時動かす語らい×世界のなぞなぞ
「嘘! 嘘でしょ……!?
魂を生体に宿すなんてどんな所業よ!? あはっ何それ何それ、信じらんない! 貴女の中に、リュシェがいるなんて……!」
扉を一度開いてしまったことで収拾がつかなくなったのだろう、一行はアニエスに招き入れられ、彼女の自室でルカとリュシェに関する始終を打ち明けるに至った。
嘘だの信じられないだの、否定的な言葉を並べながらアニエスはどこか嬉しそうに瞳を輝かせている。兄の知る“いつも通り”の姿に見える彼女に、ユウシャ自身はやや不服げに腕を組んでいた。
「随分元気そうじゃないか? ……長いこと引きこもってたのは、そのリュシェ姫様が原因か」
ユウシャの一言に、アニエスの赤い瞳がまるで滾る炎のように光って細められる。これはまずい。兄妹げんかが始まる予感を、ルカ達は肌身に感じていた。
「……は? アル兄さまこそお元気でいらして。あら素敵なバッジですこと。それに可愛らしい女性を三人も侍らせて、さぞ楽しい家出だったでしょうね! っ兄さまがいなくなって、城中がどれだけ混乱したことか! 無責任にも程があるわ!」
「っいや、それに関しては……ぐうの音も出ない。申し訳ないとしか……。
でもな、お前だってこんな時くらい出てきて母上達を少しでも安心させてやろうと思わないかっ? アマテオが、魔王に攫われたんだぞ!?」
「っ、テオが……? 何、どういうこと……!?」
「ええ、ええ。今彼が申し上げたことは本当ですの。
数日前、新魔王が就任なされました。そして早々に目を付けられたのが、貴女方のご兄弟……アマテオ様でしたの」
アニエスが喧嘩の最中、知らない情報に喰いつくのならチャンスとばかりにリノが会話に割り入る。驚愕の事件に兄に噛み付く事も忘れ、俯いて押し黙るならば彼女の心情を皆が案じた。
「……なきゃ……。テオを取り戻さなきゃっ!
既に兵は向かわせているの? 冒険者協会には? 兄さまシルバーバッジでしょ、顔利かないわけ!?」
「ちょっお、落ち着け、アニエス!」
取り乱した様子で突然顔を上げた彼女の発言は突発的であったものの、言葉一つ一つを取り上げてみれば、至極真面目に今後の方針を考えているものであった。
「落ち着けないわよっ! 魔王城なら今から馬を走らせれば日が昇る前に……!」
「こらこら! 何の作戦も無く敵陣へ夜中に突っ込むなんて無謀だよっ☆」
「そうね。アニエスの言う通り冒険者協会には協力を要請した方が良いわ。朝には私達も向かう。
弟さんはきっと……大丈夫。怨恨による殺意があるならば、この城で真っ先に殺めることでしょう。つまり人質として捕まったなら、早々に始末するなんて馬鹿なこと、魔王もしないわ。
それに……魔王と弟さんには、何か関わりがあったんだと思う。
この国に直接的な打撃を与えたいならきっと、王が狙われる。それ程の力や算段が無いのだとしたら、自室に一人でいるアニエスが目を付けられていたでしょう」
ルカが彼女に合わせ論理的に諭すのであれば、アニエスもようやく体の力を抜き、カーペットにへたり込む。適材適所というのは賢い彼女こそよく分かっていて、自らが一人剣を振るうより、銀のバッジという明白な実績を持った一行に任せた方が良いのだと、冷静になれば十二分に理解出来た。
だがしかし、理解は出来ても大人しく待っていようとはなれない性格と年頃である。その膝にはぐっと痛いほど握られた拳が置かれていた。
「でも私……知っていて、じっと待っているなんて……っ」
「……塔。アニエス、『冥界の森』にある塔って、知っている?」
「……塔? 館じゃなくて、か?」
今にも飛び出して行ってしまいそうな彼女を止めるべく、ルカはフリードリンデとの会話を頭に巡らせる。そして謎だけが残っていたあの言葉の意味を、焦燥するアニエスに問いかけた。道中話す間もなかったとなればユウシャらも初耳で、覚えの無い建造物に首を傾げる。
「塔……、塔?」
一方のアニエスには思い当たる節があるようで、立ち上がると整頓された本棚へ駆け寄った。取り出されたのは厚みの無い本、と呼ぶよりは、ノートと呼ぶにふさわしい。その表紙を捲ると、書かれた文字を追うようにアニエスの視線が左右に動く。
「それはリュシェがルカに?」
