二手×海中戦闘
現れたのがシーサーペントの妹となれば、後は話し合いで解決するだろう。リノはそう判断し、既に先手を打とうと向かってきているナックラヴィーへ意識を集中した。
「ま、待って、妹さん!? 逆っぽいけど……。あ、あたしたち保護しようとしてただけで! 妹さん見つかって良かったねっ、さ、早く逃げて逃げて!」
とにかく迷子のシーサーペントの件はこれで解決と、戦場と化すこの場から離れるようユウシャが訴える。姉は興味も無い様子で飛ばされたモリを何らかの力で引き寄せた。妹は引きつった笑みのユウシャを一瞥すると、背に携えたもう一本のモリを構えた。
「お前ら人間だろ? ルサールカの岩場に入ってないってことは、死んでもいいってこったな?」
「何!? なんでそうなるの!?」
「シーサーペント、戦闘態勢に入った! 個体ではランクD-が妥当ってとこだけど……ヤバいね、揃うとナックラヴィー超える☆」
メロに言われるまでも無く、ユウシャらは姉妹の強さを肌で感じていた。
「ナックラヴィーは自分の領地に踏み入られた。だから俺たちに拳を向ける。
姉君は傷一つ無く君の元へ帰っただろう。君たちが武器を向ける理由はなんだ?」
リノがナックラヴィーを相手取ってくれている間、此方の主戦力はユウシャ一人だ。ならば策は話を長引かせることしかルカには浮かばず、剣のグリップを握るユウシャの手を押さえるように自身の手を添え、好戦的な妹へ問いを投げる。
「理由? あーほら、お前らがよく言う『害なす怪物』……っつったか? アレだよアレ。
襲いたいから襲う。それだけだッ!」
「ひぃーっ」
ユウシャは情けない悲鳴を上げつつも、飛び掛かる妹のモリを剣で受け止めた。キィン、と金属がぶつかり合う高い音が響き、一行は顔を歪ませる。
ルカは後方の姉の動きを注視した。今は様子見しているようだが、何か攻撃を仕掛けてくるようならこの身体とリノの杖で受け止めるほか無い。
「うわーっどうしよ! ルキっちやっぱ手伝っ……あれ? ルキっちどこ!?」
「こっちこっち~。だから言ったのにぃ。……ふう。お待たせぇ」
アナライズしか出来ないメロが頭を抱え、望み薄であれ海の案内人に助けを求める。その当人がいつの間にか消えていた事に焦るものの、彼女もまた一行を見捨てて逃げてはいないようであった。
セルキーの手には腕の長さの、白くいびつな棒状のものが握られている。それを躊躇い無くルカへと投げ渡した。
「ルカ、使ってみて? 貴方の精神力に賭けるわぁ」
「っと……剣? いや、これは……、っ」
ルカの手に渡ったのは、確かに形としてはグリップも鍔もある、まさに剣だ。しかしその刀身は、砂浜に横たわる白いサンゴに酷似していた。
本当にサンゴであるならば、強度は期待できない。ただ考える間もなく飛んできた水砲は、この剣で弾くしかなかった。
「っく!」
「うそ、弾いたっ!」
水砲はサンゴの剣に当たった瞬間、泡のように爆ぜる。剣を握るルカにダメージも無い。一見脆そうな剣の意外な強度を間近で見た妹は、恍惚とした表情で舌なめずりをした。
「姉さん、やっぱあたしこっちが良いっ」
「だめ。シーちゃんはそっち終わらせて」
先程まで幼げに煌めいていた姉の瞳は、今は冷酷な落とし穴のように黒く陰っている。水の弾を打ったのは彼女だったようだ。
次に海底の岩を蹴り上げ、一気にルカとの距離を詰めた。咄嗟に慣れない剣を横に構えたところ、淀んだ墨のようなオーラを剣が放ち、姉のモリを受け止める。そこにルカの力は大して加わっていないようであった。
「っこれは……」
「やばいもの、もってきたね……っ。あなたにはソレ、つよすぎる……!」
「……そうかもしれないな。でも、勝機がここにしかないならっ」
「あっ!」
そこにルカが力を加え、姉のシーサーペントを弾く。体勢が崩れた。
「やるしかない……!」
ルカが両手でグリップを握り、目一杯の力を込めて剣を縦に振り被る。
「っぐあっ!!」
「姉さんっ!?」
それが身体に直撃すれば、小さな体はカジキのような速さですっ飛んで行き、やがて岩場にめり込んだ。今まで戦闘狂と化していた妹も、「ねぇさぁん!」と情けない声を上げ、姉の元へと去っていく。
その途中、悔しそうに振り返ってはルカへ宝石の付いたペンダントを投げつけた。戦利品のつもりだろう。ユウシャが苦笑したその瞬間、ルカの身体がぐらついた。
「勝った……、ッルカ!?」
投げられた装飾品にルカをよろめかせる力は無い。ルカはただ、急に襲ってきた酷い眩暈に膝を着いたのだった。
「ふんっ! 良い拳です!」
「あナた……ッ、ぉまエ、おマえオマエェ……! からかうノもッ、大概にシろぉ!!」
ユウシャたちが激戦を繰り広げる一方、ナックラヴィーとリノは拳を交わしていた。一方的に拳を振り下ろすナックラヴィーが優勢かと思われたが、その実拳は全てリノに受け止められ、流されていた。
「からかっているのではありません! 貴方が落ち着いて話が出来るよう望んでいます!」
「おまエが、わタくしの場所ニ、侵入したんデしょォッ! ツブす、潰スッ!」
「っく……それは、謝りますっ。申し訳ない。もう、ここは離れますっ。許して頂けませんか……っ?」
「許さなイ!! 許サない許サナイ…! 殴れ、オマエも殴レ! わタくしを恐れロォ!」
受け流されるばかりの戦闘からくる疲弊か、或いは苛立ちか。ナックラヴィーは金切り声を上げると更にがむしゃらに長い腕を振り上げ、拳をリノへ突き落した。
「いえ、恐れるなどと!
貴方は美しい」
「エッ……」
リノはその拳を掴み、引っ張る。女性の顔が目の前まで迫ったところで、乱れた灰色の髪を耳に掛けてやった。オックスブラッドの瞳が泳いでいる。暫く見つめ合っていると、ぶるる、と馬が気まずそうに鼻を鳴らした。
慌てて女性はリノの顔を押しのけるが、その抵抗の力は酷く優しい。
「ヤダッ……バカァ!」
初心な少女のような言葉を残し、大きな手のひらで顔を隠しながらナックラヴィーは去って行った。
その帰り道に点々と光るものを見つけ、リノは屈みこむ。拾い上げてみれば、それはシーグラスのようであった。
「……おや、可愛らしい趣味までお持ちのようです」




