戦闘狂×シーサーペント妹戦
ルカが微笑みで心の内の不安を払拭してくれようとするならば、応えるしかない。ユウシャは腕に力をめいっぱい込め、モリを跳ね飛ばした。
「リノ様と一緒なら、あたしやれます!」
「ええ、ええ! さっさとこんなものは片付けて皆様の回復にあたりましょう。戦に狂った怪物に慈悲は与えません」
「端からいらねえっつの。慈悲なんて力の足しにもなんねえ。……そうだ、まずはお前にアレ、試してみるかっ」
心から争いを楽しんでいるかのようなその姿は、一般的に客観視すれば正しく“狂気”そのものだろう。蛙のように高く飛び上がると、モリをリノ目掛け振り下ろす。杖で弾かれるのは分かっていて、何度もがむしゃらに振るった。そこに戦術は無くとも、パワーはある。杖から腕を伝い身体まで痺れさせる衝撃に、リノは表情を歪ませた。
「やめろーっ! あ、あたしだって、やれるんだぞっ!」
「いけませんユウシャッ! っくう……!」
ユウシャが剣を振り上げ、シーサーペントの後方から大声で威嚇する。シーサーペントを挟む形となれば、彼女がユウシャへ牙を向けた瞬間リノが助けに行くのでは間に合わない。威嚇するばかりで攻撃の一手が出ない少女へ、シーサーペントが向き直ろうとした。阻止するべく、まだ自身へ向けられているモリをリノが素手で掴む。その直後、身体がぐわんと揺れ、その場に片膝を着いた。
「よっ……と、マジで効くな、精霊封じ!」
「嘘……っやだ、離せっ!」
それは、シンが使っていた術の名であった。
リノを一時的でも無力化させれば、ユウシャには片腕を伸ばし、その両手を剣ごと掴み上げた。
確かにシンの貝柱を食してからの二人は一層の力を得て強化されている。しかし、背中を向けた相手に対し傷一つ付ける事の出来なかった自分の不甲斐なさには、ユウシャも絶望せざるを得なかった。
「そうだ、お前ら並べよ! まとめて串刺しにしてやるっ……、あ?」
ドッドッドッ
シーサーペントが愉悦に声を弾ませていると、海底を強く蹴り上げる音が響き始める。振り乱れる灰色の髪。雄牛の血液のような深い紅の瞳を光らせたその姿は、黄泉から舞い戻ったと言われれば信じてしまいそうな程イビツであった。
「オ゙オオォァアアアッ!!」
ナックラヴィーの攻撃は、至極単純である。素手で殴る。それだけだ。
但し、両手が塞がってノーガードなシーサーペントの頬へそれがめり込めば、相当なダメージになる。
衝撃で後方へ数メートル飛ばされ、リノとユウシャが彼女から解放されれば再びナックラヴィーがシーサーペントの前へ立ちはだかった。
「ナックラ、ヴィー……貴方も、怪我を……」
「オォオ……! 妖精、ワタクシのォオ!」
此方もある意味狂気に満ちていたようだ。
「やってくれたなァ!」
シーサーペントが口の端の血を拭い、モリをナックラヴィーの人体へ向け突き上げる。ナックラヴィーもそれを甘んじて受ける訳も無く、かと言って避けるという頭もなくその鋭利な先端を片手で握り込んだ。そして激痛が走るであろう手のひらに怖気づくことも無く、ナックラヴィーは空いているもう片腕を振り上げ、シーサーペントの脳天目掛け、振り下ろしたのだ。
「っってェ……!!」
振ってきた拳を寸での所で自身の腕にて受け止めると、身体に衝撃が走る。痺れるという表現では済まされない、強い痛みだ。それがシーサーペントには甘美に感じられたようで、恍惚な笑みを浮かべたままモリを離し、その拳でナックラヴィーの頬を殴りつける。
ドゥッ! と激しい音が響いて、ナックラヴィーの頭が揺れた。血濡れの手で掴んでいたモリが落とされると、すかさずシーサーペントが拾い上げて対峙者の首に狙いを定める。
「やめろおおお! うおおおお!」
そこに、拍子抜けするほど大きな声を上げ、剣を振り上げたユウシャが走ってきた。あまりに無防備で間抜けな姿に失笑しつつ、未だ脳震盪を起こしたままのナックラヴィーを一瞥してからユウシャへ狙いを変える。
「アイツほんと、馬鹿か」
「いえ、単純なのは貴方かと」
「なにっ!?」
背後をいつの間にかリノに取られていた事に驚き、シーサーペントが振り返ろうとする。しかしそれより先、彼女の腰に逞しい腕が回る。その場に踏ん張れる猶予が無かったシーサーペントの身体が浮き、アーチ状に宙を舞った。そう、これは。
「失礼、レディ!」
「ごぎゃっ!!」
ジャーマンスープレックスが決まったのである!
「武器没収っと。さすがです、リノ様っ!」
「ええ、ようやく彼女も戦闘不能です……。そちらの淑女の手当てにあたりましょう」
リノはその場にシーサーペントを寝かせると、片腕が血濡れの女性へ歩み寄る。リノが悲し気に眉を顰めると、ナックラヴィーは安心させるかのようにニタリと笑みを浮かべ、リノの顔を血まみれの手でべたべたと撫でる(塗りたくる)のであった。
「うっ……ええ、ええ。傷を塞ぎましょうね……」




