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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
シーサイダース
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旅路×考察

 クイーンやスノーマンの案内で雪原を抜けた一行の視線の先には、未だ遠方ではあるが青く生い茂る芝が広がっていた。


「ああ……若草の匂いがここまで香ってくるような気さえしますわ……」


「うん、やっぱり景色に変化があると安心するよ。……しかし、生憎の曇り空だな」


「さっきまで雪だったもんねー☆」


 見上げた空には、雪原程厚くは無いまでも、灰色掛かった雲が纏わりついている。青空や陽の光を恋しく思いつつ、正常に動作可能となったメロのナビゲートで、一行は『シーサイダース』を目指した。


「にしても、クイーンさまとノンノン、愛情深まっちゃった感じだし、もうちょっと観察してたかったな~」


 一つ吹き抜けた風が音を攫い、会話に一区切りついたその時、メロが話題を持ちかける。


「ええ、ここからが良いところでしょうに! 何故物語は困難を乗り越え、ハッピー“エンド”を迎えてしまうのかしら。

 スノーマン様×スノークイーン様、もっと堪能したいですわ」


 当然のように喰いついたのはリノだ。着いて行けない会話だと察したユウシャは乾いた笑みを浮かべ、雑食のルカは同意するように頷いている。しかし、メロだけは驚愕の表情を浮かべていた。


「ほへ!? 待っ……マ!? クイーンさま×ノンノンでしょ!? てゆかティーチャンも加わって総受けだもんね!?」


 ルカはまたも、なるほどねと言いたげに頷いている。リノも僅かに目を見開いたものの、自身の思想を押し込めたく無いようでメロに向き直った。


「確かに不憫から総愛されという点でスノーマン様が受けというのも一理ありますわ。でも彼ショタ枠ではございませんのっ?」


「確かに可愛い無知で無垢なショタ枠って言われりゃ頷くけど、身体はママちゃんだもん☆ おっきいし! 色々!

 王道(るかるかセンセー)の意見はどうなのさ!?」


「私の苦手な概念の二文字が当てられた気がするわね」


「そういえば此度のルカの攻撃……妙でしたわ」


 端から頷くばかりであったルカに焦点が向けられると、リノはふとクイーンとの戦闘を思い起こす。地下におり戦闘の実情を知らないユウシャも、リノの疑問には耳を傾けたい所であった。


「普段であれば、ルカはカップリングを口にしますの。それを自然と私もメロも受け入れて……。

 それに、ルカったら言の葉を唱えた後、気を失ってしまわれました」


「言われてみれば、クイーンの氷の棘が刺さった後の記憶無いな」


「割と重要な問題をこんな談笑で思い出すなんて!」


 確かにユウシャも肩に残った傷痕を案じてはいたが、このような重大な経緯があったとは露程も思っていない。そんな傷もリノの治癒能力により綺麗に塞がっていたとなれば、問題は後回しにされたとて仕方が無いのかもしれない。


「あの時、ぶわわーって風が吹いたんだよね☆ そんで確かクイーンさまが、その目はぁーっ!って叫んで。その後のるかるかセンセー超カッコイイの☆

  “貴方に罰を与えます……” 」


「えっ……めっちゃ恥ずかしい……」


 自身の与り知らぬ場面で偉そうな口を叩いた自らを恥じるものの、辛うじて実力が伴っていた事には安堵した。メロの回想に思う所があるのか、ユウシャは顎に手を当てて逡巡する。


「メロの記憶が正しければ、クイーンは目を気にしていたんだな。特別な、目……。

 ……そうだな。リノ様やメロは知ってると思うけど、語られる創世の神々は瞳の色が決まっているんだ」


「ええ……、男神様はこの世の何よりも赤い赤。女神様はこの世の何よりも青い青、でしたわね」


「ああ。……それで、南の男神信仰の街『ソルス・スピロ』。北の女神信仰の街『ルナデ・シルシオン』。それぞれの国の王族は、神の目を継いでいる……って話も、知っている?」


