仄暗い街×船出
街へ足を踏み入れた一行がまず向かうのは、『製錬の村』で託された住所だ。緩く段差のある街は海に向け、段々と低くなっている。そこに同じような姿かたちの白い家々が立ち並べば、まるで街全体が迷路のようにも感じられた。
吊るされたガーランドや家々を特徴付ける花壇が街を活気付けようとしているのが、どうにも切なく映る。
「赤い旗を掲げたパン屋の三軒先……、東南の方の姓は、この辺りじゃそうそう無いだろう。……あった」
家々のドア横には、文字のようなものが書かれた木製の看板が取り付けられていた。その一つを見て、ユウシャが声を上げる。リノが早速、看板と同じ材質の木製ドアをノックした。
「ごめんください。『製錬の村』でこの街の危機を伺い、こちらに住まわれていらっしゃるご友人の奥様をお訪ねするよう言付かい、馳せ参じた者ですの」
「……製錬の、……ヤイチさん? 入って……」
暫くの後に、ドア越しに柔らかな声が届く。一行がはっとするより先、ドアが開いて思い詰めた様子の女性が姿を現した。
招き入れられた室内は女性の趣味か、淡い色合いのインテリアが並び可愛らしい雰囲気だった。流石の大所帯に驚いた様子で、四人掛けのテーブルへ着くよう促される。
「ここ、どうぞ。今温かいものを淹れましょうね」
「あ、メロ浮いてるので椅子大丈夫です~☆ おくさま座って座って!」
「ああ……えっと、仲間外れとかじゃなくて……本当に大丈夫なので、彼女」
「? あ、ああ……北の方の魔法使いさんかしら?
それで、……彼に話を聞いて来てくれたのね」
メロの扱いに戸惑いつつも、女性は全員に温かな薄黄色の飲み物を配る。香る柑橘系の匂いから、ルカはその飲み物をレモネードと位置付けた。
「……はい。まずは自己紹介を。私はルカ。彼はユウシャ。こちらがリノと、メロです」
「まあ……不思議な名前の男の子。それに、妖精さんまでいらっしゃって。ヤイチさんには面白いお知り合いの方が沢山いらっしゃるのね。
私はロレッタよ。彼の依頼で、って事なら……もう主人がここにいない事は知っているでしょう」
「ええ……、ご主人は霧の海に出られたと伺っておりますわ。あの霧はいつ頃から現れたのでしょう? ご主人はいつ旅立たれました?」
「そうね、霧が立ち込めたのは、一巡りの半分程前……かしら。主人が痺れを切らして海へ出たのは、ヤイチさんにお手紙を送る十日ほど前ね。まあここからの配達じゃ、『製錬の村』へは二日ほどかかるでしょうけど」
「半巡りも海に出られないとなれば、この街の人たちには辛い事ですね……。先程街を出ると言う方々とお話しました。街の危機に駆け付けた冒険者も、海に出たが最後、帰らなかったと」
「……本当よ。だから、霧の原因もまだ突き止められていない。勇敢な男たちが海に出て、それっきり。街には女子どもばっかり残って、街に来て浅いのは早々に見切りをつけて他の街へ行っちゃった。
もう、船唄も聞こえない……」
ロレッタが黄金の髪を梳き、目を閉じる。自然と一行も押し黙ると、波音が部屋にまで届いた。以前まで、船乗りの男たちが軽快に歌いながらこの地へ戻ったのだろう。船乗りの妻たちが、旦那の帰りに焦がれ囀るように歌ったのだろう。ルカは唇を震わせた。そしてロレッタの手を握り、堪えるようにぐっと、奥歯を噛みしめる。
「……っ、ロレッタさん、私達は海に出ます。絶対にここに戻る。だからまた……船唄を歌ってよ」
「ルカ。そう言って、誰も帰らなかったの。貴方たちより強そうな男たちが、誰一人としてよ。
もう……もう良いわ。天に身を任せ、この霧が晴れることが無いのなら、私もこの地で死ぬ。あの人との思い出を抱えて海に沈む。来てくれて……おしゃべりしてくれてありがとうね。久しぶりに、家に風が吹き込んだみたいよ」
幾度と聞いた希望の言葉は、ロレッタの心に届かない。まるで諦めの境地にある彼女に、呼びかけたのは魂だけの少女だった。
「だめ……だめだよそんなの! ロレッタは生きてるんだよ! 身体と魂がくっ付いてるの! 離れたら、何も残らないんだもん……っ。後はただ、執念が漂うだけ!
メロたち、絶対ダーリンここに連れて帰って来る! どんな姿でも、メロが引っ張ってきてやる! だから、どんな姿でも受け入れる覚悟だけして!」
メロの悲痛な叫びは、まるで自身を投影しているようだった。ロレッタもそんな姿に目を見開き、瞳に一筋の煌めきを宿す。
「……うちの船はあの人が乗っていっちゃったんだ。だから、知り合いから一隻借りましょう。
霧が晴れたら……街の女を集めて、海に唄うわ。だから、それを道しるべに帰って来て」
力強い言葉に、一行も力強く頷いた。
「船は余ってるさ、山ほどな。しかしロレッタ……、こんな若い子たちを海に出すなんて、どうかしてる。しかも殆ど女の子じゃないか。
旦那が帰らず辛いのは分かる。でも君だって若い、まだやり直せる……」
「私はそんな身にならない話をしに来たんじゃないわ。この子たちがやり遂げるって言っているの。何ラヴだって私が出す、良い船を貸してちょうだい」
先程まで室内で塞ぎ込んでいた彼女とは打って変わり、浜から続く桟橋で男性と話す姿は気丈なものだった。一行に与えられたのは、4人で乗るには大きすぎるくらいの木造船であった。しかし、帰りには沢山の屈強な男たちを乗せて戻るのであれば申し分無い。
「ありがとうございます、ロレッタさん! 船は傷付けずに戻します!」
「良いのよ、船なんて浮いていられれば良いんだから! それより、絶対戻って来て。約束なんだから」
「ええ……美しい歌で迎えてね」
一行は頬にロレッタから祈りの口付けを施され、微笑みを交わした。船は霧の海へと泳いでゆく。桟橋を離れると、見る見るうちに街も、浜辺も見えなくなった。
霧に消えた一隻の船を、黄金の髪の女性は震える足を叱咤して、見つめ続ける。船を貸した男性が心配そうに肩へ手を添えると、彼女の美しい横顔に一筋の雫が伝った。
「何度も夢に出た。この光景を、何度も見た気がするの。その度私は泣きながら、一人の部屋で目を覚ました。正直怖いわ。あの子たちが心配。
……でもね、もう一回くらい、信じて送り出そうって思っちゃった。だってあの子たちの目……
太陽に照らされた海面みたいに、キラキラしてたんだもの」




