モーショボーの×おふとん屋
手を繋ぎ中腰で歩く一行は、傍から見ればどれだけ滑稽であろうか。しかし実情を垣間見れば、笑いごとではない。今度はユウシャが先頭となって白む木々の間を縫うように歩いていれば、前方から眩い光が差し込んできた。
「光……森の外!」
太陽光であるならば、それが目的地に近い場所で無くとも、最悪の事態は切り抜けられるであろう。半ば繋いだ手を引っ張るようにして、つい勇み足になったユウシャの視界が、突如大きく広がった。
「……そ、そんな……」
森を抜けた先は、めまいを起こしそうな程に白かった。天の白と地の白に境界線は無く、寂しい景色にお似合いな静寂が、その世界を包んでいる。
はあ、と絶望に零した溜め息さえ白い。振り向けば、あんなに鬱蒼と黒かった森が真っ白に雪化粧をし、存在すら掻き消されてしまいそうだ。
「本場のホワイトアウトを体験したのは初めてよ……。でも、ライトも無い、建物も看板も無い。本当に、何も無いなんて……、こんなのは、ここが最初で最後だわ」
「本当に、最後の光景に、ならなければ良いのですが……」
「メロの旅は始まったばかりなのにい! リセットボタンないすか……っほあ!? 見て、あそこに何かあるよ☆」
露出が高い事もあってか、どうやら寒さに弱い様子の精霊が弱音を零したところ、辺りを見渡していたメロが声を上げ、一点を指さす。
一行もその方向へ目を凝らすと、白の中にぽつりと、黒い影を視認出来た。
「でかしたぞメロ! 行ってみよう!」
柔らかな雪を踏みしめ歩み寄ってみれば、現れたのは祭りで見られるような簡易的な屋台であった。屋台には、ふかふかとした布が積み重なっている。
「お布団屋さん?」
「こんな大雪華に客とは珍しいな」
ルカが小さく呟くと、その声に反応して布団の後方で灰色の柔らかそうな羽が羽ばたいた。
「っと、鳥?」
鳥にしては大きすぎ、グリフォンにしてはやや小柄なその羽を注視していれば、その羽を持つ青年が顔を出す。灰色のマッシュヘアにはシーグリーンのメッシュが入っており、首にぶら下げたストローの刺さった透明なカップからも、ルカは近代的な雰囲気を彼に感じた。
「彼、モンスター……?」
「ああ、だろうな。でも、図鑑でも見た事無いぞ」
「モーショボーだよ☆」
「えっ! モーショボーってあの、人の頭を割って脳髄をすする『害なす怪物』の? いや、同じ種族でもここまで姿形が違う事って……」
「あー、それって原種の話だろ。僕らはそういうのしないから。
善良なショップ店員だって。このラビリンスではマストなアイテムを売ってるだろ?」
モンスターに関して今まで博識であったユウシャが見た事の無い容姿に戸惑っていれば、キーボードを叩く幽霊少女が一匹のモンスターの名を口にする。その名を聞いても納得のいかない様子のユウシャに、今度はモンスター本人から補足が入った。
世界から隔離された雪原では、一般知識が通用しない事もあるだろう。寧ろ、殆ど通らないと考えて良い。目の前のモンスターが理知的である誤算は好都合であった。一行はそのマストなアイテムに重点を置く。
「確かに、温かそうで魅力的ね。そのお布団、いくらなの?」
「1枚100ラヴ」
「たっっっか!!」
モーショボーから提示された金額に、思わずユウシャが声を上げた。その場で口出しせずとも、メロやリノも驚愕の表情を浮かべているのであれば、相当高値で売りつけられているとルカにも分かる。そしてこの流れを、ルカは察知した。
「社長、そこをお安く」
「は? 値切ってもムダだよ」
「えっ」
ルカの通販番組のフリは見事に一蹴されてしまった。此方の世界でこの販売方法は流通していないらしい。冬の大決算セールも、ここには無いのである。
「でも、100ラヴなんてブランケット、見た事がありませんわ……」
「ま、これ特別だからね。僕らモーショボーの羽を使っているのさ。身を削って迷い人を助けているってわけ。
それに、君たち人間にフレンドリーなのって僕くらいだよ。みんな外から来た生き物を良く思っていない。まあ、大抵外からしたら異常気温の迷宮を彷徨った果てに命を落とすから、外に捨てるなり食べるなりして排除出来ているけれどね」
青年の付け足した言葉にユウシャはそっと青ざめて顔を引きつらせた。幸い天狐やマミーからの戦利品で3人分は賄えるであろうが、決して安くない買い物にお財布係も未だ躊躇を見せる。
