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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
アイスキャッスル
41/88

謁見×破断

 ルカ、リノ、メロ、セヴェーノ、スノーマンの5人が地上へ上がると、一気に外気温が低下する。そこは食品貯蔵庫のようであった。隅にはずっと仕舞われていた様子の真っ白のケーキが、霜を被って並んでいる。


「あら、勿体無い。パンプキン館に提供したら一日で無くなるのに」


「スノーマン様、霜は食べられます?」


「食える時に食っとけって、これ旅人の心得な☆」


「うえ、寒ィ……早く行こう」


 スノーマンが言われるままにケーキに付いた厚い霜をせっせと口に運んでいるうち、セヴェーノが重厚な金属の扉をそっと開く。貯蔵庫の広さの割に小さな厨房が姿を現すものの、幸いモンスターはいないようだった。

 その先、使用感の無いダイニングまで向かっても生物の気配は無い。ここまで戻ると先程のエントランスも伺え、一行はスノーマンの案内で早急にクイーンのいる部屋へ向かった。


「ノンノンがいれば、そうそう酷い目には合わされないよね?」


「でも、フロスティ様がどのような策を練っていらっしゃるか……」


「それでも、この短時間じゃ良い案は浮かんでないだろ。スノーマン、すまないが普段通りに謁見を試みてくれ」


「……わかった」


 一番危険な役割と知っていても、ファーストコンタクトはスノーマンに頼るほか無い。スノーマンも自ら願い出たことでもある為当然のように頷き、白銀の扉をトン、と一度ノックする。もう一つ叩こうと手首を捻ったところで、扉が勢いよく開いた。


「ひっ」


 驚く暇も無く、室内というのに急に強く吹雪き、一行は部屋の中に吸い込まれるように招き入れられる。


「……スノーマン。漸く顔を見せてくれる気になったか。……此方へ来なさい」


 青みがかった銀色の玉座に腰かける美しい青年は、確かめる必要も無くクイーンと理解できる。彼の声は穏やかだ。穏やかで、透き通っていて、身体の内側から凍てつかせるような畏怖の念を抱かせる。

 スノーマンがクイーンの斜め後ろに立っているフロスティに目を向けると、まるで無表情で視線を絡ませてきた。目で威圧されているような感覚に、怯えたスノーマンは視線を反らし俯いたまま数歩、クイーンへ歩み寄る。


「少し小さくなったのは、庭にいたせいかな。

 ……それで、()()はどこで拾ってきた?」


 一行が漸くクイーンに認識されたとあっても、喜ばしい感情を抱くことは無かった。それはまるで、城に舞い込んだ虫でも見つけたかのような物言いだったのだ。その発言に一行も、フロスティでさえ、顔が強張る。


「……あの、ともだち。ルカ、リノ、メロ、セヴェーノ」


「そんな事は聞いていない。……そうだな。どこで()()()()のだ?」


 クイーンがスノーマンに答えやすいよう、言い方を優しいものへ替えた。それに微笑みを添えたとて、豪雪に呑まれるように重く冷たい問いかけである。


「う、うー……ぁ、……そ、と……。らびりんすで、た、たすけた……」


 “クイーンの子”であることがそうさせるのか、スノーマンはふわふわの頭を抱え、引き出されるように事実を口から絞り出した。途端、クイーンの天色の瞳がカッと見開き、閉めきりの室内で雪が舞う。一行も気付かぬうちに現れていた氷の刃の切っ先が向けられていたのは、フロスティの喉仏であった。


「フロスティ。スノーマンはどこにいたのだ?」


 答えを間違えれば、天色の瞳が向けられる事もないまま、その喉は氷に切り裂かれるだろう。また、ルカ達が真実を話すことでもその結末を迎えるかもしれない。しかし、口を開いた部外者の安全に関しても、その限りでは無かった。


「……ええ。私も、驚いておりますとも。私もスノーマンと認識させられていた、庭のあれはいったい何なのでしょう」


 白々しい。一行も考える事であれば、クイーンも疑念を捨てきれずにいる。


「クイーン。……ああ、我らがスノークイーン。私の忠誠が偽りであると? 貴方が一人佇む城へ招いて頂いた時も、その後も、ずっと貴方に寄り添いました。貴方の為に働きました。そして……これからも。

 騙された事に関する罰は甘んじて受け入れましょう。……しかし、彼が久しくここへやって来たのには、何か理由があるのかと。一度、話を聞かれてみては?」


「ぬかせ。しかし……そうだな。スノーマン、何か話があるのだな?……おいで、聞こうじゃないか」


 返答に満足していない様子でも、その言葉と忠誠は刃を下ろすのに充分であったようだ。まだ対面するのに恐る恐るといった様子で距離を取っているスノーマンへ、クイーンは腕を広げる。玉座の上であれ、大男の身体を子どものように抱き上げようというのだろうか。そこにルカはまた、恐怖する程の執着心を感じ取った。


