色付く×雪原
「わぁ~! お店お店、いっぱいショッピング☆」
あれから一晩が明け、もう一度漆黒が白の世界を覆う頃。 『白の迷宮』へ今一度訪れたルカ、ユウシャ、リノ、メロの目の前には、オレンジにライトアップされた出店がずらりと並んでいた。とある店ではジャッカロープが真っ白のケーキを店頭に積み上げ、またとある店ではカマイタチが木材を削って作った自身らの人形を飾っている。
あの日、クイーンや今までの雪原のあり方を聞き、一行はこのままではいけないと立ち止まった。豊富なエネルギーがありながら、それを恐れ領主が一人で管理する。それではいつか抱え込んだクイーンが潰れてしまう。一行は温かく色付いた庭園へと赴き、意見を交わした。
「ここ……本当に温かいわ。この下に、あの木があるんだものね」
「エネルギーは沢山あるのに、扱えるのはクイーンだけ、か……。勿体無いな、何かに使えないのか?」
セヴェーノが顎に手を当て、そう投げかける。
「熱なんだし、熱として地上に還元したらどうだろう」
ユウシャが一つ、端的な案を出した。
「戻すんだったら、もっと楽しい方が良いよ☆」
メロがユーモアを添える。
「でしたら、明かりにしたらどうでしょうか。スノーマン様が灯してくれた、道しるべ」
リノがメロの意見を汲み、ユウシャの案を具体的なものにする。
「……迷宮は、とても広いな」
デットヘルムが思い描く場所を提案した。
「皆でお店、開いたらどうかな。そう、きっと……ここで呼ぶなら、クリスマスマーケット」
ルカの瞳が、描いた光景にきらきらと輝く。スノーマンも面白そうな響きに胸を躍らせるなら、クイーンやフロスティが協力しないわけがなかった。
雪原の一角に、簡易的な出店を並べる。その上に熱エネルギーの灯を並べれば、簡易的ではあるがルカの思い描いた通りの温かな催しが出来上がった。
「わ、イタチのお人形、カワイイ~☆」
「親方が俺たちを作ってくださったんだ! もっと木材を持ってくれば、もっといっぱい作ってもらえるぞ!」
「メロ、この子ほし~い☆ ユーちゃん買って買って!」
「っ駄目だ! 可愛い子分を渡せるか……!」
「売る気ねぇや☆」
販売という営みを初めてする彼には、まだ自分の作品を手放す事に抵抗があるのだろう。自身らを想う親方の姿に、子分も感動してしまっている。
「自分が作ったものって、愛着湧いちゃうよね。もっといっぱい作ったら、買いに来させて。
……あら。あれは、冬の大決算セール!」
店で抱き合うカマイタチと別れを告げたルカの目に留まったのは、以前より大分格安になったモーショボーのブランケットだ。
「うう……皆が同じの、安く売るから……僕も泣く泣く下げるしか無かったんだ!」
「分かるわ。価格帯を合わせるのって難しいわよね。大量生産の方がコスト減になる事もあるわ。
でも、貴方にしか出せない商品がある。同じであって同じではない……同じカップリングでも人の数だけ解釈があるように。貴方の商品が欲しいって、買いに来る人はきっといるわ。頑張って。
まあ、以前は高額過ぎたけれど」
「ルカは元の世界で、商売とかしていたのかなあ」
新人店員たちに同調や助言をするルカを見て、ユウシャは彼女の転移前の職に想いを馳せる。実際のところ、ルカの経験値は同人即売会で稼いだものでしか無かった。
「ルカ! ルカーッ! こっち、こっち!」
無邪気な子供のような言葉遣いに反し、低い男の声が響く。視線を向ければ、声の主の居場所はすぐに分かった。
「スノーマン様! たった一日でこんなに大きくなられて……」
「腕も治ったのね」
「フロスティのかきごおり! うまい!」
「はは、何杯目だ?」
「良いのです、良いのです。可愛いスノーマンの為なら利き腕が壊れようと本望……」
昨日とは見違えるほど大きくなった彼は、氷のお椀いっぱいのかきごおりを頬張っている。その隣にはクイーンが寄り添っており、店には延々と霜を作っては削るフロスティの姿があった。
クイーンはフロスティに罰を与えなかった。スノーマンの苦しみに気付いてやれなかった自身に、罰する資格など無いと感じたのだ。代わりに、スノーマンに罰を考えさせた。フロスティ自身も彼を傷付けた自覚があった為、どんな罰も甘んじて受けようという気概である。
うんと考えたスノーマンが放った罰は、
「フロスティ、おれにずーっと、かきごおり、つくる!」
とても甘美なものであった。
「そんなに美味しそうに頬張って……、妬けてしまうな。
ともあれ、お前たちには礼を言おう。ルカの名付けた『くりすます・まーけっと』。これから外部の客も招き入れ、もっと拡大させていくつもりだ。正直、子らと共に協力して何かを成し遂げる、というのは初めてでな……。皆楽しそうで、何よりだ。
……白が、恐ろしい程透き通るものが、一番美しいと思っていた。しかし……色というのは、愉快なものだ」
