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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
せいれんのむら
7/88

西の村×我楽多屋

 

「我楽多屋は泉の西、『製錬の村』にございますの」


「ああ、あの居住区が乱立した地域にある……。ちょっと変わってますよね」


「あえて大きい都市を作らず、土地を広げるのも最小限と言いますか……、何故だかノスタルジイを感じますわね」


 西を目指す一行は、穏やかさを取り戻した森に緋色を灯す夕陽に向かって歩いていた。

 これから向かう地域について語らうリノとユウシャは、この世界の地形を多少なりと把握している。異世界からやって来た為に、当然さっぱり着いていけないルカはと言えば、哀愁もホームシックも無く、土産品の濡れ焼き菓子を摘まんでいた。

 はっきり言って濡らさない方が美味しかった。しかし、身体に良いものは得てして味が落ちるものである。


「あら、グリンディローからお受け取りになりましたの? 彼、お菓子作りと子供が大好きですのよ」


「うーんまぁ、戦利品というか……、次会ったら仲良くなれそうだとは思いますよ。ってルカ、君殆ど食べちゃったのかっ? 俺も食べたい!

 ……ん。これは、濡らさない方が良いな」




 暫く歩き、漸く視界が開けると、そこには“ルカの故郷である国”に過去あったであろうような古民家が立ち並んでいた。


「これは確かに……ノスタルジアね」


 ルカも納得したように言葉を零すと、村の入り口に足を踏み入れる。村人の装いも、西洋の模様を取り入れながら、そのシルエットは着物に酷似していた。


「賑わってるなぁ」


「……そうね。でも、何だかちょっと……悲しそう」


 ユウシャの感想の通り、村は人々に溢れている。しかしルカはそれに、都会の喧騒とはまた違うもの悲しさを味わっていた。


「此方ですわ」


 村の雰囲気から逸したリノが手招きして路地へと誘えば、その先を異邦の地のように感じさせる。徐々に三人は雑踏から遠ざかり、太陽の瞳に濃紺の瞼を伏せる空は、とうとう路地裏に影を作った。

 視線の先、薄汚れたねずみ色の布切れが丸まっているのが一行の目に留まる。

 途端、リノがその布切れに向かって駆け寄った。


「我楽多屋さま! 貴方に会いたいという人をお連れしましたの」


「……水の精霊殿。あまり他人(ひと)に話すなと……、また移動しなくてはならない」


 その布切れが我楽多屋だと知り、ルカとユウシャは驚いた様子で顔を見合わせた。

 よく見れば布切れに包まったその形は、胡坐をかいた人のように見える。しかし、深く布を被っている為に、顔すら陰って伺う事は叶わなかった。


「貴方にとっても損な話ではございません。彼女、異世界から来ましたの」


「……何」


「ルカと言います。日本から来ました。ご存じ?」


「……いや、すまない。私は私の記憶を持たない」


 掠れたバリトンボイスから男性であろうとは予想される。しかし、それ以上は何も悟る事は出来ない。彼自身が、何の情報も持ち合わせていなかったからだ。


「どういう事だ?」


「……私には、旅の始まりの記憶が無い。気付けばいくつもの並行世界に流れ着いてはまた流され、ここに着いた。

 恐らく様々な地を辿るうち、失ってしまったのだろうな。

 並行世界が繋がる場所へ行く方法は、何となく分かる。色々と拾い集めて持ってきたのだが……どれも記憶に繋がりはしなかった」


 我楽多屋の前に並べられた品々は、ルカに分かるものもあれば、ちっとも分からないものまで様々だ。僅かな希望から、ルカは脳内の真っ白なキャンバスに、自分の家への帰り道を思い描く。


「私もそこから来たのかな。寝ている間に運ばれた? 目覚めたら『始まりの草原』にいたのです。布団ごと。

 色んな世界へ繋がる場所……、貴方は人を連れてそこへ行けますか?」


「試したことは無いが……行けると、思う。

 ただし、君は連れて行かない」


「な、なんで!」


 思わずユウシャが声を上げた。彼もルカに帰ってほしい訳ではなく―寧ろ帰って欲しくないまである―、ただ純粋に、はっきりと示された拒否に対しての疑問が口から零れたのだ。


「私は“ニホン”が分からない。ルカ殿をニホンに帰すどころか、同じ迷い人にしてしまう可能性さえある。

 君が道を何となくでも分かっての事なら協力するが……、君は私と違う。別の道を探すのだな」


「そう……。そういうタイプの人もいるんだなあって、参考になりました。ありがとう」


 ルカの返答に、今度は我楽多屋が驚く番であった。あまりにあっさり諦め手を引かれると、踵を返そうとする彼女を我楽多屋が引き留める。


「君……、私のようにはなってくれるな。

 私は異物だ。どこにいても、私が認められる事は無い。ここも、私を認知すれば私を追い出しにかかるだろう。街や人が受け入れたとて、私がこの生業に楽しさを見出そうとて、世界は受け入れないのだ。

 私を受け入れてくれるのは……もう、あの世だけだろうさ。

 忘れてくれるなよ、君のいた世界を。どんなに苦しい世界であっても……」


「私は諦めていないわ。書きかけの原稿も、同人即売会も。仕事しながら執筆するのだって大変だけど、読んでくれる人が一人でもいるなら、私は幸せだし頑張れる。

 私の帰る方法が分かったら、貴方にも教えます。だから貴方も、諦めないでね」


 勘違いされてしまったと感じれば、ルカはすぐさま否定する。そして、虚無の岸辺で我楽多を漁る彼の安寧を祈り、木の枝のような手をそっと包んだ。


「私は我楽多屋さまに感謝しておりますの。彼女達と共に吉報をお持ちしますわ!」


「俺も、よく分からないけど……安全な場所は知ってるんで、何かあったら頼ってくださいね」


「……あんまり人と関わるのは、好きじゃないんだけどなあ」


 困ったような声色に反し、布切れに覆われた暗闇の中で、優しい顔がふわりと笑った気がした。



 

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