「あ、うー……、クイーン……。おれ、すこしおでかけ、したい……」


「 お出掛け、なら充分してきただろう? 心配させて……悪い子だ。手足を切り落とすと言ったのに」


「っい、いや、ごめん、なさ……」


「待って! そんなの、酷すぎる!」


 ルカがスノーマンの危機につい、口を挟んでしまう。すると、目が合っただけで凍り付いてしまいそうな、その美しい顔がルカに向けられた。ルカはたちまち動けなくなって、冷や汗がどっと溢れ出すのを感じる。ランクとしては地主神や持ち場の精霊に一歩及ばぬ所であろう。しかし、相手は敵意に満ち溢れており、そこに躊躇いなど一切無いのだ。


「発言を許してはいない。

 ……まあしかし、お前をこう近くで見つめる事が出来るのだ。此度の行動、発言は許そう」


 雪のように白いスノーマンの髪に白い指を絡ませ、同じく真っ白な瞳を見つめ、クイーンはそう答えるに至った。その許しはルカに与えられたもので無く、スノーマン自身に与えられたものであると、纏う空気から理解できる。


「おでかけ、いい、の?」


「何を言っている? 失言を許したまでだ。次にぬかせば足は無いぞ。庭への外出も暫く禁じようか。

 お前たちはここを去れ。温情だ、城の中で手出しはさせん。フロスティ、門まで送れ」


「かしこまりました」


「私は、彼と共にここを出たいです!」


 無理だ、取り付く島もない。セヴェーノが諦めの表情を浮かべ命に従おうという時、ルカが今一度声を張り上げた。セヴェーノはそれを(うっそだろ!?)とでも言いたげな、驚愕の表情で見つめている。


「ほう。……何故?」


 城内のクイーンの脅威を間近で感じて尚言葉を発そうとするルカへ、クイーンが少しばかりの興味を持ったことが幸いだった。発言を今度こそ許されたルカが、一歩前へ出る。


「クイーン、貴方はここで彼がどのような扱いを受けてきたか、知っているのですか?」


「どのような、とは? お前は知っているのか?」


「……、私は、自分が助かる為に人を陥れようだとか、他人をわざと危険に晒そうだとか、思っていません。でも、私は見てしまったから……、口を閉ざすわけにはいかないのです。

 彼は、虐げられていました」


 クイーンはその言葉に、眉尻をひくりと動かした。


「醜い、出ていけと、言われ続けた……。そんなの、私は耐えられないっ。私なら、とっくに壊れていたでしょう。逃げ出すことの、何が悪いんですか……!」


「そうか。お前の言葉に偽りなしと、私は判断しよう。して、そのようにほざいていたのは誰だ?」


 フロスティにはルカの口を塞ぐことなど出来ない。ただ、クイーンの後方で息を潜めている。


「言いません」


「おいルカッ……」


「だって貴方、言ったらその人を殺しちゃうでしょう?」


 リノやメロが黙ってルカに対話を委ねる中、発言を案じて咄嗟にセヴェーノが声を漏らす。しかし一度口を開いたルカは、物怖じせず言葉を次々と紡いでいく。


「……ふっ。ここにいる者全て、私が作り出した。この雪原のみ、私が創造主と呼ばれても過言ではない。私がそれを消す事の、何が悪い?」


「……だから、スノーマンは貴方に言えなかったんじゃないのですか。誰かが傷付くのを放っておけない、見過ごせない。そんな優しい彼だからこそ、自ら去る事を選んだんじゃないのですか。

 何故彼を愛しているなら、せめてそんな彼の決断を、後押し出来ないのですかっ?」


 途端返す言葉も無くなって、クイーンの唇が結ばれる。重すぎる沈黙を破ったのは、フロスティだった。


「クイーン……。彼らの言う事も、一理あるのかもしれません。一時離れる事で、貴方の愛と懐深さを感じる事もありましょう。貴方様もまた、視界が開けるやも……」


「うるさい」


 スノーマンに対する想いは違えど利害が一致するならば、と一行は発言を見守っていた。しかし、クイーン自身がそれを遮り、辺りを吹雪かせる。


「うるさいッ!」


「皆様! 私の後ろへ!」


 リノが素早く水の壁を作り出すと、凍えるような寒さにすぐ氷の盾へと変貌する。叫んだクイーンの頭上には尖った氷の槍が幾本も構えられ、それらが一斉にフロスティ、そして一行へと降り注いだ。

 フロスティは自力でそれらを避け、一行は氷の盾に隠れて第一波をやり過ごす。


「許さん……許さんぞ、スノーマン!

 この世界でたった二人になろうと厭わぬ。お前を傷つける者、そそのかす者……全て消し去り、また白からやり直そう」


「もうデキてんじゃん! デキてんね!?」


「執着心に囚われ、暴走中と見えますわ! どうにか動きを止めて、冷静さを取り戻して頂かないと……!」


「俺の炎でどうにかなる氷じゃないよなコレ! っくそ、取り敢えずルカは後方! メロは攻撃分析! 精霊様は守りに重きを置け……!

 次、来るぞ!」



 

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