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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
まおうじょう
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全力×対魔王戦

 肌がヒリつくような感覚。それはフリードリンデの難解な雷魔法を思い出させるが、同時にリッチの邪悪な闇魔法を感じさせる。


「行くぞおおっ!!」


 ユウシャが威勢よく叫んでは、剣を振りかぶった。まっすぐに飛んできた魔力による砲撃を、力一杯に斬り裂く。ビリビリとグリップを握る両手が痺れた。切り掛からんと駆け出すその刹那、件の女騎士との鍛錬の時間が思い起こされる。



 次々に飛んでくる飛来物を、ただひたすら斬って、避ける。その最中、剣を構えたフリードが飛び込んできた。咄嗟に飛来物と同じように斬り裂こうと力強く剣を振るう。交わった刃が身体を痺れさせた。途端、反射的に腕を引っ込めようと肩がすくむ。そんなユウシャへ刃を押し付けるように、ぐっとフリードが体重をかけた。


『私を信じなさい、ユウシャくん』


 その言葉に、ユウシャは自らが彼女へ絶対に致命傷を負わせられないことを悟る。それからは自らの全ての力を出して、鍛錬に取り組んだのだった。



 ユウシャは赤い瞳で真っすぐに魔王を見据える。彼にはまだ、命を奪う覚悟が無かった。だから、信じることにしたのだ。魔王の絶対的な強さと、弟への想いを。

 投てき魔法を斬り壊し、僅かな流れ弾や飛来物は装備を信じて身体に受け、距離を詰めていく。とうとう魔王の目の前に立って剣を振り下ろせば、ギィンッ……と、鈍い音が響いた。全力で切りかかったその刃は、魔力を纏った魔王の左手に掴まれてしまったようだ。圧し切るが如く力を込めてみるものの、ギリギリと悲痛な音を立てているのは魔王のウロコか自らの剣か、定かではない。


「ユーちゃんのパワー……見るからに強くなってる! でも相手は玉座に座ることを許された魔王……しかも種族がドラゴンとなれば、種族的な基礎ランクもめっちゃ高い!」


 メロの実況に近い分析を聞きながら、今はまだ何の手助けも出来ないルカはただペンを握り、『パンプキン館』の玉座を思い出す。


「ここの玉座も、座った人の魔力を高めるものなのっ?」


「それも勿論ある☆ でもねセンセ、玉座に座るってことは、その土地や生物を統べるよう認められた、ってコト。椅子の力っていうより、土地や民の力……って感じかな。だからとっても強くなれるの!」


 ある種可視化のようなものであると、ルカは感じた。自身の世界ではそこまで如実に力として現れないものの、何となく理解出来るぐらいには、統べる者の特別性を感じ取ることが出来る。


「はっ!」


 ユウシャと魔王の睨み合いが続く最中、側方からリノが水砲を放った。ローブを纏った彼女の砲撃はいくらか力を増し、鋭いものとなっている。しかし当然魔王の視界に入るや否や、空いた右腕で払うように掻き消される。休息の間を与えないよう続けて打ち放ってみれば、僅かながら表情が歪んだ。それを好機と取って、更に魔力を込めて弾を打ち込む。


「このまま……っ、え……?」


 機敏に動き水砲を薙ぎ払っていた右手が、唐突にリノに向けられた。新たに放った水砲が魔王の手中に吸収されていく。

 水流渦巻く魔王の手のひらは、やがてどす黒い魔力を帯びていった。そして邪悪さを含んだままその手のひらはユウシャへ向けられ、

 その額へぶつけられたのだ。


「ぐぁあっ!」


「ユウシャッ!! なんてこと……っ」


 ゼロ距離で無防備な部分へ直撃した闇水砲にユウシャの身体は吹っ飛び、拍子に剣は転がり落ちる。リノは自身の攻撃が仲間を傷付けてしまったことに絶望していた。今度は震える足で立ち尽くす彼女に、魔王が飛び掛かる。


「リノッ動いて! 避けてぇっ!」


 ルカの叫びは魔王の速さに届かない。リノの目の前で回転すると、竜の固く太い尾が脇腹に叩きつけられた。


「がっ……」


「リノりぃっ!」


 飛ばされたリノは壁にややめり込む形で衝突する。圧倒的な強さと無慈悲さに、ルカはペンダントを握り、せめてもの全員生還の一手を考えた。

 否、無駄であった。顔を上げれば、ヘリオドールの瞳と目が合ってしまう。次のターゲットはルカだ。呪文さえ唱えられなければ、そのステータスは一般人に過ぎない。


「ま、待ってっ」


 その時、愛らしい少年の声が響いた。


「カ、ンビオ……ン?」


 カンビオン自身、どうして玉座に魔王を制止する目的で踏み入ってしまったのか、まるで分からなかった。ただ、ここで一行が全滅するのを見ていられなかったのかもしれない。或いは、ここまでの一瞬の旅で、僅かながら情が湧いてしまったのかもしれない。

 しかし、絶対服従対象の魔王を前に、それ以上の言葉は出てこなかった。


「カンビオン。その非力な小娘を始末しろ。私が手を汚すまでも無い」


「っ……、……」


 少年は怯えた表情のまま、ルカに目を向けてみた。唇は震え、歯をカチカチと鳴らし、呪文を唱えることすらままならない様子である。しかし彼女もまた、まっすぐにカンビオンを見つめ返していた。暫し誰もが言葉も発せず、行動も出来ずにいる。


「お前が……っビオちの気持ちを、お前が利用するなあーっ!!」


 沈黙を破り声を上げたのは、メロであった。

 パソコンとバッグはいつの間にかルカの足元に転がっており、メロ自身は魔王へ飛び掛かる。昼下がりの戦下、霧の中でも差し込む日に等しく影が生まれていた。幽霊少女は滑り込んで魔王の影へしがみ付く。それも長くは持たないだろうと理解はしていた。


「センセー! 回復だよっ!」


「っ……!」


 だから、更に声を張り上げる。その場しのぎでも、リノとユウシャを動けるまでに回復出来れば撤退の余地が生まれるのだ。

 ルカは震える足を叱咤し、まずはリノへ駆け出した。持ち物の薬草を取り出し、虚ろな彼女の唇に擦り付ける。


「リノッ、起きて! 口開けてぇ……っ」


「……影踏み……ふむ。貴様、身体が無いのか」


「そーだよぉーだっ☆ お前の攻撃なんか効かないからっ!

