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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
まおうじょう
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出会いの庭×過去のあやまち

 

「貴女、一体何を……っ、ここは……庭?」


 淡く色を失った世界に、ルカとアマテオは並んで立っている。辺りは手入れの行き届いた花壇が広がり、導くように並ぶ白いアーチにはバラが丁寧に巻き付いていた。


「私もこのタイプは初めて……まるでタイムスリップだわ。ってちょ、待って!」


 混乱していたアマテオもその景色を見るとどことなく嬉しそうに表情を緩め、迷いなくアーチを潜っていってしまう。


「ああ、ゴンちゃん! と、私……?」


 何かを見つけた様子のアマテオに、ルカも続いて視線の先を追った。アーチの先にある広がった空間で、小学生くらいの茶色い髪の少年と、大きいという言葉には収まらない程大きなカエルらしき生物が対峙している。


「あれ……昔の貴方?」


 普段の状況であれば慌てて少年を救いに向かうものの、アマテオの言葉と表情から懐かしさや微笑ましさを感じ取り、ただ問いかけるに至った。アマテオはタイムスリップしたという異常な現状も忘れ、弾んだ声を上げる。


「はい! あれは8巡り程前の私かな……。あれは親友のゴンちゃん。大きなカエルです。すごいでしょう、大きいでしょう!」


 自慢げな声色に、ルカは引きつった笑みを浮かべた。ザラついた黄土色の皮膚、盛り上がって閉ざされた、正しくカエルのような目。頭から背中にかけて、みすぼらしくホワイトブロンドの毛が生えているのもまた気味が悪い。


「ってアレ、地竜ってやつじゃないの!?」


「え? 私はカエルだと……、これは、初めて会った日ですね。

 彼、(うち)の庭に迷い込んだのです。酷く土だらけで」


『きれいになったね! きみの目、ぼくとそっくり!』


『ゴォン……』


『あははっ変わった鳴き声! ねえ、ゴンちゃんって呼んでいい?』


『ゴォン!』


 少年の足元は水浸しで、花に水をやる為のシャワーホースが転がっていた。少年は躊躇い無くイボイボの生物の肌に触れ、微笑む。


「待って、見えてきたわ……きゃっ!?」


 考えを纏め始めるルカの視界が暗転した。足元が崩れ去っていくような感覚に、どうにかアマテオの手を掴もうとする。

 再び目を開けると、二人は並んで湖畔に倒れ込んでいた。ルカにとって、この世界で今まで見たどの湖とも違う、非常に大きく視界の開けた場所であった。


「大丈夫、アマテオ……」


「っ誰か来ますっ」


 二人が身構えた時には遅く、ガサガサと草原を踏み歩き二つの影が湖畔へ近付いていく。しかし視界には入っているはずのアマテオとルカに気付く素振りも無く、一人と一匹は美しい水面に視線を向けていた。


『ここ、おっきいだろう。この先の森には、ぼくいけないんだ。橋の先も。……こわいから。

 でもアニーはいくんだって。あ、アニーってぼくの妹なの』


『ゴォン、ゴン!』


「貴方とゴンちゃんの記憶ね。ここはどこ?」


「……ゴンちゃん、ああ……」


「アマテオ?」


「っ、あ……すみません、ここは『冥界の森』の境目にある湖です。この森の先には井戸もあると聞いています。あの橋の先にはいくつかの居住区やモンスターのいる広いフィールドがあるかと」


 恐らく過去を追体験している状態で、彼らに干渉することは出来ないのだろう。そう考えて二人は通常の声量で会話を続けた。情報を集めつつ、アマテオがゴンちゃんと呼ばれる生物を想い、苦しそうにぎゅっと胸元の服を握った理由を知るべく、その手に自らの手を添える。アマテオは驚いた様子で小さく身体を震わせたが、その柔らかな手を振り払わず、幼少期の思い出に視線を向けた。


『アニーに会いたい?きれいな目をしてる。ぱっちりとしてて、キラキラしてる目。兄さまもそう。ぼくはね、あかちゃんのころから目がつぶれたみたいに大きくひらかないの。はずかしいね』


