お茶会×憑依
「生きた人間はモンスターと同じものを食べられたでしょうか?
ポルター! 冷蔵室から焼くだけのキッシュとバターを持ってきなさい! カップケーキならすぐご用意出来るでしょう」
「オレのカップケーキにはチョコチップを入れてくれよな!」
「こっちの世界にも、チョコってあるのね」
「女の子がいっぱいのお茶会だ、よーし、俺が紅茶を淹れよう。乾燥させておいた茶葉があったね、我が大切な友よ」
「ああ、そうだね。手もみも発酵も、マミーがやったんだ、香り高い茶だよ。好感度爆上がりイベントだな、親友」
二人はハイタッチをすると、マミーは包帯を引き摺って厨房へ向かい、オートマタは会場のテーブルへ人数分のカップを並べる。ポルターガイストは地下の冷蔵室へ風のような速さで飛んで行き、シルキーは既に厨房で小麦粉や砂糖の準備中だ。
メロの鶴の一声で、館の住人は茶会を始めようとすぐさま集まった。それだけ皆、館の当主が開いていた茶会を恋しく、待ち遠しく思っていたのかもしれない。最難関と呼ばれたステップがクリアされれば、後はこのように全員で準備を始めれば良いのである。
「カップケーキの材料があるなら、クッキーも作れるわね。私、手伝って来るわ」
「ルカ、俺も手伝うよっ」
「リノ~、バター一つ、落っことしちゃったよう。シルキーに怒られる~っ」
「まあまあ、仕方ないですわね。床は拭いておきますから、残りを慎重に運びなさい」
「メロ、イイ感じのBGM見繕ってくるね~☆」
「あ、あちょっと、ああ……えっと、お茶会って、あと何を用意すれば良いんだ……?」
ルカとユウシャは厨房へ消え、リノはポルターガイストの手伝いに、メロは自由奔放に部屋へ戻ってしまった。パーティー会場となるダイニングに赤ん坊と二人残されたリッチは、忙しなく動く人々を見て気まずさに俯く。
すると、いつの間にか目を覚ましていた様子のジャックと目が合った。彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、小さな身体を小躍りさせている。それが愛らしく、リッチもつい噴き出しては指から魔力を出力させ、色んな形を作って赤ん坊を喜ばせようと試みる。
そこでふと、会場の壁に目が向けられた。
「……そうだ、飾り。飾りつけを、してみるか」
リッチの提案に、ジャックは手を叩いて喜ぶ。畑で長めの蔓を見繕い、不規則に点滅する魔力の玉をぶら下げて、壁に貼り付けた。
「わあ、綺麗だ!」
「素敵……、ハロウィンパーティーね。
料理の準備が出来たわ。始めましょう」
一気にパーティーらしさを増した会場に、やって来た人々は次々、感嘆の声を上げる。テーブルには温かな紅茶の入ったティーポット、カボチャのキッシュ、それにカボチャのカップケーキやクッキーが並んだ。リッチを誕生日席に、各々が長いテーブルの長辺側に腰かけていく。
「ほ、本日はお集まりいただき……」
「りちちそーゆーの良いから☆ ほらほら、始めよー!」
堅苦しいリッチのスピーチを遮り、メロが代わって声を上げれば、ダイニングに怪しげで、それでいて軽快な音楽が流れ始めた。
出席者は楽し気に笑みを零し、各々食事に手を付ける。当然、食事を取る事の出来ないメロの前にも、チョコチップ入りのカップケーキと紅茶が並べられていた。
一方リッチも、他人の機嫌を取る為の演説など経験は無く、遮られた事に感謝さえしている。目の前に置かれた他より小ぶりなカップケーキは、赤ん坊のものだろう。千切ってジャックの口に持って行けば、指ごとしゃぶりつく食い付きようについ笑ってしまう。
「お口に合って何よりです。貴方も召し上がると宜しい」
「!……あ、ああ……ありがとう」
「オマエ、とっつきにくそうなモンスターだなーと思ってたけど、お茶会も開くし、ちゃんと笑うんだな!」
「陰キャがいろんな人に構って貰っているのを見るとほっこりしてしまう私がいるの」
「ルカはやはり私の同志ですの……」
「スケッチブック出てるよルカ、しまってしまって」
館内のモンスターと交流を深めるリッチの姿を見て、パーティーを違う形で楽しみ始めた女性陣にユウシャは苦笑した。メロも食事を楽しむモンスターや一行と、会話を弾ませる。楽しい時間が過ぎていき、ティーポットの紅茶が底をつきた頃、ふと談笑がフェードアウトし始めた。
「……そういえば、君。桃色の……」
「ルカよ」
「ルカ。ずっと気になっていたんだが……それって、わざと憑けてるのか?」
「……え?」
リッチの不意な問いかけに、一瞬会場が静まり返る。ルカ自身、彼が問いかけているのがアクセサリーの類に関してでは無いと分かっていた。
「やだなーりちち! 優しそうな魂だもん、わざとだよぉ☆」
「え、……え?」
椅子をガタンと鳴らして立ち上がると、後ろを振り向く。しかし、当然ながら何も見えない。
