海底×待ち構える者たち
「荒波、って訳でも無いな。風も吹いてない」
「ええ……海自体はとても穏やかですわ。発端となる強大な何かがあると思い込んでおりましたけれど、どこに向かえば良いのかもわかりません……」
霧の中にあったのは、ただ薄暗く穏やかな、広い海だった。少し離れて腰かけるだけで互いの顔が朧気になる程の濃い霧ではあるが、恐ろしいモンスターの登場も無く、一行も困り果てる。
「皆こうやって遭難してったのかなあ……」
「メロ、この霧分析出来ないの? 何か……重苦しいような感じはするけれど」
「スキャンとかしてみる?☆ 霧って水だよね……、っ! これ、水じゃないよ……魔力の粒だ! 濃い魔力に覆われてるんだよみんなっ……って、あ、れ……?」
持ち前のパソコンでの分析結果を報告するメロの言葉が、僅かに低く、どうにも歯切れの悪いものになる。リノは首を傾げた。
「どうしました、メ、ロ……え?」
口を開いて確かにリノが言葉を発した筈であった。しかし、響いたのは聞きなれない逞しい男の声だ。
「皆、距離を縮めよう。……っ?」
ルカが立ち上がり、声を上げる。しかし此方も、響いたのは爽やかな青年の声だった。
「待って、あたしたち、何か変……? って、何、この喋り方、っていうか声!」
ユウシャが声を発した時、漸く女性と認識できる甲高い声が響いた。一行が互いに触れられる距離まで集まる。そこにいたのは、
桃色のミディアムヘアを一つに束ねたクールな青年。
逞しい身体にホリゾンブルーのポニーテールを垂らした青年。
王子さま風のゴスロリ衣装に身を包んだ、コバルトグリーンの緩くうねったショートヘアの少年。
そして、紫の瞳を潤ませた茶髪の少女であった。
「せ、せ、性別が、入れ替わってるーーー!!」
叫んだのはユウシャであったが、各々驚愕の表情を浮かべている。唖然とし固まっているのも束の間、静かであった海の水面がちゃぷ、ちゃぷと忍び笑うように音を立て始めた。
警戒し各々ペン、杖、剣を構えた、その時。
「……きゃあっ!?」
「うわっ」
「っがはっ」
生身の三人の足が引っ張られ、木製の床に転がる。それからそのまま海に引きずり込まれるのは、一瞬の出来事であった。
「メロくん……もうおわりだぁ……」
そして沈んでいく三人を追うように、或いは海に揺れる海藻のように、ひらひらとメロも漂って海へと沈んでいくのであった。
「……、ぷはっはぁ……っ、え、え……?」
海の底でまず目覚めたユウシャは、唯一口の中に残った空気を咄嗟に吐き出してしまった為に慌てふためいたものの、空になった口へ入ってきたのはまたも空気で、狼狽えた様子で浅い呼吸を繰り返す。
「……おや、ここは海中では無い……?」
「そう、このエリアはただの海じゃない」
肌に触れる空間の違和感にリノが言葉を漏らせば、グラスの中で溶ける氷のように、澄んで愛らしい声が一行に向けられた。
「ここは魔力濃度が濃いんだ」
「だからわたしたち、女の子になっちゃったんだよぉ~」
「こら泣かないで、せっかく久しぶりにおとこを見たんだから」
「……小さな女の子が、いっぱいいる……?」
ルカが声の主を探すべく目を向ければ、トクサ色の髪と瞳、白いネグリジェのようなワンピースを着た少女たちが、何人も並んで一行を見下ろしている。
「メロ、あの子たちは何のモンスターか分かるか?」
「めそ……めそ……」
「……メロ?」
まずは正体を知るべくメロに分析を持ちかけるルカであったが、帰ってきたのはすすり泣く声のみ。どうやら何故か“戦闘不能状態”のようだ。
「コイツらも岩場に放り込む?」
「おとこは分けよう。わたしあの青いのが欲しいわ!」
「あの子にあげたら、元に戻してもらえるかも……? ぐすっ」
少女らの内で語られる話は推理するにも情報が少なかったものの、ルカは一つ一つの言葉を丁寧に拾い上げ、頭に記憶させる。
そして幼げな彼女らから更なる情報が漏れださないかと、立ち上がり声を掛けようと試みる。その際視界に映った自らの衣装は、赤いプリーツスカートから臙脂のシガレットパンツへと変貌していた。
「……服まで。……ええと、岩場に誰か、いるのか?」
「知りたい? 大丈夫、皆同じ所に閉じ込めてあげる。
取り敢えず岩場に入れよう、その後ゆっくり選別すればいい」
複数いるならば知能の高い個体もいるようで、来訪者の問いかけに彼女らが答えることはなかった。続けて特殊個体が仲間に指示を出すと、意見の対立も無く一斉に一行へ飛び掛かる。
「まずい、俺は使い物にならないな……」
「問題ありませんよルカ、ここは我々で。メロ、ナビゲートを……、メロ?」
「来る、リノ様! う、女の子に剣を向けるなんて罪悪感が……っきゃ!?」
ルカはペンを握り、一歩後退する。茫然自失のメロにリノも気付いたようだ。しかしそんな一行の問題などお構いなしに少女らは飛び掛かってくる。
女性の姿をしているのは人間と精霊のみ、という固定観念を持ったユウシャとしては、襲い来る幼い女子に刃を向ける事に抵抗があった。そう躊躇しているうち、ユウシャの腕や足に少女らが絡みつく。
「ふんっ! ……おやこれ、杖いらないですね」
一方のリノは杖で水の弾を作って少女らを弾き飛ばしていたが、水中という事があってか、はたまた逞しくなった身体のおかげか、どうやら両手で掴んで放る方が楽だと気付いたようで、少女らをぽいぽいと遠くへ投げている。
恐らく低ランクのモンスター。己一人でこの場は治められると、リノは考えていた。
「そこまでだムキムキイケメン! このピンクイケメンと逆ハーレム女子がどうなってもいいの!?」
「……っごめん、リノ様……」
「申し訳ない……」
しかし、リノの目に留まったのは、複数の少女らに羽交い絞めにされるユウシャとルカ。リノはすぐさま両手を上げ、降伏を表した。
三人は身体を複数人に押さえつけられたまま、どこかへ連行されていく。
「ちょっと、ねえ、このフリフリイケメン掴めないんだけど!」
「……でもなんか、自分で着いて行ってない……?」
「……ワカメ?」
そしてメロはまたも、ふよふよと海藻のように揺れながら一行へ着いていくのみであった。




