迷い子×荒くれ者の領域
話はまとまり、目標は定まった。いざシンの元へと逸る気持ちにユウシャが立ち上がると、目立ったオブジェクトもない、岩と海藻が散らばる海底を見渡す。
「それで……セルキー。シンの居場所はわかる?」
「もちろん、案内するわ。……あ、出掛ける前に一つだけ。
やっぱりモンスターって、気性が荒い子もいるのよねぇ。ほら、ルサールカはちょっと話を聞かない程度だけど、また貴方たちを見つけたら襲ってくるでしょうし……、他にもっと凶暴な子もいるわ。
でも私、自分に売られた喧嘩じゃなければ、参戦しないからぁ」
唯一外界と隔てていた大きな海藻を手で除け、まさに冒険へ旅立とうというその直前、振り返ったセルキーが放った一つの制約は冷ややかに感ずれども、至極真っ当なものであった。
つまり、セルキーはあくまで一行が生きている間の案内人であり、戦闘において手助けは一切無いのである。
「……うん、ルカの強力な呪文が使えない今、少しでも戦力は欲しかったけど……、これからも海で生きていくセルキーに強いる事は出来ない、よね。わかった、案内宜しく」
「あら、霧に魔法を封じる効果は無かったと思うけどぉ」
「ああ~、えっと、ルカの魔法は一定条件下でしか発動出来ないの。凄く、強いんだけどね! もったいない……って、今までが頼りすぎちゃってたよね。改めないと」
まさか男が二人いないと攻撃できないなどと話せるはずもなく、寡黙なルカに代わってユウシャが説明を始める。しかし今まで自身にあった甘えの気持ちも思い出す事となり、肩を落とした。
「いや……、百合も嫌いではないが。……うん、ごめん」
「? ふぅん……」
対して落ち込む彼女の為にスケッチブックの顕現を試みるルカであったが、心から望むものにしか応えない武器は現れることはない。早々に謝罪を述べ、揺れるアザラシの尾を追って歩き始めた。
「けっこう泳ぐわよぉ」
「景色に変化はないよう感じますが、海に住まう皆さまにはまた違って見えるのでしょうか。……、おや?」
よく迷わないものだと感心するリノが辺りを見回せば、小刻みに震える太い紐のようなものが視界の端に映る。足を止めて注視すれば、それは爬虫類の尻尾に酷似していた。その先を辿ると、蹲る身体をパステルピンクの髪が覆って震えている。
「どなたか泣いておられます、皆さま」
「え! 大丈夫かな?」
「放っておいたらぁ」
「子どもじゃない! そういう訳にいかないよっ。あたし、声かけて来る」
ユウシャが一人離れ、少女の元へ向かう。セルキーを除く一行も概ね同意で、案内の道を逸れ彼女の後を追った。
「君、どうしたの? ……泣いてるの?」
震える少女の後方に立てば、すすり泣く声がユウシャの耳にも届く。優しく声をかけ、視線を合わせるように屈みこむ。振り返った少女は、黒曜石のような瞳から涙を溢れさせていた。
「いもうとと……はぐれちゃったの……」
少女の褐色の肌にはところどころ、鱗が浮き出ている。メロは少女を観察し、その情報を元に正体を探った。
「この子、シーサーペントかな。海蛇のモンスターだよ☆ 兄弟……ううん! 姉妹で行動する個体か☆」
「参ったな、迷子か。あたしたちもココの土地勘無いし、セルキー手伝ってくれるか……、っ!?」
ぞくり。
突然、少女の周りに集まった一行の背に悪寒が走る。少女は無垢に涙を拭うばかりだ。彼女ではない。
コツ、コツ。
何か、固いものが石を叩いて歩いている。この音をユウシャはよく知っていた。馬の蹄である。
「あナた、たち。侵入者……。ここハ、わタくしの陣地……!」
一行の目の前に、灰色の馬が現れる。否、見上げた先、馬の胴体からは、揺れる灰色の髪の女性の上半身が生えていた。
「ケルピー、か?」
「いえ、……いえ」
ルカは精霊の従えるモンスターの名を口にするが、それは精霊本人から即座に否定される。長くうねった灰色の髪からは、血液のように暗い紅の瞳が覗いていた。
「水棲馬の一種、ナックラヴィー……ランクはD+。知能はそんなに高くないから武器は使えないかな。……でも、殺意がすっごい☆」
メロのリサーチが終わった直後、ナックラヴィーの長い腕が振り下ろされる。リノが少女を抱き上げ、一斉にその場から離れた。
ドゴッ!という鈍い音と同時に砂煙が舞う。馬と女性の紅い瞳はギョロギョロと動き、既に次の狙いを定めていた。
「あらあら、大変なことになっちゃったわねぇ。その子置いて逃げる?」
「いえ、彼女の沈静化を試みます。ユウシャと……いえ、私一人で事足りますので。ルカ、シーサーペント様を。ついでに杖も良いですか?」
セルキーのイジワルな問いかけも一蹴し、リノはその身一つとなって立ち上がる。逞しい大きな拳を片手のひらにぶつけ、ナックラヴィーへ己の力を誇示した。
ナックラヴィーが姿勢を低くし迎撃態勢を取るならば、リノも彼女に向かって駆け出す。そう思われたが、
「っえ?」
「ルカッ!」
シーサーペントの少女を姫抱きにするルカの後方へ回り、何かを蹴り飛ばすに至った。
その風圧に冷や汗を流し、ルカが飛ばされた得物を確認する。それは漁に使われるような、金属製のモリであった。
「シーちゃん!」
現状に怯んだルカの腕から少女が降り立ち、モリの飛んできた方向へと走って行く。
「姉さん、逸れんなよ。離れたら余計に弱くなっちまうんだから」
現れたのは、同じくパステルピンクの髪、褐色の肌、漆黒の瞳を持ちつつ、少女よりいくらか発育の良い身体付きの女性であった。