メロとリッチがパーティーの余興として揶揄っているのだろうか? もしそうだとするならば、両隣で怯えている様子のリノやユウシャも知らされていないのだろう。
「初耳なのだけど、因みにどんな方がいらっしゃるの?」
至極落ち着いたように振る舞い、テーブルへ肘をつくと手の甲へ顎を乗せる。
「やはり、知らなかったのか。しかし、落ち着いた魂だ。現に君、身体を乗っ取られたり、悪さをされたりしていないだろう。
まあ、油断はしない方が良いんじゃないか。その魂、君に全然干渉しようとしていない。悪い憶測だが、君に憑いて……然るべき時を待っている?」
油断も何も、見えない相手にどうしようもないとルカは目を伏せた。
「えっとそれ……ここで取れたりしないの?」
ユウシャがまるで、衣類の毛玉でも取るかのように提案する。途端リッチに抱かれ指をしゃぶっていたジャックが、ルカに向け片手を上げて口をぱくぱくと動かした。しかし暫くすると指をしゃぶり直し、リッチに向けて首を振る。
「うん……? ああ、なんか、拒否されたらしい。無理矢理剥がすのは得策じゃないな」
「誰なんだろ。実家の猫かな」
「亡くなっていたのか……」
「いえ、生きてるけど」
「じゃあ候補にあげちゃ駄目かな!」
特徴を聞いてみれば、思い当たる節は気まぐれで無関心な実家の猫しかいなかったのだ。それを否定されたとなると、いよいよ心当たりがない。
「そっかぁ。まあ、ルカ自身も知らないんじゃ誰も分からないよね☆ 大丈夫、ルカに不利益な事はきっとしないよ☆
さあ、お茶会はおしまい! みんなで片付けよう☆」
お茶会もお開きとなった事で、先程の話が嘘や揶揄いから述べられたものでは無いと分かった。不安は残るものの、ユウシャとリノもそれに怯える事無く、ルカへ寄り添ってくれる。
シルキー指導のもと粗方片付けが終われば、一行は館の扉を潜った。
「なんだ、『冥界の森』って案外、怖いばっかりのところじゃないな!」
「誰しも死への恐怖は持ち合わせているものです。そういう感情が、この森への畏怖を生んだのでしょう」
「そうそう☆ まあ、森の領土を削られないって利点はあるけどねー☆」
「……え?」
いつの間にか、一行の後ろに当たり前のようにメロが漂っている。肩にはピンクのリボンが編み込まれたショルダーバッグを掛け、完全にお出掛けモードだ。
「お、お見送り?」
「んもー、ユーちゃんのいぢわる☆ メロも一緒に行・く・の!」
「でも、館にはジャック様が…」
「大丈夫☆ りちちの胸に抱かれて大きく育つよ…」
そう話しながら遠くへ目をやり、ふっと哀愁を含ませ微笑んで見せる。一行は顔を見合わせて、どうするべきかと模索中だ。
「そーんな心配しないで☆ 離れてもメロとジャック様は(特殊契約で)繋がってるんだから!
それにほら、もう一人憑いたと思えば大したことなーい☆」
「一人目もまだ納得してないからね?
……まあ、私はメロが良いなら良いよ」
まずはルカに同意を得られ、メロは喜びに空中を舞う。ユウシャは小さくため息を付き、ルカが豆を撒いたであろう方角へ目を向けた。
「森を抜けるのだって一苦労なんだよ? まずは元いた道に戻らないと……、あれ。ルカ、豆どの辺りまで撒いたかな?」
「ええと、館や畑がはっきり見える所までは撒いたから……あら。無いわね」
「あ! 豆ってこれ?」
そうメロが一行に差し出したのは、カボチャの蔓で口を結んだ小包だ。ユウシャが恐る恐る結び目を緩め、中を覗いてみると、そこには幾粒もの豆が収まっていた。
「これって……」
「出てく時にジャックさまから預かったの☆ “また落としていたから拾っておいた”的なメッセージを受け取ったんだけど~」
一行は顔を見合わせる。恐らく、玄関でのひと悶着の間に回収に向かってくれたのであろう。
「ど、どうすれば~!」
「ユウシャ、落ち着いてください。南に真っすぐ向かえば、一旦森から出られますわ」
「南ってどっち……?」
(機能するかも定かでないが)方位磁石すら持ち合わせていない一行にとって詰みの状況だ。頭を抱えていれば、メロがバッグから徐にパソコンを取り出す。
「どこに行きたいの?」
「本当は『シーサイダース』だけど、森から出られるならこの際どこでもいいわ」
「おっけ☆『シーサイダース』ならこっち~」
「メロ、案内できるのか!?」
「うん!りちちが言うに、メロがネットに接続する為の線みたいなものになるらしいよ☆
あんまり館から離れたり、悪天候な場所に行ったりすると繋がらなくなるけど、ネットが使えなくても保存してあるデータは見られるし☆」
「メロはWi-Fiルーターだった……?」
ルカは、この有能幽霊なら是非憑けておきたいものだとひっそり感じる。
かくして一行は、ゴスロリアイドル幽霊メロを仲間に加え、彼女の案内の通り、再度深い森へ足を進めていくのだった。
5章『パンプキンやかた』 完




