愛の暴走×支配の罰
クイーンが片手を天へ掲げた。その掌の上で雪の結晶が徐々に巨大化していくのを警戒しつつ、セヴェーノが明確な指示を出す。フロスティも暴走したクイーンに怯えこそすれ、自分で身を守るだけの強さはあるだろう。彼の行動は彼に、全面的に委ねることにした。
「あの結晶、ゆっくり回転してる……。チャクラムみたいに飛んでくるかも☆」
「盾を重複します!」
「氷魔法で強化する!」
「やめ、て……クイーン、おねが、やめて……」
スノーマンがその場に膝を付き、クイーンへ縋る。しかし、それ程までに愛おしく執着している対象である彼を一瞥し、クイーンは大きな結晶を一行目掛け、投てきした。
「うおっ! 駄目だ、すぐ壊される! 離れろ!」
回転しながら盾にぶつかった結晶は、切り裂かんとばかりに回転を続ける。ギリギリギリ!と耳障りな音を立て削り来るそれに長く持たないと判断すれば、強化した盾であろうと捨て置き、セヴェーノが退避の命令を出した。
クイーンがそれを黙って見ているはずも無く、次いで氷柱の雨が降り注ぐ。リノが慌てて上方へ盾を作るが、広範囲のそれを一人で防ぐには心許ない。セヴェーノは魔力増強剤の入った小瓶を飲み干し、炎を上空へ撒くように放射した。氷柱の雨はただの雨水と化し、リノの盾は傘となったようだ。
「セヴェーノ様ッ! 助かりました……」
「それ……まずいって聞いた。大丈夫?」
「言ってる場合かよ! クッソまずいけど。どうするか……次もすぐ来るぞ!」
「メロにも何か手伝えれば~っ!」
「……! リノ、天井……あのあたり、傘を張れるかしら! 出来るだけ傾斜があって、厚いもの!」
メロが慌てふためいたところで、ルカが何か思い付いたようで玉座の真上辺りを指さし、リノへ指示をする。
「分かりました!」
「ごめんっセヴェーノ! 私は自力で避けるから、魔力温存しつつリノを守って!」
「難しい事言うなよぉ……っ」
再び氷柱が降って来るならば、ルカはスノーマンから借りた厚い布を振って払い落とし、セヴェーノもまた、なるべくサーベルで氷柱を弾き落とす。それでも捉えきれない無数の矢は、ルカやリノ、セヴェーノの身体を傷つけていった。
「ルカ! っ、固まるのに、時間がかかります……!」
暴走し理性の半壊したクイーンの目に今は止まっていないようだが、時期に気付かれれば用途は分からずとも破壊されてしまうだろう。一刻を争うが、セヴェーノまで其方へ力を割く事は出来ない。スノーマンもクイーンを必死に抱きしめて止めようと試みているが、スノーマン以外の全てを排除することしか頭にない彼には声も届かない様子だ。
「スケッチブック、出てきてよ……っ」
心から望めない妄想に、なかなかスケッチブックも顕現しない。焦りを募らせたその時、リノの作った水の傘が急激に凍っていくのが見えた。
「なんで……っフロスティ!」
大きな霜柱の盾で己を守りつつ、フロスティの手は天へ伸び急速に傘を冷やしている。出来たのは大きな氷のランプシェードだ。
「セヴェーノ! 火を灯して!」
「おうっ!」
ランプシェードの中に灯された火は、氷が鏡のように反射して強い光となり、目下を強く照らす。その眩しさに、漸く天井のしかけに気付いたクイーンは顔をしかめた。
「メロッ! お願い、影を踏んで……!」
「よーしっ! 全力でしがみ付いてやる~!☆」
メロがクイーンの影に飛び掛かり、羽交い絞めにする。クイーンがもがき、メロを踏みつけようと氷を張ろうと、彼女にダメージは無い。何せ、彼女はもう死んでいるのだから。
「クイーン! 落ち着いて、クイーン!」
「たかが、低ランクの人間風情が……! あっ……?」
メロに身体の自由を奪われてもなお暴れようとするクイーンであったが、暫くの後、急に力が抜けたように身体が傾く。恐らく、メロが押さえていなければ膝を着いていただろう。
「何故だか知らんが、魔力量が落ちてるぞ!」
「貴様ら、地下の大木に、何をォ……!」
「地下……それって!」
「ユーちゃんと、デッちゃんだー!☆」
