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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
パンプキンやかた
29/88

ジャックオランタン×リッチ


「ジャックさまは、歌うのとお茶会とお散歩と畑仕事が好きな、綺麗なお兄さんだったの。

 その日もいつものように、一人で鼻歌を歌いながらお散歩していたんだって。そしたら、死にかけの人間の男を見つけたの……-



『ああ、君、生きている? ……ううん、もう駄目なんだろう。可哀想に、苦しいね……、! これは、まずいな……!』


 ジャックさまは、うつ伏せに倒れた男をそっと抱き起した。それで、びっくりしたの!

 だって男は、強い魔力と……憎悪と怨恨に、満ちていたから。このままじゃ、ただの『害なす怪物(バーミナー)』になっちゃう。だから、ジャックさまはその男の身体ごと抱えて、急いで館に帰ったの。

 それから、強い魔力に当てられないようにって、誰の同行も拒んで、玉座の間に籠っちゃった。

 暫く経って、館のみんなで扉を開けたら……びっくりだった。玉座にね、多すぎる魔力を垂れ流しにしたモンスターと、それをお姫さま抱っこした、小さな男の子が座ってたんだもん。


それが、今のジャックさま。


 ジャックさまはね、そのモンスターの為に、悪い『害なす怪物(バーミナー)』に転身しないように、その強い魔力を保ったまま別のモンスターになれるようにって、自分の声を失って、身体を削って、その偉業を成したんだよ」


「そんな、一人の命の為に、どうしてそこまで……」


「そういうモンスターなの、ジャックさまって。そういうところが、みんな大好きなんだもん。

 さすがに成人型のモンスターは怒ってたけどね☆ 無茶しすぎって。さすがにやり過ぎだって思ったけど、メロも人のコト言えないし」


「それが……俺だって、言うのかよ」


 ずっと口を閉ざしていた青年が、ぽつりと言葉を零す。むくりと顔を上げ、憎らしそうに眉間に皺を寄せ、メロを睨んだ。


「鬱陶しいんだよ! 毎日俺を気にかけて、ベタベタ引っ付いて……!

 何だよ、じゃあ俺はジャックに永遠に恩を感じてへりくだって生きろって……? 偽善も大概にしろ、俺っていう偉業の成功型を掲げて、崇拝者を侍らせて! 全部自分に陶酔する為の道具なんだろ!?」


「りちち!」


「誰かに何か見返りを求めた訳じゃないでしょ、彼」


 メロとリッチの口げんかに発展しそうなところに、ルカが制止するよう口を挟む。


「勝手に崇拝しているのは周りのみんなよ。だったら貴方のそれはただのヤキモチ。八つ当たり」


「っぐ……! 貴様ァ!」


 リッチは図星に歯を食いしばった。しかし、何か投げつけようという魔力も無い。畳み掛けるように、ルカが青年へ歩み寄る。


「誰しも、苦労や努力に見返りを求めてしまう。求められないなんて、感情の無い可哀想な生き物よ。かみさまにでもなったら良い。でも……例外はあるわ。

 私はそれを“愛”と呼ぶ」


「あ、あい?」


「そう。ジャック様は、貴方を“愛”していた。だから命を、魂を削ってでも、貴方を救いたかったの。共に生きたかったの。

 愛は目に見えない。見えないから、見ようとしない。近すぎる程、ありきたりで面倒で、いちいち目を向けようとも思えない。だから失ってから、ぽっかりと穴が空いたような感覚で気付くの。それが大きくて、温かくて……優しくて、かけがえのないものだって事に。

 貴方は穴を抱えて生きていく。空虚という彼の愛情の記憶にむせび泣くでしょう! それが、ジャック×リッチ!」


「うあ゙ぁーッ!!」


 リッチに精神的大ダメージが落とされる。今度こそ這う余力も無く、床へ突っ伏す事となった。


 沈む意識の中、青年の魂に刻まれた音が響く。


『よく聞くんだよ、■■……。僕はもう、声が出なくなる。記憶は身体に遺る。だから、魂に刻むんだ。

 その悲しみも、裏切りの記憶も、憤りも、全て身体に置いていきなさい。辛いだろうけど、手放しなさい。

 そうしてまっさらになった君を、僕ら家族が歓迎しよう。僕が、家族が、君に愛を教えてあげる。

 そうしたら、毎日お茶会をしよう。毎日色んなお客様が来る、君が暫く飽きる事は無いだろう。

 君の書斎を僕の部屋に設けよう。君はこれからも、沢山魔法について勉強すると良い。

 君はとても聡明だ。これからの僕よりよっぽど強い、そして……美しい。だからこそ、この椅子には座ってはいけないよ。この椅子は、強い人が力を誇示するための椅子じゃない。力をめいっぱい出すために、命を削る椅子だ。座るのは僕だけで良い。

 君はもう、誰かの為に辛い想いをする必要は無いのだから……』


 すっかり忘れていた。身体に全て、置いてきたと思っていた。

 目覚めたモンスターとしての自分は、酷く高慢な態度であったと思う。館の住民は早々に嫌気がさして俺を避けた。当初と変わらず接してくれたのは、メロとジャックだけだった。そんなメロも、館の住民も、皆ジャックを崇拝している。気持ち悪いぐらいに……と、あの時は思っていた。

 でも、今なら少しぐらい、分かってしまうかもしれない。皆、奴に救われたんだ。

 じゃあ、奴はどうだ? 皆、何をしてやれる? 奴に言われて、玉座に座りもしない、俺を恨みもしないんだろうな。じゃあ、俺は、俺は……


「常闇に、堕ちても……」


「あ! 起きた、りちち!☆」


 リッチが目覚めると、書斎横のベッドに寝かされていた。緩く跳ね上がる頭をむしゃくしゃしたように掻くと、棚の小瓶を一本無造作に掴んで飲み干す。


「あんた、まだやる気か!?」


「……ッいや、いや違う。常闇に沈む。ジャックを探せたらいいが……はは、無理でも一緒に同じところで死ぬぐらい、良いだろ……」


 手のひらの上で黒い穴を作り、徐々に広げていく。頭が入るぐらいまでは広げようと試みたところ、メロが顔を覗かせた。


「りちち、ヤンデレ化かよおもろー☆ 死ネタとかメロの好物だけど、ジャックさま死んでないぞ☆」


「は?!」


 メロのとんでもない発言に、闇の穴は一瞬でチリと化す。それから信ぴょう性の無い言葉に酷く動揺してしまった事を恥じ、小瓶をもう一つ手に取ろうと手を伸ばした。


「いや、何を根拠に言ってるのメロたん……。落としたの、見たじゃん。止めてくれるのは嬉しいけど、ごめん……」


「え? ホントに死んでないよっ? 凄く弱くなってて、死にかけなんだけどぉ……下の方にいる気配、するんだよね~☆」


「えっと……メロ様、それは本当ですの? でしたら、案内は可能ですか?」


 まさか天真爛漫なメロでも、人を傷つける冗談は言わないだろう。そう考えれば、リノはメロにジャックの居場所までの道案内を願い出る。


「もちろん☆ てゆかりのりぃ、サマ付けナシナシ☆ りちちも起きたし、皆で迎えに行こー☆」


 まるで遠足にでも行くような足取りのメロに、一行やリッチは信じて着いていくしかないようだった。




 

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