姫の過去×騎士の悔い
「……そうか、長い旅をしてきたのだな。大したものだ」
「えっへへ☆ メロは途中参加だけど、ほんとにほんとに凄かったぁ! それに、とっても楽しい!」
「私も。……フリードリンデさんは、騎士をされているんですよね。魔王城付近まで一人で偵察なんて……どうして? よっぽど信頼されているにしても、部下の方を連れ立ったって良いはずよ」
「……私は、大切なお方を守れなかった。これは事実上の左遷のようなものだ。……現状だって、まるで報いを受けているようだな」
「大切な人って……リュシェ姫さまのこと?」
憂い帯びて青い芝を見つめ経緯を語っていた彼女の金の瞳が、ぱっと見開かれルカを捉える。ルカの黒とも茶とも言える色の瞳と視線を絡ませれば、またもの悲しげな笑みを浮かべた。
「……そうだ。私は、国に仕える騎士であり……姫に仕える騎士だった。姫の護衛隊長をしていたのだ」
全てが過去と化した言葉の数々に暗然とし、一行も口を噤む。そんな4人を一瞥すると、風に乗って散った若い木の葉を空中で掴み、フリードリンデは続きを紡ぎ出す。
「魔力は強いが……体の弱いお方だった。それでいてお転婆で、色んなものに興味を持った。私に黙ってよく、冥界の森へ遊びに行ってしまったものだ。
姫の身を案じて叱りつけた事は、もう何十回と。厳しい目付け役と思われていたのだろうな。
あの日も、彼女は城を抜け出し、一人森へ向かっていた。……空は重く、暗く……今にも降り出しそうな天気だった。そして、雷鳴が轟き始めた。私も血眼になって探した。
……しかし、私が見つけた時には、彼女は……
雷に貫かれ、身を焦がしていた」
リノが頭に浮かんだ全てを焦がす閃光に怯え、震える口を手のひらで覆った。先程見たばかりの雷光が、想像を手助けしより鮮明にする。
「……違うわ……違う」
静寂に響いたのは、ルカの声であった。フリードは再び目を大きく開き、ルカへ視線を向ける。
「リュシェ姫は……神罰で、命を落とされたのではありませんか?」
「っ……!」
「私にはとある故人が憑いているようなんです。それが、リュシェ姫さまなのでは無いかと、今は考えているの」
「…根拠は」
フリードリンデは、極めて冷静に問いかけたつもりだった。しかし、心では藁にも縋るような思いで、目の前にまた思い慕う大切な人が現れてくれないかと願っており、それが震える声色に発露する。
「今までの旅の話をした時に、概ね伝えたと思うのだけれど……、私には誰かが憑いています。恐らく、その人に呼ばれて転移してきたんじゃないかとまで思ってる。
それと今までの顕現した力から、それは強い魔力を持ち、神に近い女性……つまり王族の女性と、私たちは考えたんです。ここまでが前提。
そして……先程貴女の差し伸べた手を取った時、身体に衝撃が走ったの。それから、思い出した。私が旅の途中で見た悪夢……」
(ああ、■■■■……最後に、一目……)
「断片的で……きっと、苦しいところを切り貼りしたパッチワークみたいなものだわ」
(はぁ……っはあ……っ、お願い、言わせて……っ最後に、伝えさせて……っ)
「それでもそれは、彼女にとっての悪夢だった。きっと、彼女の最期の時。彼女が伝えたかったこと……」
(あの子に伝えたいの……!
フリード……ッ愛している!)
「彼女は最後に、貴女への愛を告げて、亡くなられた……?」
吐息すら吐き出せない一瞬の沈黙が、5人にはまるで長く感じられた。大きく女性にしては骨張った手で顔を覆ったフリードリンデは、やがて泣き出しそうな表情でルカを見つめる。
「まさか……。本当に、君の中に、リュシェ姫が……?」
それは、ルカの憶測を肯定するような呟きであった。
「お身体の弱い姫は、神罰に耐えられなかった。彼女を目の前で失い、そしてその全てを知ってしまった私は、姫の焦がれた亡骸を抱いて城へ戻り、全てを王へ話した。
神の子孫とも呼ばれる王族が、神罰で命を落とすなど外聞が悪いと思ったのだろう。姫は落雷に打たれたと報じられた。私は彼女をお守りできなかった罰として、遠征と言う名の追放を言い渡されたのだ」
「なんでっ、リンリン悪くないじゃん……!」
「リンリン?」
「あ、貴女の事です」
メロの即席あだ名に着いて行けなかった真面目騎士に、すかさずユウシャが説明を差し込む。
「そ、そうか。
……私が悪いのさ。彼女を守れなかったのは事実だ。彼女の気持ちに気付けなかった。彼女の想いが溢れ出す前に、もっと早くに、私が対処出来ていれば……。
でも、願えるなら……ノーム殿の許しを得て、この森を出て……彼女の夢を、辿りたい。彼女の駆け抜けたあの『冥界の森』で、彼女の夢を叶えたい……。ルカ、君の呼ばれた理由がそれならば、君と一緒に……ね」
ユウシャは唇が震えて声が出なかった。目の前のフリードリンデもまた、先ほどの話を想ってか、切なげな表情を浮かべていたからだ。ルカの中に自身が護れなかった無念の対象がいるのであれば、まだ剣を握ることを恐れている生半可な仲間を目の当たりにして不安も募ることであろう。
「剣を握り、その名を語るなら……自覚を持て。覚悟を決めろ。何、君が全力で……斬り殺すつもりで、私に剣を向けたとしても、絶対に死なない自信があるよ。そら、斬ってみろっ!」
「え? ひぃっ!」
唐突にフリードリンデが投げつけたのは、小振りな枝であった。鉛筆程のそれも、真っすぐ顔目掛けて放たれればビビるものだ。思わず飛び退いて枝を斬り付けた青年に気を良くしたようで、彼女はニタリと嫌な笑みを浮かべると、片手で持ち上げるにはやや大振りの石を拾い上げる。
「良いぞ、ユウシャくん。命の危機というものを体感しよう」
「たっ体感って、失敗イコール死では~!?!?」




