マンティコア×アルラウネ
強すぎるくらいの朝の陽ざしで目を覚ませば、宿を出て紙袋いっぱいに朝一に焼かれたパンを買いこむ。給水所である井戸で丸型の水筒に水を注ぎ、二人は街を飛び出した。
ルカは何となくその準備に、遠足を思い描いている。早速ベリーの類に見える果実を練り込んだパンを齧りながら、件の草原を通り過ぎた。
「この先はもう、スライムばっかりじゃあないぞ」
目の前に鬱蒼とした森が立ちはだかると、二人は意図的に足を止める。癒しの泉があるとは思えない不気味さが感じられるのは、元々冒険者への試練の道だったのか、或いは宿屋の主人が述べていた事が関係しているからか。互いに初めて訪れる場所であるならば、その真意は定かでは無かった。
「これ……道かしら? あっ!」
「ルカッ!?」
辛うじて泉へ続くのであろう道が拓かれていれば、ルカは臆する事無く足を踏み入れる。しかしそれが起爆剤だったかのように、その足に瞬時に蔓のようなものが巻き付いた。
ユウシャが直ぐに抜刀しその緑の触手を叩き切ったものの、視野を広げればいつの間にか根を張るように、触手が開けた道一面に伸び、うごめいている。
「迂闊だったわ、ごめんなさい。どうしたら良いかしら」
「いいさっ。それより、アルラウネか!? 群れならまずい…!
アルラウネは頭の花を血染めにするんだ!」
ルカはその類の話について浅学ながら、大きな花を携える女性を頭に思い描いた。ならば自身の呪術は無効に終わってしまうだろう。ユウシャから武器は与えられておらず、辺りに丈夫そうな木の枝でもないかと視線を彷徨わせる。
その視界で捉えた木の根のようにいびつな足。恐る恐る顔を上げていくと、そこには褪せた赤い花を頭に咲かせた、褐色肌の青年達が並んでいた。
「あら?」
「まずい、まずいよ! アルラウネはEランクだけどっ、ここまで群れてたら流石に相手にしきれないって……!」
ユウシャの焦燥から出た弱音に、彼らがこの世界で言うアルラウネという事までは分かった。疑問はさておき、男であれば打開策は得られる。ルカは静かに彼らそれぞれの性格や特徴を探ろうとした。
「誰がEランクだって?」
ケケケ、キキキ、と耳障りな嘲笑の中、はっきりとした人間の言葉が、扇情的な声で二人に語り掛ける。
それは周りの同個体と容姿はほぼ変わらない、それでいて強者と感じさせる一体のアルラウネから発せられたものだった。
「群れの数からして、私たちが圧倒的に不利。なのにどうしてリーダー格であろう貴方が出てきたのかしら? 死体を弄ぶのがご趣味?」
会話ができる。それだけのチャンスから、生存を勝ち取ろうとルカが前へ出た。
「いいや、言うなれば……、弁明と宣言の為、かな?