地下に残ったデットとユウシャは、着実に増えていくジャッカロープの群れを倒していった。とは言っても殆どをデットが相手取ったのだが、ユウシャのサポートあっての勝利であると言って良い。
ムキになったのかフロスティとの約束破りの隠ぺいか、暫く進んでいると城にいる全てと思われるジャッカロープ達が地下へ集まってきていた。それら全てを相手取り戦闘不能にすると、息を切らしつつ進み出したデットに、ユウシャも素直に着いていく。
「っどこへ、行くんだ……っ? 地上は、こっちじゃ……?」
「庭。……、庭の下だ……」
デットは落ちた向きから計算し、スノーマンの一言を頼りに枝分かれする道の一つへ歩みを進める。土に這う透明な根を見れば、デットの望むものが先にあると確信を持たせてくれた。
「なんか、温かいっていうより……暑くなってきてないか?」
「あった」
「うわっ!! な、何コレ……
透明な……木?」
二人が辿り着いた広い空間には、ガラスで出来ているかのような透明な大木が生い茂っていた。大木、と言っても大きな柱のような幹があるのみで、天井と床を伝う太い根が、土一面を這っている。根は時折脈打っているようで、美しいのにどこか気味悪さを感じ、ユウシャは身震いした。
「デットヘルム……君、これが何か、分かるのか……?」
「エネルギー源。……憶測だが」
彼がそう考えるに至ったきっかけは“熱”。それだけであった。大木のある空間は南の地に負けないほど暑い。
「この木が、水を吸い上げるんじゃなくて、熱を吸い上げてエネルギーにしてる、って事……?」
「……ああ。クイーンは強い、らしい。それに、子を沢山創る」
「まるで創造神だ。生物の熱……大地の熱、光の熱を吸い上げて力にしていたのなら、……木の吸い上げたエネルギーを全部クイーンが使っていたなら、それだけの力があっても頷ける。じゃあ、こいつを倒せたら……!」
「せめて、傷付けるだけでも。クイーンを弱体化できる」
「物理攻撃なら任せとけっ! 行くぞっデットヘルム!」
地下でのデットヘルムとユウシャの行動により、女王が弱体化したとなれば、あともう一手だ。
「っぐ、まだ、まだだ……っ」
「もう観念なさい、スノークイーン。今の貴方は執着心に囚われている。愛する気持ちに支配されて、本当に愛している張本人を傷つけているの、分かるでしょう」
「スノーマンは私のものだっ! 誰にも、渡さぬ……! 私には、スノーマンがいれば良いのだ!!」
「ゔっ」
「るかるかセンセッ……きゃあっ!」
クイーンの咆哮と共に、歩み寄ったルカの肩に氷の棘が刺さる。コーラルピンクのマントに血が滲むと、メロが小さく悲鳴を上げ、手を緩めてしまった。瞬間メロとスノーマンを薙ぎ払い、クイーンが立ち上がる。
「私が倒れては、ならぬのだァ……!」
「いい加減になさい」
攻撃に出ようとしたスノークイーンの目の前で、肩を掴み俯いていたルカが小さく呟く。冷ややかな風がルカを取り囲み、顔を上げた途端、クイーンが驚愕の表情を見せた。
「……っ何故……その、目は……っ!?」
「貴方の愛に罰を与えます。スノークイーン」
「あぁあッ!!」
ルカがそう発した直後、クイーンに精神的大ダメージが襲い、その場に倒れる。そして続くように、ルカもその場に倒れ込んだのだ。
「ルカ!」
「反動っ!? 今までそんな事、ありませんでしたのに……!」
うつ伏せのルカへセヴェーノとリノが駆け寄り、そっと抱き上げる。表情は穏やかで、眠っているように見えた。
「無茶しやがって……。あーあ、任された手前、アイツに怒られるのは俺か」
「このくらいの傷でしたら、私が治します。良かった、眠っているだけで……」
「みんなっ! 危ない逃げてーっ!!」
「……え?」
クイーンに完全勝利した事で、一行は気を緩めルカの看護に当たっていた。そう、もう恐れる敵はいないと考えていたのだ。そこに、メロの声が響く。
やって来るのは尖った霜柱だ。咄嗟にルカを抱えて身を交わそうとしたセヴェーノとリノであったが、フロスティの霜柱が狙ったのは、
「嘘っ
クイーン!!」
彼の敬愛の対象である、クイーンであった。




