めざせ×氷の城
『ああ、なんて醜い大男! 城から出ていけ!』
『お前にクイーンが優しいのはね、失敗作って認めたくないからだよ!』
『そうさ……クイーンに失敗なんて無いんだ! お前がいなかった事になれば、雪の領域はこの世で一番美しいものとなる』
(ああ、おれが、おれがでていけば……おれのだいすきなクイーンはもっと、うつくしくて、しあわせ?)
『ならん。雪原を……いや、城を出る事は許さんぞ、スノーマン。さもなくば、貴様の自由を奪う事すら辞さない。……そうだ、その手足だ』
『出ていけ』
『許さない』
『出ていけ』
『許さない』
『君を制縛から逃がそう、スノーマン』
「っは……!! はっ……はぁ……っ」
瞼を開く事で息がつまるような苦しさから逃れ、ルカは荒い呼吸を繰り返す。雪原から彼が出ていく事を唯一許さなかった、ベビーブルーの長い髪を束ね揺らした美しい男こそ、この白銀世界のクイーンであろう。しかし一方で、小柄な美しい少年モンスター、先ほどの鳥型青年モンスターなど、クイーン以外の全てから彼は拒絶され、罵倒されていた。
ルカは自分自身が罵られたような悔しさに、瞳を揺るがす。それからもう一度スノーマンを抱きしめると、その柔らかな髪を撫でた。
「貴方は醜くなんかない。貴方は冷酷な雪原で唯一、旅人たちの見た救いの灯だった……っ」
ルカの言葉に、スノーマンの白い瞳から透明の雫が零れ落ちる。それを見て、メロもスノーマンへと寄り添って抱きしめるような動きを見せた。
「うう~、よくわかんないけど、メロもノンノン好きだよう。ノンノンがここにいて辛いなら、メロお外に連れていきたい!」
「……そうだな。事情は知らないけど、ここのモンスター達とうまくいってないって事だろ? スノーマン、もし良かったら俺たちと来る?
俺たちも人助けみたいな事をしてるんだ。ちょっと危険だけど……今の生活とそう変わらないよ。リノ様だって、自分も泉から出てきたんだ。怒りゃしないさ」
「んん……そうね、彼が望むのなら、私は歓迎いたしますわ……」
「りのりぃが溶けた☆ やったー!」
ユウシャやメロがスノーマンを勧誘していれば、勝手に名を出されたリノも身体を起こし、概ね同意の意思を告げる。当事者のスノーマンと言えば、旅への誘いは初めてであったようで、こそばゆそうに唇を緩ませ、もふもふの白い頭を掻いていた。
「いきたい。そとのせかい……色が、いっぱい。見てみたい……
けど。クイーンに、いわなきゃ」
「っ確かに、記憶の中でクイーンは貴方の事を束縛していたわ。でも、酷く罵倒される貴方を助けようとしなかった。彼はまた無意味に貴方を閉じ込めるわよ」
「うー……おれ、たすけて、言わなかった……クイーンは、しらない。わるくない。おれ、クイーンすき、だよ。せかいで、いちばん……きれいなモンスター。すきだから、でかけるなら、ちゃんと……はなしたい」
クイーンを敬い、愛しているという点で言えば、彼はやはりクイーンの子であった。そんな彼自身の想いを無下には出来ず、一行は頷いてクイーンのいる城に向かう方針で考えを一致させる。
「っいや、待て待て! お前たち、『アイスキャッスル』に行く気か!?」
そう一行の意志を遮ったのは、倒れていたはずのセヴェーノだった。
「お、初めまして&おはよ~セッちゃん! メロはメロ☆」
「あ、なんか可愛い女の子が増えてる! この~!
……まあその話は後だ、お前たちは城がどこにあるのか知っていて言ってるのか!?」
「いや……でも、スノーマンが連れて行ってくれるから」
「馬鹿! 呑気か! あの城は、『白の迷宮』を抜けた先……崖っぷちの最北西端にあるんだぞ!? ラビリンスだって抜けられた奴は数少ない……ましてやクイーンの住まう城なんて、誰一人到達していない未知の領域だ!
