手のひらの上×掬い上げた真実
森の開けた憩いの場で、ユウシャがぐったりと芝生へ倒れ込む隣、女性陣は森の果実を頬張りランチを楽しんでいた。
「さすが精霊の守る森だね~☆ 木の実、いーっぱいだったよ!」
「うん、外から見た雰囲気と全然違う。この果物もおいしいね。……まあ、ちょっと木が多すぎて暗いけど」
「はは、私には少し……食べ飽きた味だな。しかし、豊かな土地である事は確かだ。少し先に回復効果のある泉もある。澄んでいてとても綺麗だ、君たちも行くと良い。あ、いや、水の精霊殿の前で言うのも何だったか」
「いえ、いえ。おばさまはとてもお強い方ですもの。土が豊かであれば水も清らかになりましょう。
お食事が終わりましたら、おばさまにお話を伺いに参りましょう? これでも精霊の端くれですもの、おばさまを必ずや説得出来ると自負しております」
リノの頼もしい言葉に、フリードリンデの表情も明るい。皆穏やかな表情ですっかり油断し、ルカも新しい果実に呑気に齧り付いたその時、果汁が飛び散った。
「うっ」
「ふふっ……まあ、まあ。みずみずしい果実ですこと! 召し物が少し汚れてしまいましたわね」
「やっちゃった……ごめん、ちょっと泉で洗ってきて良い?」
「……ならば、私が彼女を泉まで送ろう。小動物しか見かけた事は無いが……億が一の護衛も兼ねる。
リノ、私は今霊域に入る事を禁じられている。すまないが、この間にノーム殿を説得し、対話の場を設けるよう頼んでもらえないだろうか?」
「それは効率が良いですわね!」
「メロもリノに着いてく~☆」
概ねの動向が決まったところで、騎士のスパルタ稽古に満身創痍の青年へ視線を向ける。
「ユウシャ、どうしよう」
「無理をさせた……かもしれない。少し寝かしておいてやろう。魔除けの呪いを掛けておく」
フリードリンデが申し出た処置に一行も安堵しては、彼女の意向に同意する。眠る青年の頭をそっと撫でては、その場を後にするのであった。
「良かった、汚れたのは上着だけみたい。でも……本当に、汚すのが躊躇われるくらい、きれいだわ」
早速脱いだ上着を持って、ルカとフリードは泉へ向かった。ワイシャツまで染みてはいなかったことは不幸中の幸いで、ルカはほっと胸を撫で下ろす。
目の前で木漏れ日を浴びて黒曜石のように輝いていた泉も、ほとりまで来てみれば水底まで澄み切っているのが分かる。それを見て躊躇するルカに、フリードが穏やかに声を掛けた。
「大丈夫、濁ってもすぐに美しく輝く。ついでに水浴びもしていったらどうだ? 身体を拭く布ならいくつか携帯している」
「そうですね……ここはとても温かいし、……少しだけ」
鬱蒼とした木々が明るい外界から隔てようと、初夏に差し掛かる温かさを感じられれば、その魅惑的な言葉にはつい甘えたくなってしまう。
取り急ぎ上着を洗って木へ吊るすと、着ていた服をするすると脱いで簡易的に畳み、水面へ足を付ける。最初はその冷たさに怯みもしたが、入ってしまえば心地良い。ルカはつい子供のような心持で、透明な水を掬い上げては泉へと散らした。
「……まるで、君が精霊……天使のようだ」
そんな彼女の背をじっと見つめ、フリードは風に攫われる程小さな声で呟く。
暫くして振り向いたルカが、フリードと視線を交わす事となるのは至極当然だった。しかしその後も見つめ合ったままであれば、ルカもずっと見つめられていたのだと察し居心地が悪くなったのだろう、岸辺に戻って彼女の貸してくれた布で身体を包む。
「な、長い事遊んでしまいました。ごめんなさい」
「……構わないさ。まあ、そうだな。身体を冷やしても良くない。そろそろ上がろう」
「っ!」
フリードの手が、ルカの手を掬い上げ泉から引き上げる。その瞬間、ルカはまた肌がひりつくような痛みを感じた。
(『ルナデ・シルシオン』の姫君がこのような……、許されてはならぬ!)
サンドベージュの髪を靡かせて、憎しみに満ちたような金の瞳を持つ女性が、此方を睨んでいる。
瞬きに目を閉じた、その一瞬だった。脳裏にそんなビジョンが、雪崩のように流れ込んできたのだ。そして、ルカは今までのフリードリンデの言葉からある違和感を見出す。
「……フリードリンデさん。姫君の最期……もう一度、教えてもらえないかしら」
「え? ああ……彼女は神罰に身を焦がされた。あまり思い出したくないよ、あんな惨い姿は……」
「……。貴女は、神罰を見た事がある? 神罰は、精神を痛めつけるもの。心を焦がすものよ。外傷は、与えないわ」
木々が風に揺れ、木漏れ日も揺らぐ。フリードリンデの瞳から、光が消えた。
「でも、どういうこと……姫は確かに神罰を受けた……。神々の罰は、命を潰えなかった? なら彼女をっ、リュシェ姫を殺した閃光は、
貴女の雷撃……?」
「聡明だな。流石、姫様の選んだお人だ」
「いやっ……うっ!」
布一枚纏っただけの無防備なルカがフリードリンデの力に及ぶはずも無く、簡単に芝生へ引き倒されてしまう。両足に容赦なく体重をかけられ、腕は纏め上げられ片手で押さえつけられてしまうなら、抵抗はままならない。
「そうさ。女神の街の姫君ともあろう彼女が、女神の神罰を受けるような想いを抱き、口にしたのさ! しかも相手はソルスの……っ。王族の恥だ……消えて当然だ!
ここに幽閉したのは王ご自身だ。ノーム殿と結託してな。私を処刑しなかったのは、神罰を受けた娘の事実を公に晒したく無かったからだ」
「……っそれで、貴女は私達を、どうしたいのっ」
「君を人質にこの森からの開放を要求する。そろそろリノ達も出会う事だろう。
私と真っ向から戦い、瀕死で逃げ隠れた地の精霊とな」