スノークイーンがマーケットへ視線を向けると、自然と全員で視線の先を追う。オレンジの光。赤や緑の装飾。まだまだ少ないまでも、そこはもう“白しか無い光景”を微塵も感じさせなかった。皆で顔を合わせて微笑みあえば、新たに温かな色が灯ったようであった。
「あの時は、話を聞こうともせずすまなかった。快く見送ってやる事は出来そうも無いが……、他でもないスノーマンが望むのだ。受け入れねば、なるまい。
外出を許可しよう、スノーマン」
あからさまな未練を滲ませた表情で、クイーンが告げる。フロスティも阻止したい気持ちはあったものの、贖罪の今、否定的な意見を述べる事は許されなかった。
雪原の過去を知らず、クイーンへ謁見を望んでいた頃であれば、その許諾の言葉は大変喜ばしいものだったであろう。しかし過去を知った今は一行も手放しには喜べない様子で、当人であるスノーマンも口を結び、俯いている。賑やかなマーケットでこの空間だけが沈黙に包まれた頃、スノーマンの片手がクイーンの白い裾を掴んだ。
「ごめん、なさい……クイーン」
「スノーマン、謝る事など無いのだ」
「おれは、ここで……みらいを、みたい」
見上げたクイーンの天色の瞳に、頬をほんのり色付かせたスノーマンが映る。
「くるしくて、にげようとした。クイーンは……にげられなかった、のに。
おれ、またクイーンと……すごしたい。こんどは、ちゃんと……よりそって。どんなみらいになっても、おれはクイーンと、いっしょなら……おねがい……」
身を屈め、クイーンの肩に鼻をうずめた。クイーンの手がスノーマンへ伸びるものの、触れる寸前戸惑いがちに下ろされる。
「……大丈夫。この雪原は、沢山の愛で色付くわ。もっともっと……スノーマンの好きな、沢山の色に溢れる。愛する人と本当の意味で隣り合う貴方なら、出来るのでしょう、スノークイーン?」
ルカが言葉で後押しすると、スノーマンが顔を上げ、自ずとクイーンと見つめ合う。冷たい頬を擦り寄せて微笑みあえば、永遠に共にある約束が交わされたのだと感じた。
「親子って……こんな距離感だったか?
えーっと、それで……シーサイダース方面への出口へ案内して下さるんですよね? あの二人組はどこにいったんだ?」
「フン、また勧誘に失敗したようだな」
スノーマンとクイーンの距離感にむず痒さを感じ、話を逸らすようにユウシャがセヴェーノとデットヘルムを探せば、待っていたかのように嫌味が降って来る。それが今では微笑ましく、彼も笑顔で二人組に向き直った。
「ああ、クイーンの包容力には勝てなかったよ。
セヴェーノ達も『シーサイダース』に行くんだろ? どうせなら一緒に行動しないか?戦力として本当に心強いっていうか……楽しかったから」
ユウシャの個人的な意見であったが、ルカもリノもメロも概ね賛成のようで、言葉を遮る事無く微笑んでいる。しかしセヴェーノはといえば、またも友好的な誘いを一蹴したのだ。
「馬鹿め、だーれがお前と一緒に旅なんかするか! 無謀すぎて命がいくつあっても足りん!
あと、俺たちは元から『シーサイダース』に行く気はない。ここにだってお前のバカ面見に来ただけなんだからな。……あとなんか、デットが『ルナデ』に一度戻りたいって言いだしてな。他の奴に案内を頼んで、俺たちは東へ行く。ここでおさらばって訳だ」
「そう……、寂しいけれど、ええ。それは素敵な事ですわね」
リノがその意図を悟り、デットに微笑む。デットもまた小さく微笑みを返し、また穏やかな瞳をセヴェーノに戻した。そんなリノの惜しむ言葉を真に受け、セヴェーノがリノとルカの手を取る。
「何、精霊様とルカは一緒に来て良いんだぜ? 『ルナデ』は良い国だ。きっと気に入る」
「え!? メロは!?」
「お前おばけだろ。怖いからやだね!」
「なんだと~☆ 分裂して3分の1くらい憑いてやる!」
「だめだめ! ルカもリノもメロも、俺の大切な仲間だ! 少しだってあげないよ。
ここでお別れって事ならしょうがない。ま、俺は人々を助けて世界を回る勇者だからな! いずれまた会えるだろ。
セヴェーノ、デットヘルム、またどこかで!」
「……ああ。ルカ、精霊様、メロ……ユウシャ。また会うまで、くたばるなよ!」
背を向け、歩き出す二人。ユウシャは後頭部を両手で支え、困ったように笑う。
「あーあ、またフられちゃったな」
「何言ってるの。ちゃんと認められてるじゃない。
ユウシャって……呼んでもらえたね」
ルカがそっと微笑んで、リノもメロもそれを囃し立てる。ユウシャはすっかり顔を赤らめて、スノーマンたちへ出口の案内を急かした。
白の世界が、色付いていく。まるで、蕾を開く花のように。
始まりの灯は、微笑む旅人の頬にほんのり咲いた赤色を見て、嬉しそうに笑うのだった。
6.5章『アイスキャッスル』 完




