投獄×新たな出会い
「っく……、ふむ、岩に覆われていますね。
魔力の重圧のせいでしょうか、或いは少女たちが張った結界のようなものか……。皆さまも浮力にあまり影響されない様子。成程、考えられた牢獄ですね」
ひとまとめに放り込まれた一行が辺りを見渡せば、一帯は深い海の底、凹凸のある高い岩に覆われていた。水中のように泳いで行けるのであれば、この高さを超えることも問題ないだろう。しかし、地上と同じく重力のある状態で岩場を登れと言われれば、垂直なそれにしがみ付くのは非常に困難と言えた。
「ごめん、あたし武器持ってるのに、情けない……っ」
「異例の事態だ、俺も力を使いようがない。それに……メロがかなり弱っている」
「すん、すん……」
ルカが指し示す先で、メロは未だ一行の与り知らぬ理由ですすり泣いている。その泣き声と共鳴するように、辺りからも鼻をすする音が聞こえた。音を辿るように今度は岩場の内側を見渡すと、そこにいたのは、
「また増えた……もう終わりよ……」
「そもそもこんな姿じゃ……ぐす」
沢山の(グラマラスな)女性であった。
「え、え……!? この人たち、もしかして……っ」
擦れたバンダナやぼろ切れのような布を巻き、片や煌めく装飾品で身を飾った女性たち。マントを羽織り、似つかわぬ厳つい武器を携えた女性たち。そして一番多くみられるのは、服が弛まぬよう袖や裾をロープで巻いた、質素な衣装の女性たち。
一行から見てすぐ、霧の海から帰らぬ人々と分かった。
「無事だったのですね……良かった! 皆さん、『シーサイダース』から海へ出た漁師様や冒険者様でいらっしゃいますか?」
「ええ……海賊連中は他所からやって来て間抜けにも霧の網にかかったわけだけど、アタシらは……そうさ、『シーサイダース』を救いに来た冒険者さ」
「無事なわけあるかぁ! こんなおっ母よりボインになっちまってさ、合わせる顔も無いわよぉ!」
「悪口に大声、限られた陸地でひしめき合う奴らは品が無いねえ。まあ、ここも元の姿なら宝の山だったわけだけどね。この姿じゃあどうしようもない」
「……ここに、ロレッタさんの旦那はいるか」
次々騒ぎ始める彼女らの声を掻い潜るように首を傾け、なるべく漁師と思わしき女性らにルカが声を掛ける。すると一人の女性がすくっと立ち上がり、ずかずかと歩み寄ったかと思えばルカの胸倉を掴んだ。
「あんた! 私のロレッタに手ェ出したの!?」
「ッ落ち着いて、貴方は元男性。俺は元女性です」
「あ、ああ……そっか、ごめんね……」
「……いえ。貴方が旦那さんですね。他の皆さんも、浜辺で奥様やお子さんが待っています。これだけの人数がいる。ここから逃げようとは考えなかったのか?」
新しい来客にざわついていた岩の谷底であったが、ルカの投げかけにそれぞれが気まずそうに口を噤む。そしてあの一際声の大きい漁師が、いじけた様子で呟いた。
「だから……こんなカッコじゃ、会いに行けないわよ……。帰っても、おっ母を愛してあげられない……、おっ母も、女のアタイを愛せない。想っていても、目の前にいても触れられない……そんな辛いこと無いじゃあないか」
「……、何を言います。浜辺の女性たちの方がよっぽど覚悟が出来ていらっしゃる。現にロレッタ様は、どんな姿形になっていても構わないから、自分の元に帰ってきてほしい……、そう強く、願っておられましたよ」
リノは本来声を上げるであろうメロを一瞥したが、未だ放心状態である事を確認すると自ら女性らに訴えかけた。それでも表情を曇らせ俯く彼女たちに、ルカはこの世界の思想の強さを感じる。
「あら、すごい。いつの間にこんなに増えて……、ルサールカたちもイジワルが過ぎるわぁ」
沈黙が谷底を吞み込もうとしたその時、上空からおっとりとした女性の声が響いた。一行が見上げると、桃色の長い髪を揺らした女性がふわふわと舞い降りてくる。しかしよく見てみればその桃色はインナーカラーであったようで、全体はパライバトルマリンのような輝く水色であった。羽織るアイスブルーの短いケープは背面から羽のような帯を伸ばし、天女の衣を思わせる。
しかしそれらより目が向けられるべきは、女性の足だ。彼女の足をすっぽりと覆っているのは、薄灰色のアザラシの毛皮であった。
「人魚、……の真似事? いや、違う……アザラシを羽織るモンスター、って言えば……セルキー!?」
「まぁ、知っていてくれて嬉しいわ。って、呑気に言っている場合じゃないわねぇ」
「セルキーさん、貴方はどうして此処に? その口ぶり……貴方の言う少女、ルサールカたちの仲間には見えないが」
「ええ、私ああしてクラゲみたいに群れるの、ニガテだからぁ。女性のお客様は反転して初めてかしら。色々と話したいの、脱出しましょ?」
ルカが警戒から姿勢を低くし問いかければ、そんな僅かな敵意など気にしないかのようにヒヤシンス色の目を細めてのんびりとセルキーは語り、そして至極当然のように岩場からの脱出を持ちかける。
「脱出出来るのですね……良かった。皆さん、出ましょう」
「あら、待って? 皆で出て行ったら、ルサールカに勘付かれちゃうわよぉ。私がお招きしているのはこの三人と……こっちのワカメちゃんなんだけど」
のんびりと温厚そうな口調ではあるが、群れないという言葉に相応しく割り切った性格のようだ。リノが岩場に集められた女性たちへ呼びかけたところ、彼女に制止されてしまった。
ワカメとはふやふやと浮かぶメロの事であろう。セルキーも彼は一行の仲間であると認識してくれたようで、数に数えられている。
未だセルキーの選別に躊躇を見せる一行に、冒険者と思わしき女性が顔を上げて、口を開いた。
「……行って。あんたたちが選ばれたってこと。アタシらは……まあ、何とかする」
何とかする。その言葉は、今まで通り谷底でいじけているという意味では無いだろう。一行は信じるように頷き、セルキーの後に続いた。
「こっちに抜け穴があるの。ちょっとそちらの精霊さんには狭いかもしれないけど……、ま、私のお尻が通ったら大体通るわねぇ」
魔力濃度の高いこの海では、全ての生物が本来生息できる場所での姿を保てるようである。メロのように浮遊できるセルキーであったが、一行を誘導する為自ら抜け穴と称する岩に空いた空洞へ潜っていった。一行も顔を見合わせると、しゃがんで通れる程の穴へ身体を沈めてゆく。
「ずびび……」
そして千切れたワカメのように海中を漂いながら、メロも抜け穴へと吸い込まれていくのであった。