「まーまーユーちゃん☆ 他にもおともだちになれるモンスターいるかもだし、ここは一旦止めとこ! 300ラヴあったら超カワイイお洋服も、カッコイイ装備も、いっぱい買えちゃうもん!」
「はは、だからいないって。
クイーンのお考えだ。僕らクイーンの子には先天的に根付いた思想なんだよ。諦めて買っていけば? お金、あるんでしょ?」
気温の影響を受けず、意外にも一番理性的な判断が出来る状態のメロがユウシャを制止した。ここに来ても出し惜しみをする一行を青年が嘲笑い、更にひと押しする。
しかし、紡がれた言葉に気になるワードを見つければ、ルカが抜け目なく疑問を投げかけた。
「待って。クイーン……女の人がいるの?」
「まさか。クイーンはクイーンだ。城でずっとこの雪原地帯を牛耳っている、世界一美しいモンスターさ。人間や動物なわけ無いだろ」
「聞いたことない。あは、とんでもない引きこもりモンスターだな。メロに引けを取らないぞ。」
「なんだと~! 負けないぞ☆」
僅かな談笑に、冷えた身体が少しばかり温まったよう感じる。そう現状を穏やかに出来たのは一行だけであったようで、青年はと言えば、冷え切った表情で首に掛けていたカップに刺さっているストローを抜いている。
「今、クイーンを侮辱したな」
「……えっと、機嫌を悪くした? ごめん、ちょっとした冗談だ。
でもほら、俺たちもここに悪いことをしに来たわけじゃなくて、迷っちゃっただけなんだ。もう少し君みたいに友好的になっても……」
「失礼で、汚らわしい。生きたまま頭を割ってやる」
「ひえーっ」
ユウシャが確かに自身の発言は無礼なものであったとへりくだってみたものの、青年は既に聞く耳持たない。ストローを青年が口に咥えると、白い冷気のような魔力が口元に漂い出し、氷を表面に纏い始めた。それはやがて立派なクチバシとなり、灰色の羽をいっぱいに羽ばたかせて浮上すれば、その姿こそユウシャの知る元来のモーショボーと近しく重なる。
「クイーンの子、モーショボー! ランクは、D。あのクチバシ、魔力で凍らせてるから強度は金属並み! 本能的に頭を狙うから、急降下に気を付けて☆」
「まずい、まずい! リノ様、援護頼めますか!」
メロの解説を聞きながら、ユウシャはぐっと剣のグリップを握り込む。僅かに唇と白い吐息が震えた。一羽ではルカの呪術も望めないであろう、もう一人の強力な仲間に声を掛けてみるが、弱々しい息遣いだけが返って来る。恐る恐る振り返ってみれば、リノは両腕で己を抱きしめ、震えていた。
「水は0度で、凍ってしまいますの……」
「どうしよどうしよっ影も無いよーっ!」
「っ私が切るっ! 剣を貸して、ユウシャはリノを担いで逃げて! リノが狙われる、分かるでしょっ」
「でも、ルカ……ッ」
大した作戦を練る時間も無く、狙いを凍りかけの精霊に定めたモーショボーが高度を上げ、遂に急降下を始める。ユウシャが慌ててリノを俵背負いするものの、柔らかな雪を踏みしめては逃げ切れる速度にならない。
「お願い早く……っ、え……?」
ルカが慣れない武器を構えたその時、ドッドッと響くような鈍い音を立て、一行へ大きな紅い影が迫って来た。目前に立てば、それは3m程の生物であると分かる。
その巨大生物は両腕を伸ばすと、急降下中の青年を掴んだ。モーショボーが網にかかった鳥のようにバタバタと暴れると、巨大生物は優しく雪の上に彼を寝かせる。
「なんだ……っ、助かった、のか……?」
「ぶはっ、クソ、邪魔するなっ! ……あ……、ああ、あああ! っちくしょう、何で、スノーマンが!」
青年がクチバシを自ら砕き悪態をつく。しかしすぐに怯えるような、苛立ったような口調で頭上の生物の名を呼ぶならば、今一度一行も巨大生物を見上げた。すると、吹雪を掻き分けたように視界が晴れ、白くふわふわな髪を持つ、成人した逞しい肉体には僅かに幼すぎる顔立ちをした青年が現れる。
「モーショボー、いじわる、だめだ」
稚拙な言葉と反して、低く穏やかな声が響く。モーショボーは一つ舌打ちをすると、屋台へ走り布団を全て抱え、逃げるように白銀の迷宮へ飛んで行ってしまった。
「……あの、すみません、ありがとうございます。助かりました、えっと、スノーマンさん……?」
「うん、おれ、スノーマンだ。また、まいごだ。火、たいてる。こっち、こい」
紅い影だと思っていたのは彼の深紅のロングコートだったようだ。頭には雪だるまらしく、シルクハットを乗せている。
スノーマンは白い瞳を穏やかに細めると、ユウシャが抱えていたリノを優しく抱き上げ、赤子のように抱えてのそのそと歩き出した。




