目覚め×世界の掟
「っはっ!? うっごほっはぁ……っ」
「ルカ! 良かった、目を覚ました……! ルカの勝ちだよ!」
目覚めて早々咳き込むルカの背中をユウシャが撫でる。ルカがゆっくりと顔を上げると、コバルトグリーンのショートヘアをふわふわと揺らした少年が、自らの顔を覗き込んでいたことに気が付いた。
「んふ☆ おはよ、るかるかセーンセ!」
「メロ……ッ」
ルカは堪らなくなって、少年を抱きしめた。しかしその腕は空を切り、何も捕えない。触れられないと分かっていても、彼の額に自身の額を擦りつけるような素振りを見せると、メロはくすぐったそうに笑った。
「るかるかセンセーとペンちゃん(姉)が寝落ちて、ペンちゃんだけ帰ってきたから焦ってさ~。センセーの身体スキャンしてみたら、悪夢にログインできちゃった☆
メロくんってば超有能~てゆかセンセが施錠甘すぎ? ま、仕組みは謎だけどね!」
「……ありがとう」
「やだな~照れるし☆」
「熱いものを感じませんか……ユウシャ」
「うん、よくわかんないけど、友情だねっ!」
「その……ゴメンナサイ、巻き込んで……」
リノがまだ男体であるメロとルカの絡みに熱いものを感じ、それをユウシャが良い友情と称えていたその時、消え入るような少女の声が聞こえれば、一斉に振り返って声の主を確認する。そこにはセルキーに支えられ、弱々しく立ち上がるシンの姿があった。
「シン! 良かった、無事で……」
安堵に息をつくルカの視界の端には、シーサーペントの姉妹の姿も映る。姉の表情は曇ったままだが、背をぴんと張った二人の姿は雄々しく、気高いものに見えた。
「おまえのかいばしらが切りはなされたのは、おまえがわれらの大切なしんぐをうばったからだ。われわれは、返してもらったのだ。だが、……これしきのことで、ゆるされたものとおもうな。おまえがおかしたのは、それほどの大罪である。
しかし今、われらはこのにんげんどもにかんぱいした。だから……ここで手打ちにする。このものらのねがいをきき、かならずやしかるべき場所へ帰すのだ、シン」
「は、はいぃ……すみませんでしたっ!」
姉妹の気迫にやられ、シンは衰弱した身体で涙を瞳に溜め、小さく丸まった土下座で謝罪する。姉からの返答は一切なく、シンを一瞥すると岩場へ潜るように去っていた。妹も後に続くであろうその直前、恍惚とした笑みを浮かべてナックラヴィーを見つめる。
「ナックラヴィー……元に戻ったらまた殴りアイしようなっ!」
そうして二匹が泡立つ深い海へ消えた頃、シーサーペントから隠れるように自らの後方に回っていたナックラヴィーに、リノが苦笑した。
「ふむ。決して良い意味とは言えませんが、気に入られたようですね、ナックラヴィー。しかし彼女はきっと……競うのを好んでいるだけです。ねえ、どうです。シーグラス集め対決など提案されては?」
ナックラヴィーは好きなものを提案として持ち出され、嬉しそうに頬を染めて紅い瞳をギョロギョロと泳がせている。下腹部の馬もいなないて、一行は穏やかに微笑んだ。和やかに時が過ぎるのを感じたが、いつまでもそうしてはいられない。
「ちょっと、聞いてぇ。シンの魔力は著しく弱まっているわ。元に戻れるだけじゃなくって……みんな、息出来なくなるわよぉ! 急いで海面に、ね?」
「それはまずい! っていうか、捕らえられた人たちは!?」
「大丈夫、だと思う……上、上」
シンの指し示す指に視線を誘導され、海面を見上げる。するといつの間にか日の射す海面に、大きな葉っぱ型の影が現れたのだ。
「メロくんたちが乗ってきた船!?」
「あ、そうだったんだ。きっとキミらを探してるよ。
……あのさ、ほんとボク、めっちゃクズい事してごめん……。メンタル回復したら、陸にも謝りに行く。セルキーが、一緒にいてくれるから……、どんな痛みだって、ガマンする。
キミらの願いは、霧を晴らし陸の街に皆で帰ること。それで良い……?」
「……そっか。うん、償いは当事者にしか出来ないことだからね。
お願いに関してはそれで問題無いよ! ね、ルカ!」
「そうだな、ユウシャ。でも……一つ、気になっていたことがあるんだ。良いか?」
シーサーペントの命に従い、一行の願いを訪ねるシンへ、ルカが一つ問いかける。シンとセルキーが顔を合わせ、質疑応答の時間は残されているだろうとの判断でこくりと頷くならば、ルカは次いで言葉を紡いだ。
「俺が貴方の真相に近付いた時、貴方はあれが痛いと言ったな。その痛みは、シン……いや、この世界に生ける者たちが同性を愛する事を酷く恐れていたり、ありえないと考えていたりすることに繋がっているか?」
シンは驚いたように目を見開く。
「え……キミら、知らないの? それはこの世界の掟破りだよ」
一行が顔を見合わせて黙り込むならば、あまり周知された話では無いのだろうとルカは推測する。
「その……確かにあり得ない事だって、心の底に根付いているような感覚さえあるけど……」
「そうさ。この世界は二柱の神から生まれたんだ。神の決めた世界の掟が根付いている。
ボクが受けたのは神罰だ。神は今も創世したこの島を監視している。自分たちの願う姿から逸脱しないように……」
ルカの頭に、島を見下ろす大きな女性と男性の姿が思い浮かんだ。それはまるで、自身の世界で地を亀と象が支え、端に果てがあると説かれていた頃を想うようだった。
「ボクが一度目に食らったのは、セルキーへの想いを呟いた時。雷に打たれたような……モリに貫かれたような? いや、どっちも経験無いけど。とにかく、ものすごく痛かった! この時、ボクは自分に起きた事象について調べたんだ。
そして二度目は……さっき。セルキーが、ボクに……あああ、ダメだ! 口にすればまた罰を受ける!」
「私は良いわよぉ。でも、続きは元の姿に戻ったら。
さあ、シンの答えには満足したかしら? 船まで送るわぁ。精霊さん、手伝ってね」
シンの表情が引き攣っているのを見れば、神罰がどれだけ酷なものだったか想像に難くない。それでもセルキーを見つめるその瞳に熱が籠り、その視線が逸らされることなく絡められるのは、神の見通せない心の内に長年隠した大きな愛を彼女が見つけ、受け止めてくれたからであろう。
リノはセルキーの言葉に頷き、自身を名残惜しそうに見つめる血のような瞳に向き直った。
「精霊……ワタクシの、ワタクシ……」
「必要ならボクこの人押さえとくけど……」
「いえ、……いえ。ナックラヴィー。貴方のモンスターとしての性が誰かを傷付けようと、貴方の優しい心に触れた者は知っています。貴方が温かく、美しい存在だと。そして、得てして同じ温かみを持つ命は惹かれ合うものです。貴方が拳を収め、心を開けば、沢山の温かく、優しい者たちに囲まれることでしょう。
優しい貴方を無意味に虐める者がいたならば、駆け付けましょう。今度は、泉の乙女の姿ですが」
リノがウィンクを一つ添えると、紅い瞳の上で長いまつ毛が揺れる。乱れた髪を弄りながら一歩下がるのならば、彼女の中で一行を見送る覚悟が出来た様子であった。




