西の村×我楽多屋
「我楽多屋は泉の西、『製錬の村』にございますの」
「ああ、あの居住区が乱立した地域にある……。ちょっと変わってますよね」
「あえて大きい都市を作らず、土地を広げるのも最小限と言いますか……、何故だかノスタルジイを感じますわね」
西を目指す一行は、穏やかさを取り戻した森に緋色を灯す夕陽に向かって歩いていた。
これから向かう地域について語らうリノとユウシャは、この世界の地形を多少なりと把握している。異世界からやって来た為に、当然さっぱり着いていけないルカはと言えば、哀愁もホームシックも無く、土産品の濡れ焼き菓子を摘まんでいた。
はっきり言って濡らさない方が美味しかった。しかし、身体に良いものは得てして味が落ちるものである。
「あら、グリンディローからお受け取りになりましたの? 彼、お菓子作りと子供が大好きですのよ」
「うーんまぁ、戦利品というか……、次会ったら仲良くなれそうだとは思いますよ。ってルカ、君殆ど食べちゃったのかっ? 俺も食べたい!
……ん。これは、濡らさない方が良いな」
暫く歩き、漸く視界が開けると、そこには“ルカの故郷である国”に過去あったであろうような古民家が立ち並んでいた。
「これは確かに……ノスタルジアね」
ルカも納得したように言葉を零すと、村の入り口に足を踏み入れる。村人の装いも、西洋の模様を取り入れながら、そのシルエットは着物に酷似していた。
「賑わってるなぁ」
「……そうね。でも、何だかちょっと……悲しそう」
ユウシャの感想の通り、村は人々に溢れている。しかしルカはそれに、都会の喧騒とはまた違うもの悲しさを味わっていた。
「此方ですわ」
村の雰囲気から逸したリノが手招きして路地へと誘えば、その先を異邦の地のように感じさせる。徐々に三人は雑踏から遠ざかり、太陽の瞳に濃紺の瞼を伏せる空は、とうとう路地裏に影を作った。
視線の先、薄汚れたねずみ色の布切れが丸まっているのが一行の目に留まる。
途端、リノがその布切れに向かって駆け寄った。
「我楽多屋さま! 貴方に会いたいという人をお連れしましたの」
「……水の精霊殿。あまり他人に話すなと……、また移動しなくてはならない」
その布切れが我楽多屋だと知り、ルカとユウシャは驚いた様子で顔を見合わせた。
よく見れば布切れに包まったその形は、胡坐をかいた人のように見える。しかし、深く布を被っている為に、顔すら陰って伺う事は叶わなかった。
「貴方にとっても損な話ではございません。彼女、異世界から来ましたの」
「……何」
「ルカと言います。日本から来ました。ご存じ?」
「……いや、すまない。私は私の記憶を持たない」
掠れたバリトンボイスから男性であろうとは予想される。しかし、それ以上は何も悟る事は出来ない。彼自身が、何の情報も持ち合わせていなかったからだ。
「どういう事だ?」
「……私には、旅の始まりの記憶が無い。気付けばいくつもの並行世界に流れ着いてはまた流され、ここに着いた。
恐らく様々な地を辿るうち、失ってしまったのだろうな。
並行世界が繋がる場所へ行く方法は、何となく分かる。色々と拾い集めて持ってきたのだが……どれも記憶に繋がりはしなかった」
我楽多屋の前に並べられた品々は、ルカに分かるものもあれば、ちっとも分からないものまで様々だ。僅かな希望から、ルカは脳内の真っ白なキャンバスに、自分の家への帰り道を思い描く。
「私もそこから来たのかな。寝ている間に運ばれた? 目覚めたら『始まりの草原』にいたのです。布団ごと。
色んな世界へ繋がる場所……、貴方は人を連れてそこへ行けますか?」
「試したことは無いが……行けると、思う。
ただし、君は連れて行かない」
「な、なんで!」
思わずユウシャが声を上げた。彼もルカに帰ってほしい訳ではなく―寧ろ帰って欲しくないまである―、ただ純粋に、はっきりと示された拒否に対しての疑問が口から零れたのだ。
「私は“ニホン”が分からない。ルカ殿をニホンに帰すどころか、同じ迷い人にしてしまう可能性さえある。
君が道を何となくでも分かっての事なら協力するが……、君は私と違う。別の道を探すのだな」
「そう……。そういうタイプの人もいるんだなあって、参考になりました。ありがとう」
ルカの返答に、今度は我楽多屋が驚く番であった。あまりにあっさり諦め手を引かれると、踵を返そうとする彼女を我楽多屋が引き留める。
「君……、私のようにはなってくれるな。
私は異物だ。どこにいても、私が認められる事は無い。ここも、私を認知すれば私を追い出しにかかるだろう。街や人が受け入れたとて、私がこの生業に楽しさを見出そうとて、世界は受け入れないのだ。
私を受け入れてくれるのは……もう、あの世だけだろうさ。
忘れてくれるなよ、君のいた世界を。どんなに苦しい世界であっても……」
「私は諦めていないわ。書きかけの原稿も、同人即売会も。仕事しながら執筆するのだって大変だけど、読んでくれる人が一人でもいるなら、私は幸せだし頑張れる。
私の帰る方法が分かったら、貴方にも教えます。だから貴方も、諦めないでね」
勘違いされてしまったと感じれば、ルカはすぐさま否定する。そして、虚無の岸辺で我楽多を漁る彼の安寧を祈り、木の枝のような手をそっと包んだ。
「私は我楽多屋さまに感謝しておりますの。彼女達と共に吉報をお持ちしますわ!」
「俺も、よく分からないけど……安全な場所は知ってるんで、何かあったら頼ってくださいね」
「……あんまり人と関わるのは、好きじゃないんだけどなあ」
困ったような声色に反し、布切れに覆われた暗闇の中で、優しい顔がふわりと笑った気がした。