クイーンの子の種だってまだ解明しきれていないのにっ」
セヴェーノの熱い説得に、一行も後先考えず浮かれていたことを自覚し押し黙る。しかし、直に過去の声を聞いてしまったルカは、ここで折れる訳にはいかず、膝の上で拳を握った。
「分かるわ、セヴェーノの言いたい事……。命知らずどころか、自殺行為ね。でも、私達……彼がいなかったら、とっくに死んでいた。モーショボーに生きたまま頭を割られてココナッツみたいに中身を全部吸われていたのよ。
彼はずっと一人で、ここで迷える旅人を助けていた。家族に罵られて、それでも心を曲げずに、優しい心を持ち続けた。
それなら、私は彼にお礼をしなくちゃいけない。彼が温かくあった分、優しさや温かさ、鮮やかさに触れてほしい。実のところ、あわよくばクイーンの横っ面引っ叩いてやりたい」
「それは、だ、だめだ」
「分かってるよ。でも……、うん。悪いようにはしない」
ルカとしては、記憶の高慢なクイーンへ制裁を加えてやりたいところだ。しかし、当事者が望まないのであれば強くは望めない。
普段こういった場で冷静に最終判断を担うリノであれば、ルカの意思を尊重し、承諾するであろう。しかしこの場で役を担ったセヴェーノは、尚も首を振った。
「助かった命なら、見す見す失う事もないだろ。それこそ、ソイツが不憫だと思わないのか?
俺だって……感謝してるさ。礼なら別の形で渡す。何か勝算……、それこそ、城の中に味方の一人でもいなけりゃ、無謀にも程があるって話だ」
「味方……」
『君を制縛から逃がそう』
「そう! スノーマン、貴方を城から逃がしてくれたモンスターがいたはずよ。
声しか拾えなかったけれど……、彼は誰なのっ?」
セヴェーノの正論に言い負かされてしまうと思われたルカであったが、目を閉じ過去を辿れば、とある男の声を思い出すに至った。可能性の糸を手繰るように、スノーマンへ正体を明かすよう縋ってみる。
「ああ、かれは……フロスティ。ヨクル、フロスティ」
「ヨクル・フロスティ……。伝承程度に名前を聞きかじったくらいだ。確か、霜のモンスター……地面に霜柱が続いたらフロスティが歩いた道だ、なんて言われていたな。姿も子どもだとか老人だとかはっきりしない……つまりは未確認ってこった」
モンスターの名を聞いただけでこれだけの情報を展開できるのだ。セヴェーノも勤勉家の人、と言えるであろう。
外で語られる知人の噂に、スノーマンはふふ、とくすぐったそうに笑う。
「フロスティは、うーん。こども、おじいさん、ちがう。おじさん、だ。フロスティのうしろ、ついてくと……シャリシャリ、おもしろい。ちいさいゆきだま、だったころ、よくやった」
「スノーマン様が小さい頃……ということは、フロスティ様はお城に滞在して長いのでは?」
リノがスノーマンの思い出話からも小さな情報を引き出せば、頭ごなしに否定を続けていたセヴェーノも流石に逡巡する。そして根負けというように、首を縦に振った。
「なら、まずは城まで向かって、フロスティに話を通す。そこまで出来て漸くクイーンへの謁見だ」
「セッちゃんママのお許しが出たよー! さ、皆でツアー遠征の準備だね☆」
「誰がママだ誰が! っていうか、ツアーって何……?」
出会って間もないセヴェーノは、まだメロの異世界用語に慣れていないようだ。リノやルカはスノーマンから魔力で補強された布を貰い、装備として包まれてみる。ユウシャも細長い薄手の布を首に巻き、肌の露出を減らした。各々が出発の準備を整える中、セヴェーノも立ち上がり、雪洞に貯蔵された布から適当に暖を取れそうな装備を見繕い始める。
「……セヴェ、着いて行くのか」
「……あー、ああ。あの男一人で女の子たちを守れるわけないだろ? それになんだ、……ほら、アイツら、揃いも揃って危なっかしいからな」
デットヘルムは分かっていた。自身らが断りを入れれば、一行は快諾し先に雪原の出口へ二人を送り届けてくれたであろうことを。念のためセヴェーノに問いかけてみれば、そんな考えはまるで頭に無かった様子だ。そんな反応に満足げに目を細め、雪洞を出た。
「ここは、このまま……のこしておく。おれが、いなくても、まいご、つかってほしい」
「火を着けたままっていうのは本来いけないんだけど、ここ雪しかないからね。贈りものは全て持った?……よし。さあみんな、」
「出発だ!」
声高に一同は出発の合図をする。これから未開の地へ向かう自身らを鼓舞する為に。そう、この先、何が起ころうと可笑しくは無いのだから。