「……いえ。道中、姫君に近しい間柄の人と出会ったの。その人が言っていた。姫君は、神々も知り得ない『冥界の森』に存在する塔を探していた、と……」
「……そう。
私とリュシェは、『冥界の森』で出会って、同じものを探していると知って意気投合したのよ」
「それが塔!?☆」
アニエスはノートから視線を外し、一行に向き直った。そしてメロの見解にゆっくりと首を振る。
「……いいえ。私達が探していたのは、この世界の約束事が記された本」
彼女の返答は、ルカに『人形村』でリノが語ってくれた創世神話を思い起させた。
-女神さまは、世界のカタチを作り、やくそくごとをその地へ埋めました。男神さまは、そこに生物を並べました。四精霊の集う、美しい島です……-
「『冥界の森』にあることは突き止めたの。彼女とは度々森で落ち合ったわ。親には内緒でね。……無作為に探し回ったところで、手掛かりの一つも見つからなかったのだけれど。
そして彼女が突然、ぱったりと森へ来なくなって……暫くした日。いつもの待ち合わせ場所に一通の手紙を見つけたの。彼女の不慮の事故と死を告げるものだったわ。差出人は彼女の護衛騎士だったし……信じるには充分な情報が書かれていた。でも私にはそれがとても受け入れがたくて、辛くて……忘れるみたいに部屋に籠ってしまった。
ごめんなさい、関係の無い話だったわね。それで、生前リュシェが私に託してくれたものがあるの。このノートよ。……彼女と私しか知らない、秘密の本」
『これ……アニーにあげるっ。やだ、ここで開かないの! ほら私って、ちょっとポエミーじゃない? ……なんてね。私と会えない日が続いたら、読んでみて。
アニー、私と貴女なら……きっとあの塔に辿り着けるわ』
赤い瞳を瞼が覆うと、その内側で鮮明に愛しい友人の姿が浮かぶ。ノートを渡された経緯と、当時は意味も分からなかった彼女の呟きを思い出し、今までしまい込んでいたことを心で詫びながら、静かに閉じた。
「これは……きっと私達が探していたものに届くヒントになる。だからこの一節だけ、皆にも共有させてもらうわ。
イキモノ 見下ろす 石垣の 塔。
イキモノ 強く 願う時 神々の 目に映る。
神々は 本を 開くだろう。今こそ 革命の時」
アニエスの言葉に皆が聞き入り、それぞれの頭の中で考えを巡らせる。
「見下ろす塔って……かなり高そうだよな。石垣って言っているし、館とは考えられない」
「ええ。人々が何かを願う時、現れるんじゃありませんこと? 神々が本を開く……それを革命とお呼びになるなら、
ルールブックが、書き換えられる……?」
「それをリュシェも……望んでいたのかな。だから、異世界から私を呼び出したのかも。
なら私はその塔を、約束の本を探さなくちゃいけない。勿論、貴方たちの大切な弟さんをササッと魔王から取り返した後にね」
ルカが胸に手を当てて軽快に告げるならば、アニエスにはそこにリュシェの魂が見えた。ふと泣きそうに表情が歪んだものの、一度俯いて再び顔を上げる頃には、凛々しい顔立ちになる。
「私、もう一度ルールブックを探す。ルカが帰ってくるまでにはこの言葉……紐解いてみせるから!」
「それなら、現地に詳しい人の協力もあると良いよねっ! 今りちちにメール送ったよ~☆」
「めえる?」
「えっと……一瞬で送れる手紙のこと、かな。ありがとうメロ。あとりちちっていうのは、『パンプキン館』に住む賢者のことよ。メロは森出身だから顔が効くのよね」
「えっ何それ! 欲しいわ、その技術『ソルス』にも欲しい!」
ルカが丁寧に説明したものの、アニエスには何よりリッチの作り出した最新技術に興味を持たれてしまったようだ。苦笑しているうちに返信があったようで、メロは彼女へノートパソコンの画面を見せる。
「おけまるだって! テレビ通話させたげたいとこだけど、メロがいないとコレ使えないもんな~」
「な、何なのこの謎の文字……それにこれって、光る硝子? そのてれびつーわというのが何かは分からないけど、『パンプキン館』でしょう? 道なら分かるわ。先方が良いと仰るなら明日にでも向かいます」
そしてその思い切りの良さと行動力は、すっかり兄が過去に見た妹の姿となっていた。