まず、僕らは血しぶきを浴びようなんて野蛮な事はしない。のうたりんの『害なす怪物』と一緒にしないで欲しいな。
ならばこの花をどう染めるかって? それは……愛さ!!」
聞いてもいないのに若草色の髪を弄りながら、歌うように語り出すリーダー格の男。周りのアルラウネたちも、その気高き演説に聞き入っている。これには逃げ出すチャンス、と感じざるを得ない。
「僕らは愛を知った気高い種族だ。よって好みの女をさらう。
という訳だ、女を置いて立ち去れっ!」
パンッ!と乾いた音が響く。後ずさりを始めた二人の足首を、アルラウネの腕部分と繋がった蔓が鞭のように叩いたのだ。瞬間体勢が崩れ、二人共々土の上に転がる。
「っ良いよ、逃げても」
ルカのそれは、怯えでも諦めでもない、一人で勝算を得ようとする声色だった。それに触発されれば、ユウシャも震える手で剣を握り、切っ先を群れに向ける。
「逃げるわけ、ないだろ!」
ギチッ!ブチッ!と気味の悪い音を立てて、縦横無尽に這わされた蔓を無作為に切りつけた。しかしモンスター本体と繋がる蔓は怯むことなく、寧ろ攻撃の手を強めるばかりである。
「いっ!」
「ユウシャ! この……!」
「ははは、全員揃って野蛮じゃないか。っていうか何、人さらいが気高いとか莫迦だろ」
ユウシャの腕に絡みついた蔓に、武器が無いならばとルカが噛みついて千切ろうというその時。獅子の鬣のような樺茶色の髪を揺らし、軽快に笑う青年が突然現れ二人の横を通り過ぎ、アルラウネと対峙した。
「野蛮な獣の代表には言われたくないなあ、マンティコア」
「マンティコア!?」
よくよく青年を見てみれば、その下半身にはネコ科の足と棘のような黒い毛を先に付けた長い尾が伺える。立ちはだかるように間に立ってくれるのなら、助けに入ってくれた、とルカに思われても仕方がない。だが否である、という事は、青ざめたユウシャの顔からも明白だった。
「彼らは人肉を好んで食う……。『害なす怪物』、つまり人間を故意に襲い、殺すモンスターだ。もし彼らが対峙していたとしても、次は、俺たちだ……!」
「そうだ人間。しかしちょっと違うぞ人間!
種族を一括りに考えるのはいい加減止めろ。人間はすぐやれ個性だのと否定する癖に。
良いか、俺は高尚なマンティコアだ人間の生肉なんて趣味じゃない。俺の目当ては、お前たちの味付けされた食料だ!! 特に砂糖菓子は最高だ。全部置いてけ、さもなくばこの草焼いた後にお前たちも八つ裂きだッ!」
畳み掛けるように喋り出されるとかなり威圧感がある。しかし俺様系の凛々しい顔立ちに似合わず、好物が甘いものとは驚きだった。
「草だと!? 獣風情がえらっそうに……この前僕らの結んだ草に引っかかって転んでいただろうが阿呆め!」
「あれお前かよっ!? 危険だろうが今すぐ野焼きだ野焼き!」
ユウシャの頭に同族嫌悪という言葉が浮かぶ。脅威であったモンスター二匹がいがみ合いを始めるなら、今が逃げられる最後のチャンスであった。
しかしルカは二匹を力強く見据えたまま動かない。その両手は強く光り始め、やがて羽ペンとスケッチブックが顕現した。
「顔を合わせれば喧嘩が始まる二人。嫌いなら無視すれば良いだけの話、でも二人には出来ない。
始まるのはいつも、拳から伝える殴り愛!」
「ッぐぅ、何だそのあいの強調は…!?」
「分からん! 分からんが……胸が、苦しい……! 貴様何を……ッ!」
「お互いを強く意識しあっているからこそ、いがみ合ってしまう。それは愛と表裏一体! 凝り固まったプライドは結ばれた草を解くように柔らかく、砂糖菓子のように甘く解されていくの。
つまり、いじっぱり喧嘩ップル、マンティコア×アルラウネ!」
「ううっ!」
「ぐあぁっ!」
二匹に精神的大ダメージが入った!
「凄いぞルカ!」
「いいえ……丁度超おいしい設定が転がり込んできただけよ。
ちなみに私はリバもあり。分かち合える人もいないし、語るのはこの辺にしておくけど。」
「くっ……こんな、惨め、な……!許さんぞォ……!」
アルラウネの弱い個体たちは怯え足がすくみ、戦闘不能の者、すでに逃げ出した者の二者に分かれていた。口だけは達者ながら無様にも土の道へ突っ伏す、脅威であった二匹の前に膝をつき、ルカはそっと手を差し出す。
「はい、戦利品」
「慈悲はないのか!?」
「ついでにしっぽの毒針も貰ってくぜっ」
「あーっ!」
ルカが二匹から金品を手持ちの半分ほど頂くと、ユウシャもマンティコアの尾から、ちゃっかり神経毒を蓄えた針を一本抜き取る。
障害の無くなった道に沿い、二人は森の奥へと進んで行くのだった。