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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
はじまりのそうげん
6/88

ウンディーネ×ライカンスロープ

 

「あら、そうですけど」


「え、え!? だって、男!」


「四精霊は持ち場を離れられない……、グリンディローが言っていた。

 シルフ、ノーム、サラマンダー、それとウンディーネ。

 買い物で森すら離れられたのなら、彼女はウンディーネじゃないわ」


「そ、そんな……俺の初恋、ウンディーネ……。お前っ、お前知ってて黙ってたのか!? 俺はさぞ滑稽だったろうな!? ばかにしやがって、どいつもこいつも、俺がちびすけだってばかにしやがって……!」


 神経毒は切れかけた頃だろう。しかし心に負った傷は癒えず、ウンディーネを恨めしそうに睨みつけながら草原に蹲る姿はその顔立ち相応に子犬のようにも見えた。


「彼もまた、貴方をばかになんかしてないわ。貴方が嫌いなら追い払えるだけの力もある。傷付けても構わないのなら、泉から少し離れていたとはいえ、私たちの戦いに手出しも出来たはず。

 何を失望する事があるのかしら。貴方は間違いなく初恋の精霊に出会えた。そしてまた彼も、貴方を忘れず想っていた。

運命の再会よ、ウンディーネ×ライカンスロープ」


「うわあーーッ!!」


 天から注ぐ光の柱に照らされた人間の乙女が、小さき獣へ手を差し伸べる。

 その温かく優しい輝きと裏腹に、捧げられた言葉はライカンスロープの心に先程とはまた違う衝撃を走らせる。精神的大ダメージに、小さな体は草原へ転がった。


「い、泉の上で助かりました……。何でしょう、今の痛みは……」


「彼女の呪術です! って、精霊巻き込んじゃダメだろ」


「え、これ公式じゃないんですか?」


 公式がやってたと思ったら妄想だった、はよくある事である。発言には気を付けたいものだ。

 ウンディーネは水面に膝を沈ませ屈み込んではいるものの、戦闘不能には至っていないようである。

 一方ルカの手には、いつの間にかスケッチブックも顕現していた。


「も、もしかして貴女……同志ですの~!?」


 更に事をややこしくしそうな言葉が、麗しき精霊の乙女の口から放たれる。ルカは力強く微笑み、ユウシャとウンディーネは関わらぬが吉、と戦闘不能のライカンスロープの介抱を始めたのだった。




「私、路地裏の我楽多屋でこういった絵画を買っておりましたの」


「それは……BL漫画! この世界にもあったのね」


 精霊の乙女が手荷物から取り出して見せたのは、男性同士が見つめ合う表紙の漫画だった。繊細な指先ではらりはらりと頁をめくりつつ、彼女はルカの言葉に頭を振る。


「いいえ……恐らく此方はこの地で作られたものではありません。我楽多屋は世界の端、時の隅に流れ詰まった我楽多を売り出す店です。この世の掟に囚われない代わり、認知もされない存在。彼は楽しんでやっているようですけれど。

 それで私、この素晴らしい本たちと出会いましたの!考えもしなかったわ、殿方同士の恋愛なんて!取り分け()()()()()()()()()()()()ですから…、こうしてひっそりと買いに行っては、ひっそり独り、読みふけっておりましたの」


 彼女と本の良き出会いに感嘆しつつ、ルカは自身のいた世界との繋がりを知り、安堵した。半面、この世界で己の趣味はあまり良くないものとして扱われている事を知り、表情を曇らせる。


「ありえない事……か。まあ、そもそも私の世界でもナマモノ(おおやけ)掛け算なんてやったら大炎上ものだよな……。これ、続けてていいのかな……」


「……ルカ!君の言葉(それ)は君の剣だろ。

 俺たちは戦わなくちゃいけない場所に赴いてる。君に戦う事を強いてるのは、俺だ。

 それに……君のその力には、きっと意味があるんだと思うよ。現に俺、助けられてるし! 無責任、かもだけど」


 ライカンスロープはいつの間にか泉の岸辺に寝かされ、泉の水を使って自分の手当てをしていたユウシャが力強く声を上げる。いつになく弱気なルカに、黙ってはいられなかったのだ。

 ルカにとって、自身の行動に無理くり正当性を持たせようとする発言は、何となく苦手なものであった。それでも、この世界に呼ばれた理由が悪党になる為であれば、精一杯の悪党を演じてみようと思えるだけの元気をもらって、小さく微笑む。

 そんな二人を見て、精霊の乙女も優しくルベライトのような目を細めた。


「……私ね、こうして外の世界に用があるものですから、ウンディーネの継承を拒否したんですの」


「そんな。ま、まあお使いを頼めるようなものじゃないけど、四精霊の力って物凄いんでしょう? 勿体無い、っていうか…」


 ユウシャが驚いたように零した言葉に、精霊の乙女こそ驚いて目を見開く。


「まあ、無責任とは言いませんのね。……私、力などいりませんから。

 ですから弟に押し付けたんです。どうです、酷い姉でしょう?」


「私は構いません。構いませんよ、姉上。姉上こそ、結局この地に……私に、縛られているではありませんか」


「いいえ……罪悪感など抱かないで、ウンディーネ。貴方は私を恨んで良いのに…」


 泉のように透き通った美しい声で掛け合う、悲しく自らを責め合うばかりの一風変わった姉弟喧嘩は、木々の葉擦れと混ざり合って森へ溶けていく。


「意味の無い事で揉めるなよ、ちくしょう。うるせー……」


 額に乗せられたウンディーネの手を払い、のそりと小さな獣が目を覚ました。


「あら、おはよう」


「あっよくもやりやがったな、人間の女! もう一回勝負しろ!」


「駄目だ駄目だ。その前に戦利品の押収」


「…ない! なんも持ってない!」


 起きたばかりというのに血気盛んに吠えていたが、ユウシャに戦利品を求められれば一変して慌て、あからさまに腰に下げた古びたバッグを尻の方へと回して隠している。そんなライカンスロープにルカはゆっくりと近付いて、羽ペンを持った手を差し出した。


