子分カマイタチ×親分カマイタチ
「クハッ! 小娘、贄は不要だ。等しく皆、我々の血肉となるのよ」
敵の親玉のおぞましい言葉に、彼女は怯むどころか唇に弧を描く。その瞳は被食側のものではない。捕食者のそれであった。
「あら、糧となるのは貴方の方よ。その個性、美味しく頂くわ。
子分たちに愛され、敬われる貴方。彼らの敬愛はその逞しく美しい姿を見つめるうち、姿を変えるの。その情欲を含んだ愛さえも、大きく寛容な身体は全てを受け入れ抱きとめる! そう、全員分よ。
親分総愛され、子分カマイタチ×親分カマイタチ!」
「ぐあぁーっ!?」
「ひんっ!」 「ぐえっ!」
ルカの呪文は高らかに雪原に響き、カマイタチの群れを一掃する。メロやユウシャは手を上げて喜び、セヴェーノは唖然と口を開き固まっていた。
「ぐ……ふっ、クソ、小娘、風情がァ……!」
「抵抗するなら、貴方の可愛い子分たちをセンシティブなコンテンツにするわよ。凍結待ったなしよ、良いの?」
「ヒッ! よく分からんが、恐ろしい脅し文句を……聞かされているような……! クソッ……!」
最後の力を振り絞り立ち上がろうとした親玉も、ルカのトドメの一言にひれ伏す事となる。ルカは威厳を見せるように両手を腰に当て、彼を見下ろした。
「さ、戦利品の押収ね。リノとデットを助けてちょうだい」
「何だ、あれ……」
「これがかの天狐をも打ち負かした、一定条件下で発動するルカの必殺技さ! 仕組みは俺にも分からない!」
セヴェーノが見た事も聞いた事も無い強力な呪文につい零れるように問いかければ、ユウシャが答えにもなっていない答えをさも自慢げに語る。その姿には流石の嫌味男も、少しばかりイラッときてしまったのだった。
「階段だ……此方に、地下に続く階段がある。しかし助けると言っても、生きているかは保証出来ん……。何せ、深く深く掘ったのだ」
スノーマンに安全な道か確認しつつ、地上の一行はカマイタチの親玉と数匹の子分の後を着いて歩いた。親玉の言葉に不安を煽られ、息を呑む。暫くして立ち止まり指し示された、地下に続く屋根付きの階段は、入り口も幅も広いというのに暗闇に浸っていた。
「行こうっ。一刻も早くリノ様とデットヘルムの安否を確認したい」
「ああ、君だけでも急いだほうが良い。そうだ、もしかしたらまだ、息があるかもしれない」
急くユウシャを促すように、カマイタチの親玉が矢継ぎ早に言葉を重ねる。その内心では、ほくそ笑んでいた。落ちた二人の生死を確認する為に数匹子分が地下へ向かっている事を、彼が知らない筈が無いのだ。
「……? おい、穴から何か聞こえないか?」
敗北したモンスターから戦利品として受け取った言葉を疑うこと無くユウシャが階段を下りようとしたところ、セヴェーノがその腕を掴む。
「奇跡だ、無事だったのかもしれん。さあ、早く降りろ」
「いや、人の声とかじゃない……分かるだろっ? 何か来る!」
「みんなっ後退後退ーっ☆」
次第に、その場に集まる全ての生物の耳にその音は届いた。低く唸りながら何かが迫ってくるような音。ゴゴゴゴゴ、と何か大きいものがせり上がってくるような音だ。
一行が走って階段から離れたその時。ドウッと激しい音を立てて地下回廊から噴き出してきたのは、
「水だっ!
ということは……っ」
「ああっ皆様!」
大量の水と、リノとデットヘルムであった。
「な、何故……!? 子分共はっ!?」
「往復して雪を運んで頂きましたので、まだ洞窟でお休み中ですわ」
「ああ、デット! デット! ……っふん。まあ、お前が死ぬなんて事は無いと思ったがな! ……思ったがな!
っやめろ! 頭を撫でるなっ」
雪原へデットが降り立てば、セヴェーノは泣きそうに駆け寄る。しかしすぐに我に返ったように普段の強気な態度を取って見せては、それをデットに見透かされ、甘やかされているようだ。
カマイタチの群れと対峙したあの洞窟での出来事は、語る必要も無い程単純なものだった。
人数差を物ともせず、デットは確実に拳を当てに行き、リノは援護も兼ねて幾度も水撃を放つ。瞬く間に5匹のカマイタチは戦闘不能に、それを見下ろしてデットは小さく呟いた。
「1匹は、譲った」
「あら? 私がトドメをお譲りしましたの」
5匹伸した後も余裕気な笑みを見せる二人に怯えたカマイタチは、リノに言われるまま雪を地下に運ぶ。地下の温かさでそれは大量の水となり、精霊の力で増強させれば、後は二人乗り込んで逆流するウォータースライダーのように階段の上を滑っていくだけであった。
無事再会を果たせた一行にとうとう抵抗する術も無く、カマイタチも降伏の意思を見せる。となれば雪原は、先程より随分安全になった。
「よーし、城に向かって再出発だ! スノーマン、案内頼むよ」
「……いや、ユーちゃん。もう、必要ないかも~……」
道案内を再開してもらおうと声を上げたユウシャに、メロが上空を指し示す。その指先へ全員が視線を向けると、そこには白んだ薄靄の中に、水晶で出来ているかのように透明で美しい城が聳え立っていたのだ。
「こんな美しい建物、見た事無い……」
「『アイスキャッスル』。その名の通りだな」
「そう、おしろ……こおりだ。おしろは、すべて、きれいな……白と、とうめい。
でも、 にわにはすこし、色がある。にわだから」
「庭…植物、ってことかしら。そうね、無事お話が終わったら、庭も見せてもらおうかな」
スノーマンも白銀の世界で数少ない色のある庭を気に入っているのか、ルカの提案に嬉しそうに微笑む。一方で、圧倒的存在感を持つ氷の城に、どこか冷え切った表情で威圧されるような恐怖を抱きつつ、一行は足を進めた。
6章『ホワイトラビリンス』 完