 お前がなんで王子にべったりなのか知らないけどなぁっ! ビオちはっ心から愛しちゃいけないのに、お前をずーっと大好きで傍にいたんだぞっ! どんなに辛いか、お前に分かるかよぉ!」


 カンビオンは目を見開いた。メロはカンビオンという種族の(さが)を知っていたのだ。人々を悪へ導く悪魔。ルールの反転した存在。すなわち、正しいことがカンビオンにとっての天罰になり得るのだ。

 対しての魔王は未だ表情を崩さない。ただ、すっと息を吸った。そして次の瞬間、


「っぎゃぁあっ!」


 禍々しい青い炎をメロへ吹きかけたのだ。


「えっ……メ、メロッ?」


 既に死んでいるメロが攻撃を喰らうはずが無い。しかし、目の前の彼女は身体に纏わりついた炎を見るからに熱がり、苦しみ、転げまわっていたのだ。

 ルカは急いでメロに駆け寄り、王に持たされた聖水をかけ鎮火を試みる。ただ一つ、覚えがあったのだ。魂を焦がす炎。自らも天狐というモンスターから喰らったことがあった。


「いだい、いだぃい……っ」


「メロッやだ、しっかりしてっ!!」


 炎は消えたが、その霊体からは未だ黒い煙が昇り、生き物の焦げる香りを漂わせる。すぐさま駆け寄ろうともその身体を抱きしめることすら叶わず、ルカは持ち合わせの聖水を何本も彼女の身体に掛けた。


「めろぉ……っぎゃっ!」


 ルカの脇腹に放たれた闇魔法がぶつかり、受け身の一つも知らない身体は吹き飛んで固い石の床に転がる。しかし呪い等の内部に染み込む状態異常を付与されなかったのは、加護のペンダントのおかげであろう。

 凄惨な光景に、愛おしいはずの人が一人濃い影を作り立っている。カンビオンは絶望の面持ちで呆然とそれを見つめていたが、やがてその金の瞳がこちらを向いた。


「ヒッ……いやああっ!!」


 その瞬間、カンビオンは悲鳴を上げ、どこかへ走り去ってしまった。残る満身創痍の一行を見下ろし、魔王は気だるげに後始末を考える。


「まとめて外に放るか……見せしめに灰にして国へ帰そうか」


「だ、め……っ、絶対だめ……!」


「?」


 転がっていたはずのルカが、いつの間にか這い寄って竜の尾にしがみ付き、ペン先を何度も突き刺していた。魔王自身、その刺突は痒みすら感じていない。ただ、無様な姿をあざ笑うことも無く、無表情に尾を振るってルカを振り払った。


「あうっ」


 床を転がっていくルカの身体は、最後には決意と希望を持って開いたはずの扉にぶつかって、跳ね返ってぐったりと動かなくなる。

 城に、静寂が戻った。

 ふと魔王は霧を貫き差し込むぼんやりとした光を見やった。此度の戦闘に疲労があったわけではない。何となく、そんな風にぼんやりとしてみたくなったのだ。


「全ては……アマテオ。お前と、いるため……」


 凄惨な一室に理由を添える。しかしその言葉は誰の耳に届くこともなく、或いは神のみぞ聞き置いただろうか、やがて無意味に消えていった。

 そろそろ後始末に取り掛かろう。そう一行へ目を向けたその時。


「動くなぁっ! 動いたら、コイツぶっ殺してやるからなぁっ!!」


 開いた扉の前で、逃げたはずのカンビオンが声を張り上げていた。しかし、今度はその手には拘束されたアマテオとナイフが握られている。


「ッカンビオンンンンン!!!」


 視認した直後、魔王の魔力がぐんと増した。カンビオンの額に脂汗が滲む。魔王がまさに飛び掛からんとするその瞬間、カンビオンはルカへアマテオを投げ渡した。


「任せたぞっルカ!」


 そして持ち前の素早さで魔王の攻撃を避ける。暴走に近い状態の魔王はカンビオンを追う。それがルカにとっては、カンビオンの作ってくれたチャンスであった。


「お願い、お願い……力を貸して……」


 魔法だの装備だの、ルカには使いこなす方法など未だ分からない。しかしペンダントをぎゅっと握って、目を閉じ祈る。それから起きた事象が何により引き起こされたのか、それもルカには分からなかった。しかし確かに、ルカとアマテオを守るようにオーロラ状の薄い膜が張られたのだった。


「ッアマテオ! 教えて!! 貴方と魔王の関係……!」


「え……っわ、わかりませんっ急に攫われて……っ。それより皆さん、怪我を……っ」


「思い出して!! 二巡りより前のこと! アルカイニが家を出るその前……! 貴方と魔王は出会っている!!

 見せて……っ応えて!」


 ルカはアマテオの手を掴み、自らのペンを握る手に添えさせる。重ねた手が眩く光り出した。



 

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