! 貴方のような愚か者がこの世に溢れないようにね」
「はー……そうかい、そうかい! じゃあこの世のモンスターは容姿端麗な男のみとしようじゃないか」
「生態系の均衡を崩す気!? すぐに絶滅するわ!」
「問題ないね! モンスターだけは独自の繁殖、増殖を行っている。他の種族と関わることはない」
「愛や繋がりを知らないイキモノを創るなんて無慈悲よ!」
「愛を奪ったのは君だ!」
「~ッ、良いわ、良いわよ! このまま経過を見ましょう。私はこちらに、貴方は対岸に行って頂戴。森で隔てて、二度と関わることのないように」
「ああ良いさ、凍えた貧しい土地で民を養っていけばいい」
「あら、熱は過剰であれば民を殺しうるわ。せいぜいそのカッカしやすい頭を土地が安定する前になんとかするのね」
「なあ、俺たち怒っていいと思わないか」
アニエスから世界創世の真相を聞き終えたユウシャらに、リッチがそう問いかける。相手が相手であるため困った様子で苦笑いを浮かべながら、全員が肯定の意味合いで首を縦に振った。
「リュシェには過去を視に行く力があった。これは間違いない真実だわ」
「過去を……ルカの使っていたスキルだ。そうか、リュシェから……。疑いようがないな。
世界創りと約束の真相についても、それが本当なんだって思う他ない。……だとして、男神さまにお出で頂くって、結局どうすりゃいいんだ?」
「そんなの、男神様が喜ばれる事をすればいいのよ」
「喜ぶって?」
「結婚式を行うの。ラウレンスと、テオのね!」
「はっはいぃ……っ!?」