「……分かったわ。何も取らない。その代わり、貴方の記憶を見せてほしい」


「は……? へ、変なやつ、書けって? 俺字なんか知らねえ……違う? なんだよ、勝手にしろ!」


 促されるままにペンを挟んで手が重ねられるならば、小さな狼男の辿った軌跡がルカの頭へと流れ込んでくる。



『ちくしょう、身体が小さいからって、ばかにしやがって……。ああ、あった! 水!』


 今より一回りほど小柄で幼げな狼男が森の中、悪態を付きながら一匹歩いていた。輝く泉を見つけると、嬉しそうに駆け寄って、四つん這いで顔を付ける。しかし小さい身体はどんどん前のめりになって、遂に泉へと落ちてしまった。


『ああーっ! わっぷ、うわっ!』


 犬かきで岸辺へあがろうと試みる少年だったが、寸での所で泉へ引き込まれてしまう。悪戯好きのケルピーの仕業だった。

 死ぬ。そう強く感じた時、自らの身体が急浮上する感覚に襲われる。恐る恐る瞼を開くと、目の前には青い髪の美少女が心配そうな表情で自身を見下ろしていた。


『大丈夫? ごめん、私のケルピーが……』


 自身を対象にしたそんな表情も見た事が無ければ、謝罪の言葉も聞いた事が無かった。ダムが決壊したように泣き出せば、美少女はまた心配そうに背中を撫でてくれる。

 少年は全てを吐露した。身体が小さくて群れを追い出された事。怖くて獲物が捕まえられない事。

 美少女もまた、自らの身の上話をしてくれた。これからウンディーネを継承し、泉から出られなくなる事。外の世界を見てみたい気持ちはあったが、それを打ち明ければ傷付く人がいる事。

 二人の心が、独りで抱え込んでいたものを打ち明ける事で癒えていくのを感じた。そして、少年は決意する。


『おれ、強くなる! すげえ強くなって、帰ってくる! 一等初めに捕まえた獲物、お前にやる! それからっ、いっぱい外の話、おれが聞かせてやる!

 だからその時は、おれの嫁になれ!』


 声を張り上げて伝えられた告白に、美少女は困ったように苦笑した。肯定はしないまでも、彼の手を握り、祈るように目を閉じる。


『君が強く、強く生きられますよう。その足で軽快に野を駆けられますよう。素敵なモンスターや人との出会いがありますよう。

 そして、沢山楽しい話を持って、私のところへ帰ってきますように……-』



 ルカが瞼を開く。そして添えられたライカンスロープの手をバッグへ返した。


「良いじゃない、男だって」


「……え? っだから、無理だって!」


「そうじゃなくって。良いじゃない、夫婦、恋人、友達……名前なんて、何でも。

 貴方はいろんな話と戦利品を持ってここへ来たんでしょう? 喜ぶわ」


 ライカンスロープは小さく目を見開く。それからウンディーネを見つめれば、あの時の面影を残した微笑みが、そこにはあったのだ。

 バッグから取り出されたのは、綿の出た兎のぬいぐるみだった。恥ずかしそうにきゅっと口を結んで、ぐいぐいとぬいぐるみをウンディーネに押し付ける。ウンディーネは大切そうにそれを抱き上げた。


「素敵な贈り物だ。……聞かせてほしい。私が泉に佇んだこの何十巡りの時、君が廻った世界の、君だけの旅のお話」


「な? 君の紡ぐ言葉……悪いことばっかじゃないだろ?」


 見つめ合うモンスターと精霊を眺め、肩に手を置き微笑むユウシャに、ルカも微笑みを返す。そろそろお暇の時間だろう。荷物を纏め、立ち上がる。三人へ別れの言葉を掛けようというところ、精霊の乙女が涙を拭いながら声を上げた。


「姉さま、安心しました! 弟に良い伴侶が出来て!」


「は!?」


「後は若い二人でごゆっくり!」


「姉上と歳、あまり変わりませんが」


「私、このお二人と旅に出ます!」


「「え!?」」


 誰の同意も得ていないまま、精霊の乙女は泉から自身の荷物を取り出す。と言っても、流木に青い球状の宝石を嵌めたようなステッキ一つだ。


「私水を司る精霊、リノと申します。以後、宜しくお願いいたしますわ!」


「い、いやちょっと、精霊様までお守り出来るような力は俺たちに無いって言うか……! 美女が増えるのは嬉しいですけど!」


「あら、守ってほしいなんて申し上げておりませんの。お二人はどちらに行かれます?」


「まだ決まっていないけど……、私は我楽多屋に会ってみたいかな」


「それでは私が案内して差し上げますわ! さ、行きましょ行きましょ」


 精霊の乙女はノリノリな様子で二人の背中を押す。リノだけに。


「姉上を、宜しく頼みます」


「頼まれても!」


 全く理解のある弟である。ライカンスロープも送り出す気満々で、ウンディーネにぴったり寄り添いながらも無愛想な顔のまま、手を振っていた。


 こうしてユウシャ、ルカのパーティーに水の精霊、リノが加わったのであった。




 1章『はじまりのそうげん』 完

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― 新着の感想 ―
[良い点] 腐女子ルカの異世界転移。自分も腐女子の為、ルカの発言がとても面白かったです。 誰も彼も男の姿のモンスターに、羽根ペンとスケッチブックを手に、まさかの精神ダメージを与えていくスタイルに、くす…
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