「へえ~、メロは初耳☆ でもさ、そんな色の操作みたいなコト、出来るの?」


「もしかして、代々王族同士で……?」


「いえ、人は血を濃くし過ぎてはいけませんの。

 しかし……ええ、ええ。それぞれ王を継ぐ家系の子らは、神々の目を持って生まれると言われております。そして、分家の子はその定めを外れるとも聞きました」


「ああ、その通りだよ。まるで神さまに管理されているみたいだ。

 それで話を戻すんだけど、俺が思う特別な目と言ったら()()なんだよな。」


 ルカからすれば超常現象的な瞳の遺伝も、魔法やモンスターが存在するこの世界ではあり得る話と考える他無い。ユウシャの憶測を辿り、ルカも言葉を紡いだ。


「私の目の色が、変わった……。一番赤い赤か、一番青い青に? でも、その瞳は先天的に王家だけが得られるもの……」


「そう、だからルカじゃない。その目を持つのは……」


「ルカに憑いてる幽霊ちゃん!?☆」


「って、憶測だけどな」


 ルカ自身、この世界にやって来て扱えるようになった強大な呪術は自らの持つ力では無い、と常々考えていた。ユウシャの鋭い考察に、ぼやけていた憑き物の輪郭が見えてくるような気さえする。


「私に憑いているのが王族で、しかも凄い力を持っていて、今まで自由にその力を貸してくれてた。クイーンとの戦いで私に強く干渉してきた……重なりすぎた、って事?」


「ルカに憑いている魂は、クイーンに用があったって事か?」


「だったら、役目を終えたるかるかセンセーは解放してもらえるんじゃない?☆ まだ憑いてるよ~」


「ルカを助ける為に、出てきてくださったのかもしれませんね。……いえ、取り憑く身体を失いたくなかったのやも」


 今回の顕現に関しては、リノの考えが定説であろうと一行は顔を見合わせる。またも真意に近付く事はならず、ルカに憑く者の正体や狙いは掴めぬまま、霧へと消えていくようだった。


「まー、るかるかセンセーの旅はまだまだ続くって事で☆ ユーちゃん嬉しいでしょ?」


「っな、なんで俺にだけ聞くんだっ! みんな嬉しいだろっ?」


「ええ、もちろんですわ」


「ふふ。……あら。街が見えてきたみたい。

 あれが……『シーサイダース』?」


 表情に出やすいユウシャをからかうことで、使いすぎた頭に和やかな休息を与えていた一行も、右手に現れた統一感ある白い建物群を見れば、途端表情を引き締める。曇り空の為か、本来心躍る景観である海辺の街は仄暗く、その先に見える海すらおどろおどろしい。霧が立ち込めているならば、大魔王でも生まれ出でそうな恐ろしさだ。

 街に近付くと、一組の男女が大荷物を抱え、街から出てくるのに鉢合わせる。話を伺うべく、一行は彼らに歩み寄った。


「もし、そこのお方。私達、『シーサイダース』の異変に関して調査に参りましたの。少々お話を伺っても宜しいかしら」


 リノが物腰柔らかに声を掛けると、男女は驚いたように一行を見つめる。そして互いの顔を見合わせると、怯えたように首を横に振った。


「この街はもう駄目よ。私達も出ていくところ。漁師のこの人に働き口も無ければ、食べ物も無い。モンスターに怯えてでも、『ソルス・スピロ』へ逃げた方がマシよ」


「君たちのように、幾人もの冒険者たちがあの海に挑んでくれた。屈強な男達が、何人もね。でも、その誰もが帰ってこなかった。

 気持ちはありがたいが、この街には関わらない方が良い」


 現地に暮らす人々の口から語られる惨状に、一行も表情を曇らせる。しかしここから退くという考えを持たない様子のルカは、諦めの表情を浮かべる二人へ真っすぐ視線を向けた。


「ご心配ありがとう。

 ところで、『ソルス』までの道はモンスターが多いのかしら? 『ホワイトラビリンス』に行ってみてはどう? 楽しい催しをしているところよ。ここまで歩いてきたけど、モンスターには会わなかったし」


「え、……え? 雪原地帯にって、君正気かっ?」


「良いアイデアかも☆ マーケット始めてから大雪華もかなり治まったし、ノンノンや今のクイーンさまなら歓迎してくれるよ☆」


「ああ……確かに。雪原に入ったらオレンジの光を目指して。ルカやユウシャと名乗る者に誘われたと伝えてください。帰りの案内も快く受けてくれますよ。

 貴方がたが帰る頃には、この街の霧も晴れている事でしょう! このユウシャが来たからにはね!」


 大口を叩くユウシャを普段なら一蹴するなり愛想笑いを浮かべるなり、本気で相手になどしない女性陣だったが、今は目の前の住民を安堵させる為に優しく微笑んで頷くに留める。

 男女も人類未踏の地である雪原地帯に抵抗を見せたが、ユウシャの胸に光るブロンズバッジを見て、やがて彼らが来た道へと歩き始めたようだった。



 

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