グリンディロー×リザードフォーク
「ちなみに聞いておきたいんだけど、アルラウネって女モンスターじゃないの?」
群れを蹴散らしたからか、暫くは二人の行く道も静かな森林浴となりそうだった。聞こえてくるのはただ風が木々を揺する音ばかりだが、何故か不安を掻き立てられる。
黙っていられず、ルカは丁度気になっていた事をユウシャに尋ねてみた。対してユウシャの反応はと言えば、まるで可笑しな事を聞く、とでも言いたげな、怪訝そうな顔をしている。
「女性の容姿を持ったモンスターはいないよ。想像したことも無かったから、驚いた」
「あら、私こそ驚いてる。どうして考えなかったの?」
「え。いや、だってモンスターは雌雄が必要な存在じゃあないから……。彼らは思念から生まれたり、想像から形成されたりするものだ。
まあ、言われてみればどうして誰も彼も男の姿をしているんだろうとは思うけど、モンスターには何の問題も無いよ」
「男体化、割と趣味です」
「え何て?」
当たり前とでも言うようなユウシャの解説にルカの疑問は払拭しきれなかったものの、自身にとってかなり都合の良い世界であるならば、彼女にとっても問題は無かった。
「随分と呑気なもんだァ。お散歩ってんなら、見逃してやってもいいぜ」
「ッ! 誰だ!」
突然響いた、背筋がゾクゾクと寒気立つような低い声。ユウシャはこの先油断ならないと抜いたままであった剣を構える。
がさ、がさり。
草を掻き分け現れたのは、手足や細長い尾に山鳩色のウロコを纏った、恐らく三十路は過ぎているであろう顔立ちの壮年男であった。そんな顔に反して、短い髪は若々しく橙色に茂っている。
「燃えるような髪、トカゲのウロコ……、っ! 火吹きトカゲのリザードフォーク! ランクはマンティコアと同等、Dってとこか……」
「Dだって。舐められたもんですね、先輩。まあしょうがないか、もうおじさんですし」
「んなっ、そういうのは他人が言うもんじゃないのっ!」
トカゲ男の見た目から、ユウシャは知り得る限りの知識で情報を展開した。すると、反応したのはルカでは無く、またリザードフォーク自身でも無い。
現れたのは、金の髪をなびかせた若いモンスターであった。此方の両手足もウロコを纏っているが、ピーコックグリーンのそれはトカゲのものとはまた色合いが違い、耳の辺りにヒレのようなものが付いているのなら、魚の類であると見えた。
比較的知性の高そうなモンスターが並んだことで、気の抜けたトカゲおじさんのツッコミもルカたちの緊張の糸を解く事は出来ない。
「っ、こっちは、沼色の魚のウロコ……グリンディローか!? 水辺となれば……そうか、いても可笑しくない!」
「おーおー。その警戒っぷりはお散歩じゃねェってこったな。帰る気も無いかい?
つか、先陣切ってやって来た奴らに伝えたはずだぜ。今は危ないから勝負は今度にしようぜ、ってな」
「貴方たちが警告したの? この先で、何が起きてるの?」
まるで人を思いやるかのような内容から、話の出来るモンスターだとルカは感じ取り、ユウシャの剣を手で覆い伏せ会話を試みる。ユウシャ自身も、湖で静かに暮らすグリンディローは話が通じる方であると聞いた事があった為、一歩身を引いた。
「少々危険な来訪者が泉に居座っている。四精霊は持ち場を離れられない。だから、守らなければならない。
精霊がいなければこの森は豊かでいられない。他の森に住まうモンスター達も気が立って荒んでいる。引き下がらないなら、君たちにも手加減は出来ない」
「私たちに協力出来る事は?」
「お嬢ちゃ「無い。泉に近付けば来訪者を激昂させるだけだ。帰れ」ちょっとは先輩に喋らせてくれないかな!?」
「なんだよっ、全然話が通じないじゃないか!」
仲の良い上司と部下、といった様子だが、好戦的な様子からある程度場慣れしており、高い戦闘能力を持つ事が予想される。ルカが呪術を放てるまでの情報を集める間、ユウシャが2匹を相手取れるかと言えば、不可能に近かった。
「……分かった。貴方がたは好戦的に見えながら紳士的であるとも伺えるわ。なら一対一でどう? リザードは彼と、グリンディローは私と」
「へ? ……あーっはっは!! お前も舐められてるじゃん!
