海の星×新たな事件
それぞれが支度を済ませ、街の広場へ集まる。確かに食堂で呑み潰れたままの者も幾人かいたが、広場には多くの人々が集まっていた。
「そこ、グリフォンの通路を塞ぐな! そら、吹くぞ!」
ロレッタの夫が大きく息を吸い込んで、笛を吹く。以前トバリが吹いたその音より強く、遠くまで響いていくようだ。
騒いでいた住民も途端静まり返る。暫くすると黒い複数の影が見えたかと思えば、あっという間に距離は縮まり、街の白い石畳へ黒い翼を大きく広げた神々しい生き物が足を下ろした。
「わ! メロ、グリフォン見たの初めて~!」
「メ、メロ! 大人しくして!」
子どものようにはしゃぎ始めるメロを、妙に畏まって緊張を露わにしているユウシャが嗜める。グリフォンはそんなメロへ視線を向けると首を傾げ、ふが、と鼻を鳴らした。まるで、「何だアレ……」とでも言いたげである。
ロレッタが夫と共に一歩前へ出ると、グリフォンが歩み寄って二人を見下ろした。夫はすっかり逃げ腰だが、ロレッタがその手を握って離さない。暫く見つめ合うと、リノ、メロ、ルカ、ユウシャの順に見つめ合う。その後共に来て傍で腰を下ろしていた二頭のグリフォンへ顔を向ける姿は、声は無くとも何か相談しているように見えた。
再び一行へ向き直ると、ユウシャの胸にあるブロンズのバッジを一頭がクチバシで摘まみ上げ、後方へ下がった。バッジを取り上げられ、一瞬驚愕の表情を見せる。
全員が、息を呑んだ。
それからもう一頭が首に下げた小箱を開け、一つのバッジを取り出し、ユウシャの胸に押し付ける。落とさないようにと握ったそのバッジは、
銀色に光っていた。
「し、シルバーだ! すげえや!」
住民が声を上げる。そこから伝染するように囲む人々が騒ぎ始め、拍手まで聞こえてきた。グリフォンまでもがキャアと声を上げ、彼らの成長を喜んでいるようだ。
ユウシャは望んでいた光景に、瞳を潤ませる。涙を堪えようと歪む顔を俯かせたユウシャの頭に、温かなロレッタの手のひらが乗った。
「おめでとう! そのバッジ、きっとここに来るまでも、色んな人を助けたのでしょう。
貴方たちはまるで……私がずっと焦がれていた、海に広がる希望の星々のようだわ」
「うーん? それって、ヒトデ?」
「あっはは! いいえ!
……朝の陽ざしよ」
ロレッタが指し示す方には、青い海が広がっている。その先には太陽が昇り、海面をキラキラと輝かせていた。
太陽は街を白く照らし、ふわりと通り抜けた潮風は独特の匂いで鼻をくすぐる。
グリフォンが静かに立ち去り、住民と共に朝日が昇り切るのを眺めていたその穏やかな時間に、まるでヒビを入れるかのように一人の男が騒ぎながら広場へ走って来るのが見えた。
「ぉーぃ、……おーい!」
「なんだい、王都の記者は嗅ぎつけるのが早いね」
男が持っている紙の束は、新聞のように見える。住民が呟いた通り、『ソルス・スピロ』の新聞記者のようだった。
「良かった、『シーサイダース』の霧が晴れたんだな! それはまた改めて取材させてくれ。
それより、号外! 号外だよ! 皆集まってて丁度いい、持って行ってくれ、ほら、あんたも!」
しかし、どうやら取材が主な理由では無いようである。その場に集まる住民に抱えていた紙を配り出す。
「こっちは昨日晴れたばっかりで忙しないってのに、何さ」
「昨夜新しい魔王が就任したんだ!」
「ほー、そりゃ良い刺激になる。前魔王は大人しかったもんな」
「刺激どころじゃない、『ソルス』の次期王が攫われたんだ!」
「は!?」
ユウシャが驚愕の声を上げた。住民も人数分に足りない新聞を覗き込んではどよめき始める。
「そんな……ありえないだろ。どういう事だ?」
そのまま彼は住民の一人から新聞を取り上げ、目を通し始める。気が弱く優しいユウシャの焦燥から来る一面に、ルカは目を見開いた。
「王宮から直々に報告があった。まさか何で王子を~とは思うが、間違いない。大事件だ、冒険者協会にもすぐ通達が行くだろう」
「皆さま、私達は新たなバッジを手にしたのです。まるで示し合わされたかのようですわ。」
「うん、そうだよ! 助けに行こ!」
「待って。」
直ぐにでも魔王の元へ向かおうとするリノとメロを、ユウシャが牽制する。そうして顔を上げたユウシャの表情は酷く冷静で、陰っていた。
「皆……ごめん。『ソルス・スピロ』に向かってほしい」
今までの表情豊かな彼からは想像もし得ないその冷静な姿に、リノやメロも逸っていた気持ちを抑え、同意する。
「そ、そうですわね。一旦状況やお話を伺いませんと……」
「ラスボス相手に準備は必要だ☆」
ユウシャはこくりと頷くと、住民らに頭を下げて街の出口へと歩き出す。その手を、ルカが掴んだ。
「ユウシャ! ……秘密でも良い。私たちはお互い、分からない事だらけだもの。……でもね、一緒よ。みんな、一緒じゃなきゃ駄目なんだから」
ユウシャが足を止める。振り返ると、今まで旅を共にした三人が微笑んでいた。それに少しだけ強張った表情は緩み、そこに憂いを含んだ笑みを浮かべる。
「……ありがとう。時が来たら……ちゃんと、話すよ。一緒に着いてきてほしい。
俺たち……一人でも欠けたら駄目、なんだよな」
その言葉に、一斉に三人でユウシャへ飛び付いた。後方から追いかけてきた住民らがお別れに手を振っている。改めて一行は、彼らに向き直り笑顔で手を振った。
次なる行先は、王都『ソルス・スピロ』。一行は迷いなく、歩みを進めるのだった。
7章『シーサイダース』 完




