襲撃×救いの閃光
調べものもある程度前進したところで、パソコンは二つ折りに閉ざされ、リボン付きのバッグへと仕舞われた。
「どう、ルカ? 何かピンときたり……胸がザワついたりした名前はあった?」
ユウシャ抽象的な問いかけに、ルカは先程聞いた名を頭に浮かべる。しかし、自らの感情に変化も無ければ、憑いているらしい人物も特に行動を起こさない。
「……いいえ、今は、まだ」
「また振りだしでしょうか。或いは後々徐々に判明していくなど……」
「ね、ねえ。取り込み中ゴメンなんだけど、なんか聞こえない? バサッバサーッ! 的な」
静かな草原では、小さな音も拾いやすい。メロの口を尖らせ両手をバタつかせるジェスチャーから、大きな鳥でも飛んでくるのだろうかと、話を止めた一行は呑気に空を見上げた。
確かに、大きな灰色の影がいくつか見える。カモメにしては大きい。確かこんな大きさのコンドルがいたような。とまで考えて、此処は異世界と思い出したルカは、バードウォッチングを楽しみながらユウシャへ問う。
「随分大きな鳥ね。なんて名前?」
「ッギャー!!!
あああれっ、原種のモーショボーの群れだーッ!!」
モーショボーという名は記憶に新しく、遂に人の身体さえ視認出来る距離まで近付けばリノが立ちはだかり、水砲をいくつか打ち上げた。
「っ駄目です! この数……っ相手に出来ませんわ!」
「まごう事無き『害なす怪物』だよ! ってかあの血走った目見れば一目瞭然か☆」
ギラギラと光る三白眼は、どう見ても獲物を捕らえんとするものだ。剣を抜いたユウシャも、ぐっとグリップを握ってリノの隣へ並ぶ。その息は荒く、緊張が伺えた。
「クチバシだけでもっ、砕けたら……っぅわ、わー! 来るっ来る~!!」
無数の矢のように降って来るモーショボーの群れ。ルカは退避場所を探すべく辺りを見渡した。ならば、その瞳は視界に捕らえるだろう。
『冥界の森』に比べれば幾分か小ぶりな森を。
そんな深い緑の中で輝く、長いサンドベージュの髪を。
「此方だ! 走れーっ!!」
凄みのある女性の声に、堰を切ったように全員が振り向くと、考える間もなく森へと走る。全力で草原を蹴り上げる。
地面へ一直線に降下してきたモーショボーも、幾羽かそのまま突き刺さったが残りは寸でで方向を替え、また一行を追って羽ばたき始めた。
「はぁっはーっ、ひ、また来る……っ」
「振り向くな! そのまま走れ!!」
森に構える女性は鎧を身に纏いある程度か武装しており、戦に長ける事が伺える。女性のマントを翻し、四人が森へ飛び込むと同時。彼女は片手を向かい来るモーショボーに伸ばし、轟音と共に閃光を放つ。
ドォンッ!
生物の焦げた香り。漸く全てを一望したユウシャは、引きつった顔で呟いた。
「そんな……っ神域と言っても、過言じゃ……。でも、まさか……雷魔法……?」
「いかにも。ッ!」
必要な肯定の言葉のみを述べ、振り向いた彼女の猫のように鋭い金の瞳が、ルカを捉える。
「貴女は……っ」
「……ふう。てっきり新魔王についてかと思ったが……ルカの背後霊について調べてたのか」
一方、一頻りの通話を終えたリッチは書斎の椅子の背もたれへ深く倒れ込んでいた。そのタイミングを見計らったように、腕の中で暴れるジャックを何とか抱え、シルキーが隣へ歩み寄る。
「ああ、もう……余程リッチの腕の中が望ましいと見えられる。おや、『ルナデ・シルシオン』の王族をお調べに? 王宮に遣える友人がおります」
「おーよしよし。……ん、神に近しく薄桃髪の王族を探しているらしい。候補はここまで絞れた」
「ほう。……薄桃の髪、という点で言えば、一巡りほど前にもおられましたね」
「いや、既に亡くなられている方に限る」
「ええ、彼女も亡くなられております。まだ若く、20も巡っていらっしゃらなかった。そう、確か彼女の名は……」
「リュシェ、姫……?」
呼ばれたルカの目は大きく見開かれ、青い空を映し出した。
「……ええと、いえ。彼女はルカです。私はリノと申します。彼はユウシャ。こちらは……」
「メロですの☆」
まるで普段のリノの口調を真似るかのような幽霊少女の自己紹介に、緊迫した空気が解けていく。サンドベージュの髪の女性も穏やかに目を細め、まず目の前のルカへ手を差し伸べた。
「すまない、とんだ人違いを。姫はとっくに亡くなられたというのに」
「ひ、め……? ッ!」
茫然としていたルカが差し出された手のひらへ、ぼんやりと自らの手のひらを重ねたその時。
立ち上がろうと力を入れた膝が、がくんと再び地に着く。
「大丈夫か、ルカ。ここではまだ危ない。一先ず森の奥へ行きたいのだが」
「……ご、ごめんなさい。急に走ったから、身体がびっくりして。立てるわ。開けた場所まで案内してもらえますか」
ルカの穏やかな口調に問題ないと判断した女性は、木々の合間を縫い深い森へ先陣を切って歩き出した。ルカを案じつつ、仲間たちも歩き出す。当人は後ろを着いて行く素振りを見せながら、やや頬を上気させユウシャの袖を摘まんだ。
「……っと、どうしたルカ。おんぶしようか? って、え、あ」
「……ううん。ねえ、ユウシャ。彼女の呼んでいた姫君の名前……、本当かもしれない」
普段のひょうひょうとした姿とは違い、どことなくか弱さや憂いを感じるルカの表情に、振り向いたユウシャも思わず赤面してどもる。しかし、次いで打ち明けられた相談には僅かに目を見開き、前方を歩く女性の言葉を頭に思い浮かべると、声量を抑え言葉を返した。
「そ、それって、……君に憑いているのが“リュシェひめ”ってこと? でも、リッチからその名は挙がらなかった」
「見落としたのかもしれない。あの人が知っているくらい……きっと最近亡くなられたんだわ。
それに私……彼女の手に触れた時、衝撃が走ったの。身体を駆け巡る……まさにそう。まるで神罰なの。それに、こんなに顔が熱くて……。
彼女と私に憑く誰かは、何かしら由縁があるはず。そうでなければ、私が彼女のこと……」
「それはっ……無い、無いな! よし、ともかくあの人から話を聞いてみよう!」
ルカの憶測に、神罰を恐れてか、或いは私的感情からか、青年は即座に頭を振る。そしてないしょ話が聞こえない程距離を置いていた仲間たちに、何事もなかったかのように早足で追いつくのであった。