いいよいいよ、おじさんこっち相手するから。女の子なんだからちょっとは手加減してやんなよグリンディロークン」
「……発言の撤回はしません。武器を構えて」
ルカの提案と先輩の挑発に煽られ、グリンディローも中腰になって臨戦態勢に入る。
「ちょっルカ、無理だって! 君も無理だけど俺も無理だって!! うひぃっ!」
「時間を稼いでくれれば良いっ。……お願い、情報が欲しいの。応えて……!」
自ら顕現させる武器に祈るしかないルカは、迫るグリンディローから逃げる事もせず精神を集中させる。ユウシャもそんな彼女を気遣う余裕も無く、リザードフォークの猛撃を受けていた。
「っどうだ! 熱いか!? 安い剣じゃあ解けちまうぜェ!」
「っい! つぅ……ッ!」
振り降ろされた爬虫類の手を剣で受け止めるが、厚いウロコに覆われた皮膚は傷一つ付けられない。それどころか剣を掴まれ動けない状況で、リザードフォークの口からは興奮から熱い炎の吐息が漏れ、ユウシャもそれを少なからず浴びる事となった。
一方のルカにも、グリンディローのウロコの目立つ白く長い腕が振り下ろされる。ウロコの延長線上にある鋭い爪が触れる寸前、ルカの手が光り顕現した羽ペンがその一撃を受け止めた。
「っぐ……!」
しかし武器にいくら強度があろうとも、持つ人間に力が無ければ耐久戦も長くは続けられない。
焦りが滲み出したその時、触れ合うペンからルカの頭へといくつかの会話が流れ込んできた。
『よう! こっちの森に助太刀に来たぜ! リザードフォーク先輩と呼んでくれ!』
(うわ、うるさい早く帰ってほしいな……)
『グリンディロー、行くぞー付いてこい!』
(俺は静かに水の中で菓子を作っていたいんだ)
『なんだこの森、人間が次々と入ってくるじゃん! 毎日飽きねえなあ』
(た、助けてもらった……。強いんだ、このひと……)
それはまごう事無き、グリンディロー視点のリザードフォークとの会話だった。ルカの目が鋭く光り、スケッチブックまでもが顕現する。
「最初は平穏を乱す存在だった。でもそんな彼こそが貴方の一生に刺激を与えた! 世界は彼色に染められるの……つまり、未開拓ジャングルオフィスラブ! リザードフォーク×グリンディロー!」
「ぐわぁっ!!」
グリンディローに精神的大ダメージ!
その力は強大で、魚人の彼はフライ返しされたように飛び、森の野道に倒れ込む。
「どういう意味!?」
ユウシャには呪文の意味はさっぱり分からない。推敲された呪術は凡人の理解が及ばぬ境地へと辿り着いたのだ。
「何!? どうしたの!? おじさんよく聞こえなかったんだけど!」
一方おじさんは耳が遠くて助かった。
「因みにおっさん受けも大いにアリーッ! そのふざけた態度で交わしてきた後輩からの愛情、逃げ場を失って遂に受け止める時が来るの……愛されおせっかいおじさん受け、グリンディロー×リザードフォーク!!」
「どわああーッ!!」
ならば近づいて、なるべく大きな声で唱えれば良い。未だ剣を掴んだままのリザードフォークへ件の呪文を叫びながら歩み寄り、最後まで語り尽したその時、爆破型の魔法でも浴びたかのように彼もまた吹っ飛び、先に伸されたグリンディローの上へと落ちたのだった。
「ってぇ……、助かったよルカ。軽くやけどしたけど」
「うん。手加減してくれたと思うわ、彼ら」
「来訪者は……手加減など、しない……」
ルカは積み重なった二匹の元へと歩み寄る。彼らに戦闘継続の力は残っていないものの、話す力だけは残っていたようだった。
手加減という言葉に関して肯定とも取れるグリンディローの忠告に、これ以上手荒い真似は出来ない。ルカは敬意を払って彼らの前で膝をついた。一方彼らも、正々堂々の勝負に敗れた為か抵抗する様子はない。
「まァ、これだけの呪力を持つお前なら、或いは、な……。
ああ゙ー……よく分からんが、負けた負けた……。おじさんの有り金持ってけよ……これもくれてやる、ちくしょう」
そう嘆くリザードフォークのズボンのポケットから、数枚のコインと何かの草が出てきた。モンスターという概念をもってしても、これが壮年男性のポケットから出てきて良いのだろうか?と甚だ疑問である。
「此方も、どうぞ……。泉名物、濡れ焼き菓子……」
一方青年の懐からは、ひたひたの水に浸かったクッキーが出てきた。
「……どうも。発想は素敵」
まるでばっちいものでも持つかのように、焼き菓子の入った袋を摘まむルカ。しかし、曲がりなりにも癒しの効果が付与された水に浸されたクッキーだ、回復薬として利用できるだろう。少し萎れた草も恐らく薬草だ。
それらを拾い上げ、鞄に仕舞った。戦いの場で重宝するのは、結局金品でなくこういった回復アイテムである。
「お金はこんなにいらないよ。手加減してくれたらしいし。
それより、その来訪者の情報が欲しい。そうだろルカ?」
ユウシャの提案に、散らばるコインをどうするものかと躊躇していたルカもこくりと頷いた。彼らの言う泉に居座る来訪者は、今まで遭遇してきたモンスターより強者と予想される。所謂、ボス戦というものになるだろう。
「礼は言わない、……。
奴の名は……ライカンスロープ。ウンディーネを、狙っている……。
精霊は、抵抗している。精霊自身に危害を加える気は無いが……精霊以外には、奴は何をするかわからないぞ」
「ライカンスロープ。半人半狼のモンスターか! まさか群れで?」
「いーや、奴は独りだったね……。だが、油断は出来ないぜ。群れてる個体よりよっぽど強ェ」
ルカは三人の会話からオオカミ男を頭に思い浮かべた。狼の習性で群れて行動することが多いのだろう。単独で行動しているという事は、追い出されたか、或いは孤高を望んだと考えられる。
「俺は独りで良い……系の男の子って絆されやすいのよね。後はお相手さえ見つかればな」
「よく分からないけど、何か思い付きそうなんだな、ルカ! 早速行こう。
ありがとう親切なモンスター諸君! 泉の平和は俺が取り戻ーす!」
妄想にふけっている女性と、何故か勇者っぽい発言を残して去っていく、実は何もしていない青年を、残されたモンスター達は少しばかり心配そうに見送ったのだった。