地下探索×地上攻防
「……っ、お怪我はありませんか、デットヘルム様」
「……、ああ。すまない」
穴に落ちた。そう感じた瞬間思考を巡らせ、リノは下に向け厚い水の膜を張る。その速度と寒さから水が凍ってしまう事も懸念されたが、幸い水の膜はウォーターベッドのように穴の底でデットとリノを受け止めたようであった。
見上げると微かに白い光は差し込んでいるが、二人が自力で登っていけるような高さでは無い。
「追って来ませんわね。私達はここで終わり、という事でしょうか」
「……暗いが、此方に道が続いている」
本来、セヴェーノに言われた通りにするならば、スノーマンからはぐれた自身らはむやみやたらに動く事を推奨されない。しかし、激しい戦闘が行われているはずの地上の音すら聞こえない現状を鑑みても、行動する事に意味がありそうだ。
何より、穴に落ちてからリノには気掛かりな事があった。
「行ってみましょう。妙ですもの。
ここは何だか……温かいですわ」
薄暗い洞窟を、二人は慎重に進んでいく。警戒も怠らなかった。共に歩くのは元々口数の少ない男だ。辺りには二人分の足音ばかりが寂しく響いていた。
リノが同じ景色の続く中、洞窟の壁を注視してみる。下方の地層にはよくある、黒めの土と岩が四方を覆いつくす。その全体に、透明な紐状の何かが、血管のように張り巡らされているのが伺えた。
「ひっ」
それが本当に脈打つように動いた気がして、小さく悲鳴を上げて足を止める。デットが案じるように振り返って見つめてくるならば、リノは再び土壁へ目線を向ける。そして自身ら以外に動くものなど何もない事を再確認し、目を伏せた。
「ご、ごめんなさい、勘違いでした。行きましょう」
「姉も、そうだったのか」
「え?」
デットの何の脈絡も無い一言に、ついリノも聞き返してしまう。デットは金色の瞳をリノへ向けると、ほんの僅かに微笑み、再び前を向いて歩き始めた。
「姉がいる。強く、気高い女だ。兵士になった」
「……そう。私にも弟がおります。貴方のように少し、お喋りが苦手ね。そんなところも、可愛いのですけれど」
「……。姉の、落ち込んだ顔、しおらしい姿……見た事が無い。しかし、君は似ていた。だから……彼女にも、そんな一面はあったのかもしれない」
「! ……そうね。やっぱりお姉さんですから、気丈に振舞いたいのかもしれません。大丈夫、お姉さまも、貴方の事を大好きですよ。
お姉さまはどちらにいらっしゃいますの? セヴェーノ様と、会いに行かれては?」
「……多忙な人だ。……また話せたら、良い。君を見て、そう思った」
「ええ、きっと会えますわ。……あら、行き止まり……、
っこれは!?」
意外なきっかけにより会話が弾み、薄暗い洞窟への恐怖も薄れていた、その時であった。二人の前に立ちはだかった壁から、先程より太い、透明な紐状のものが盛り出ている。普段見ているものと色が違ったが、今は二人にもその正体がはっきりと分かった。
「根……、これは、木の根ですわ……! なんて綺麗なのでしょう……」
「嘘だろ、本当に生きてた」
「っ! 誰ですの!」
リノが水晶のように美しいその根に触れようとした瞬間、行き止まりと思われたその横道から低い男の声が響く。リノは杖を構え、デットも脇をしめ拳を構えた。
「しかも無傷とは、驚いた」
「さっさと始末して上の援護に回るぞ」
ぞろぞろと現れたのは、先程のカマイタチの群れだ。暗い穴底に落ちた2人に対し、5匹もやって来たとなれば、確実に仕留める気であると思われる。
「……リノ、何匹いける」
「あら、ここなら5匹相手取ったって構いませんわ」
「同じく」
しかし、リノもデットも好戦的な態度で、対峙したカマイタチの方が怯んでしまう。そのうちの一匹が、不安を払うように鎌を大きく振り上げた。
「っ、ハッタリだ! 怯むな、かかれーっ!」
「リノ様! ど、ど、どうしよう!」
「狼狽えるな、ばか! 目の前の敵に専念しろっ」
リノとデットヘルムが離脱した事で狼狽するユウシャを、セヴェーノが叱咤する。サーベルを振るって鎌を幾度も弾いたセヴェーノであったが、埒が明かないと悟った様子で一歩後方へ下がった。
「おいお前、ちょっと耐えろ」
「はっ!? ちょ、待って! ひぃーっ」
「っし、いけ!」
セヴェーノが下がった事で複数匹を相手取る事になったユウシャが、情けなく悲鳴を上げながら何とか応戦する。戦闘要員が減った事で、スノーマンも守備寄りではあったが参戦し、寄ってきたカマイタチを抱き上げては遠くへ投げていた。
一方のセヴェーノは手のひらに意識を集中させ、炎の渦を作り出す。それを掛け声と共にカマイタチへ放ると、数匹が弾け飛び、伸されたのだ。
「……っすごいな! セヴェーノ、炎魔法が使えるのか!」
「はっ、当たり前だ。まだいる、油断するなよ」
「人間が数匹、何を手間取っている!」
セヴェーノの思わぬ戦闘能力を知り、ユウシャも触発され気持ちを昂らせていたところ、低い咆哮のような声が響いた。一瞬にしてカマイタチの群れも、一行も動きを止める。雪像の展示会と化したそこへ現れたのは、他の個体より一回り大きいカマイタチだった。毛色も透き通るように色素が薄く、しなやかで逞しい身体付きから特別な個体である事がはっきりと分かる。
「チッ。そうか、スノーマンがいればしぶとくもこの地で生きられような……。
ならばここで、スノーマンごと始末すれば良かろう?」
「親方! 流石にそれは、バレたらクイーンに殺されてしまいます……!」
「……何を。ここに俺を裏切る者がいるのか?」
「! いえっ、いいえ! クイーンの次にお美しい親方、ここに貴方に逆らう者はおりません!」
「全ては雪が覆い隠してくれよう。罪も、血しぶきも。さあて、俺は誰から刻んでやろうか……」
「私なんていかがかしら」
大振りな腕の鎌を一舐めした親方の前に立ちはだかったのは、推定ランクE-の一般人、ルカであった。会話の最中に手のひらへ次の炎を生み出していたセヴェーノも、サッと青ざめる。しかし、ユウシャは彼女の両手に希望を見た。
そこには、スケッチブックと羽ペンがあったのだ。