『ゴォンッ!』


『あっ……ああ、あはっ、ごめんね、ゴンちゃんもそうだね。ぼくたちおんなじだね』


 アマテオの手に添えた自身の手の甲に温かな雫が触れると、ルカは驚いて顔を見上げる。


「私たちは、ずっと……一緒だと……」


「アマテ、ッまた……!」


 アマテオは泣いていた。言葉を掛けるより先、視界が暗転する。


 次に目を開くと、今度はルカも記憶に新しい、『ノームの森』が舞台のようであった。


『こんな遠くまで来たの、初めてだよ。ありがとうゴンちゃん』


『ゴォンッ、ゴォーンッ!』


 大きな生物が、背に少年期のアマテオを乗せて走ることは容易だった。森を駆け、日も届かなくなる場所までやってきた途端、生物は雄たけびのような声を上げる。


『なんだね。そんなにうるさくしなくたって、あんたが入ってきたことくらい分かるよ』


 少年と大きな生物の前に立ちはだかったのは深い緑の髪の、凛々しい老婆であった。


『あ、あ……っごめんなさいっ! 貴女は“ノームさま”ですよねっ?

 ぼぼ、僕は『ソルス』に住むアマテオと申しますっ! こっちはカエルのゴンちゃん……』


『ゴンッ』


『カエル? ゴンちゃん?

 あーっはっは! こりゃ面白いね!』


 少年の言葉に、漸くルカはその老婆が大地の精霊“ノーム”であると気付く。アマテオは隣でただじっと、過去を見つめていた。


『か、勝手に入ってごめんなさい』


『怒っちゃないよ。あたしはこのち……いや、ゴンちゃんとおともだちなんだ。あんたとゴンちゃんはどういう関係なんだい?』


『ゴンちゃん、すごいや! 僕もっ、僕もゴンちゃんの親友ですっ!』


『ゴォンッ!』


『……へぇ。アマテオはこの子のこと、好きかい?』


『はい、大好きです!』


『とっても醜いだろう。この子はそういう性で生まれてきている。それでも好きかい?』


『……そんなのは僕だって同じだ。姿なんて関係ない、ゴンちゃんは温かい……。僕の心を、誰よりずっと分かってる。だから大好きです。本当に……大好き』


 少年はその背に乗ったまま、醜い生物をぎゅっと抱きしめる。


『ゴォン……ゴォォン……』


 応えるように、生物がカエルのような耳障りの悪い声で鳴いた。彼らの話を聞き、ノームは穏やかな笑みを浮かべる。


『……そうかい。私を前に互いの愛を誓えるかい』


『そんな……結婚みたいじゃないですか』


『愛の姿形なんて関係無いだろ? 好きは好き、それで良いのさ。お前の願いはきっと叶うよ』


 そして生物の前に屈み込み、猫にやるようにそっと顎を撫でた。生物は嬉しそうに身体を揺らす。少年はノームの言葉の真意を知らずとも、大好きな親友の願いが叶うのであれば、これ程嬉しいことは無かった。


『アマテオ、その気持ちをきっと捨てないでおくれ。ずっとこの子と一緒にいたいと思っておくれ。それがこの子の、本当の幸せなんだ』


『? もちろん! 僕はゴンちゃんとずっと……』


 ぐわん。


 会話の途中というのに、視界が歪み、崩れていく。


 次に二人の目に入ったのは、『ソルス』の城内であった。今からここで行われることは、頭を抱えるアマテオもすでに思い出しており、全てを察したルカにも予想出来ている。


『兄さんの代わりに、私が……?』


『アマテオなら出来ますよ。それに……アルカイニの幸せを、貴方も願ってくれるでしょう?』


「駄目だっ私は、ゴンちゃんに嘘をついてしまうッ!」


「アマテオッ!」


 アマテオが少年期の自身の元へ駆けて行く。しかし、肩を掴もうとした手は無情にすり抜け、言葉も届く事は無い。


『……勿論です。父上、母上』


『よく言った。しかしアマテオ、覚える事が山積みだ。それに体力作りにも力を入れてもらわねばならん。ああ、忙しい、忙しくなるぞ……』


「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 艶やかな大理石の床に蹲るアマテオの懺悔を、ルカは胸を締め付けられるような思いで、ただ聞いていることしか出来なかった。



 

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