王家の三兄弟×奇跡の再会
「父上、母上……」
リノらは王と王妃が直々にホールまで降りられたことへの驚きも、不躾にもこんな遅い時間に尋ねてしまったことへの詫びも、普段のように軽々しく口に出せないでいる。それを見計らったかのように、或いは己の意志で、ユウシャはホールへと躊躇い無く踏み入った。
「見ましたよ、号外。撤回してください!」
そして、王改め両親の面前まで向かい、立ち止まる。その表情は怒りが滲み、対しての王は険しい表情を崩さず、王妃はどこか泣き出しそうに切なげであった。
「突然『ソルス』を飛び出したこと……、申し訳無く思っています。勝手に持ち出したものも、あったから。
でも、新魔王の就任に合わせて偽りの知らせを撒いてまで私を探すなんて、事を大きくしすぎです!」
一刻の静寂の中、ルカはユウシャの言葉から事実を整理しようと試みる。
『ソルス・スピロ』の次期王とされた王子アルカイニは、何かしらに耐え兼ね瞳の色を点眼薬で変え、その名も身分も隠して城を飛び出した。持ち出した王家の剣が上質であったのも頷け、旅の中で見られた彼の僅かな違和感にも合点がいく。
ばったり出会った剣士が実はイケメンプリンスだったって展開、結構あり得るよね。そういう場合お相手って平凡チート異世界転生者かしら? 貧困魔術師も大いにアリ。……私に多少なりその要素があるの残念すぎない? 私じゃね~だろっ。皆思ってるよ!
皆って誰だよ。烏天狗がいたならそんなツッコミが飛んできそうである。そんな愉快な妄想を掻き消すかのように、王の低い声がホールに響いた。
「偽りはない。攫われたのは次期王“アマテオ”だ」
「アマ、テオ……が……?」
「その……こんな時間に尋ねてしまったこと、まずはごめんなさい。
私は彼と共に旅をしていたルカと言います。この世界の人間じゃありません。此方は精霊リノ、訳あって幽霊のメロです。あの、とても善良な幽霊」
絶望したようにユウシャが押し黙るなら、会話の隙間にルカが言葉を忍ばせる。王の赤い瞳と視線を交えると、互いに敵意も無いというのに空気が張り詰めるようであった。
「そう、アルカイニのお友達……。よくぞお越しくださいました。私も王も、貴女達を歓迎いたしますわ」
そんな張り詰めた空気を、王妃の穏やかな笑顔が和らげる。ルカは安堵し、状況整理の為の質問を投げかけた。
「ありがとうございます。それでその、アマテオさんって……」
「アマテオも我らの息子だ」
「そして……俺の弟でもある」
俯いたユウシャの気持ちの大きさをルカには計れないとは言え、その感情に何となく予想はつく。大切な兄弟が攫われた不安はもちろんのこと、長兄で次期王とされた彼が自ら家を出たとて、まるで差し支えないかのように弟にその役が宛がわれていたとなれば、ショックを受けることだろう。
「そっか、ユーちゃんの弟さんなら、尚更心配だよねっ!」
「ユーちゃん……?」
「うんっ☆ ユーちゃんは勇者になるから、ユーちゃんなんだよっ」
相変わらずのメロの自由奔放な発言に、いらないことを!と言いたげな焦燥の表情をユウシャが向ける。その真意に無垢な笑顔の当事者は気付かず、気付いたリノは気まずげに苦笑するに至った。
「……アルカイニ。お前は勇者になりたいのか?」
「……っ、馬鹿げた事だと笑えばいいっ! 俺はこの城で、何の為に剣を振るうのか分からなかったんだっ! 元々父上の期待するような息子じゃ……っ、!」
王の問いかけに声を荒げたユウシャの頭へ、大きな手のひらが覆い被さる。それは紛れも無く、厳格な父の骨張った手であった。信じられないといった様子で固まるユウシャへ、慈しみに満ちた赤い瞳が向けられている。
「良い。その道も、良いだろう。
ならば勇者よ、聞いてくれるか。……私の大事な子供たち。一番上の息子は、王位継承者として厳しく育てた結果、不満を抱いて家を出ていった。下の息子は、次なる継承者として育て上げようと試みる半ば、魔王に目を付けられ攫われた。娘は縛らずやりたい事をやらせた結果、今は塞ぎ込んで部屋に籠りきりだ。
私が何を間違えたのか。誰も、何も語ろうとはしてくれない。ならば……間違えたのだろうな。
願わくは、また家族で食卓を囲みたい。どうか、私の願いを聞き届けてはくれんだろうか?」
父の威厳ある瞳も、大きな体も、ユウシャには今は小さく感じられた。そこに母が寄り添うように、自身にも3人の女性が後方へ寄り添う。
「言われなくても……勿論。アマテオは絶対に取り戻す!」
「アルカイニ……!」
ルカたちも穏やかに微笑み、王妃も悲しみの中に光を見付けたように瞳を細める。しかし次なる目的も定まり、両親とも和解し、心が晴れるであろうはずのユウシャは何故か、困ったように頭を掻いた。
「でもあいつに限って引きこもるなんて……何があったんだ?」
「アイツって、王様の仰っていた姉妹のこと?」
「ああ。……お転婆で、天真爛漫。ちょっとのことじゃへこたれない、妹のアニエスが塞ぎ込むなんて……」
その名を聞くとたちまち、ルカは身体に鳥肌が立ち、身震いした。これは恐怖や嫌悪では無い。それとは真逆の、歓喜であると無意識的に感じる。
「どこにいるの?」
「えっ? アニエスは、自室に籠りきりって……」
「彼女の部屋はどこっ」
「さ、三階だけど、何、ルカ……どうし……」
ユウシャの言葉も遮り、ルカは三階まで階段を駆け上がる。大変無礼な行為であることも分かっていたし、何故これほどまでにその名を求めているのかは分からなかった。まるで勝手に身体が動かされているようであれば、動かしているのは彼女しかいない。
ならば、ルカは身を委ねるしかなかったのだ。
「アニー! ……ッアニー!」
広く長い廊下に、自身の声が響く。
「……、リュ、シェ……?」
暫くして一つの扉が、その声に呼応するかのように控えめに音を立てて開いた。それを見逃さんとばかりに、ルカは足先を向けて走り出す。そして、此方を覗き込む樺色の髪の少女へ飛び付いた。
「ぅわっ! えっ……え、……?
……貴女、誰……?」
「……あっ……すみませんルカです……」
見知らぬ女性が突然駆け寄ってきたというのに、少女は動揺こそすれ恐れることなく受け止めてしまう。一方熱い抱擁の直後に体の自由を戻されたルカは、気まずげに自己紹介をしたのだった。




