玉座×新当主
一行がメロの部屋を出て目当ての部屋の前まで移動するのは、探検の日々に比べれば一瞬の事であった。
どことなく厳かにも見える重厚な両開きの扉の前へ並び、息を呑む。
「……では、私ノックを「やっほージャックさま~! メロお友達連れてきたの☆」
「メロ~!?」
リノが手の甲を扉へ当てるより先、メロが手を前に突き出せば、当然のようにどーん!と大きな音を立てて扉が開く。これにはユウシャも、さっき自分の部屋の扉、ノック無しに開けられて怒ってたよね?と胸中疑問符を浮かべるばかりである。
扉を開けば、フチに金の装飾の施された紅い絨毯の広がる先、これもまた背や足が金色の、輝かしい紅い玉座が鎮座していた。そこには緩くパーマがかった黒い髪の、眼鏡をかけた気だるげな青年が深く腰掛けている。
「あら……えっと、ごめんなさいね。私たち森の外から参りまして……」
「あーー!! りちち、その椅子座っちゃ駄目って言ったでしょ~!?」
「……りちち?」
そのあまりに落ち着いた様子に、一行はややくたびれたワイシャツに黒いスラックス、皮のロングブーツを履いた彼が“ジャック様”であろうと思い込み、リノが代表して声をかけた。しかし、メロが大声でそれを遮るならば、驚いた様子で呼ばれた男の名を復唱してみる。
今一度青年を見てみれば、彼女の言葉が正しいことは明白だった。青年の眉間には皺が寄り、やや不快そうに足を組み、頬杖を付いている。
「俺はリッチだ。そう呼んで良いのはメロたんだけだから」
「うわ、え、彼ぴ?」
「違うし違うし☆ 成仏したってありえないから~!
ていうかりちち、椅子から降りろ☆」
くだけたあだ名の呼び合いについルカがメロらしい言葉遣いで問いかければ、すぐさまメロから否定の言葉が飛んだ。それから1トーン低い声色で、メロとは思えない生真面目な叱咤が放たれる。
しかしリッチと名乗る青年も“メロたん”のお願いとは言え椅子から降りる様子は無かった。
「良いんだよ。ここは俺の場所になるんだ」
「いくらジャックさまだって、そこは譲らないよ」
「譲ってもらおうなんて思っていないさ。気付いたんだ、この館で一番強いのは俺なんだよ! だから、俺の場所に出来るんだ」
「え、えーっと、状況が全く読めないんだけど、俺たち外ではぐれた子どもを探してて……っえ、あ、いた! この子です!」
「ジャックさま!」
「え!?」
揉め始めたリッチとメロに、ユウシャが要件を掲げ仲介に入ろうと試みる。その視界の端に煌めくオーキッドが映れば言葉が止まり、目を向けてみればそこにはいつの間にか畑で見失った少年が立っていたのだ。
しかし更に驚くべきはその後メロが少年を呼んだその名で、彼自身が探していた“ジャック様”と知れば、一行は一斉に少年へ目を向ける。
「そ、そんな……この子がジャック様、ですの!?」
「ふふ……確かにおうち、だね。あ……」
少年、もといジャックは一行に愛らしい笑みを向けると、家主の登場にも狼狽えず玉座へ腰かけたままのリッチの元へ駆け寄る。先程の掛け合いを見ていたとなれば、ジャック様と呼ばれた彼が青年へ何を下すかと緊迫感が漂った。
ジャックはリッチの膝に手をやり、その顔をまっすぐ翡翠の瞳で見つめる。それからひょいと飛び上がると、青年の膝の上にお尻を着地させ、深々と腰かけた。
「……ぷふ、あははっ! ジャックさまらしーい☆」
瞬間包まれた和やかな雰囲気に、一行も表情を和らげる。しかしリッチだけが青筋を立て、口元を引きつらせていた。
「俺を馬鹿にするのも、いい加減に、しろっ!」
ジャックの両脇を掴み、自身の膝から降ろす。必然的に玉座から腰を上げ眼鏡をかけ直した。リッチの周りに淀んだ空気が漂い始める。それが彼の強い魔力だと、その場にいた全員が理解した。
「この魔力量……、もしかしてリッチって、あのリッチか!?」
「高級品以外の意味である事だけ分かるわ」
「うん、上等だ! リッチっていうのは、凄く強い魔力を持ったモンスターさ。思念や思想の漂っていた所に非常に強い魔力があったんだよ。でも、それを保持出来る奴なんて早々いないさ……!」
ユウシャの言う思想の漂っていた所、とは暗に生前の彼を指していた。そしてその説明から、青年が非常に手ごわい相手である事を予想させる。
「はは……そうさ、俺は強い。この館で、この森で、一番強い!」
「ううん。りちちはジャックさまには勝てないよ」
「メロたん、本当にそう思ってる? すぐ覆してあげるよ、そんな世間知らずな考え」
「やめろあんた、相手は子どもだぞ!」
メロは先程までの陽気な姿と一転し、青年の自惚れを一蹴した。するとそれが火に油を注ぐこととなったようで、青年は片手に黒い闇を渦巻かせる。青年がそれを誰に向けるのか、それぞれが容易に想像出来れば、咄嗟にユウシャが言葉でリッチを説得し、少年を庇おうとした。
しかし、それよりも早く、リッチの作り出した常闇の弾は無垢な少年の腹目掛け飛んで行く。
「っあ、ジャックさま……!」
「ックソ、リッチ!!」
メロの気丈な発言を現実は裏切り、ジャックは姿相応にその力を受け吹っ飛び、絨毯へ伸された。ぐったりと横たわる少年にリノとルカが駆け寄り、ユウシャはリッチへ剣先を向ける。
「ほら、造作もない。この館はリッチ様のものだ。皆、俺に従う。
そしてメロたん、君は俺の花嫁になるんだよ」
リッチはユウシャを脅威ともせず、薄気味悪い笑みを浮かべゆったりとそう語った。対しメロは、当のジャックが戦闘不能状態であるに関わらず、油を注ぐのを止めそうにない。
「りちちのものにはならないよ、誰も。りちちはジャックさまに勝てないよ。お嫁さんになんかならないもんね。
してみたかったら、やってみれば? バァーカ!☆」
メロはリッチに向け、目の下を引っ張り、舌を出して見せた。挑発方法が自身の世界と同じである事に、ルカは少し感心する。
「……ああ、あーあ。そうだね、やってみるとしようじゃないか!」
「きゃっ!?」
などと油断している間も無く、遂に怒りの業火で堪忍袋の緒も焼き切れた様子のリッチが、腕を前に大きく振るう。するとジャックの横たわる絨毯に黒い円が広がり、途端吸い込まれるようにその中へ少年は落ちて行ってしまったのだ。
思わず傍にいたリノは悲鳴を上げる。手を伸ばそうとしたルカの試みも虚しく、その穴は用を済ませると早急に閉ざされてしまった。
「貴方、ジャックをどこに!?」
「今一番近くで見てたろ。暗く深ぁい闇の中に落ちたんだよ。
ほら、ジャックは始末出来たけど……、まだ同じことを言う?」
人を小ばかにするような半笑いでメロに視線を向ける。この始終呆気なかったとはいえ、メロもまたジャックを強く信仰していた一人。失った事は至極辛く、こうして自身共々侮辱される事は屈辱的であろう。
しかし彼女は、まだ強かな瞳で青年を見つめていた。
「……ううん。ジャックさまは生きてるよ」
「まだ言うか……!」
「だから返して☆」
「……はぁ?」
「ユーちゃん! りのりぃ! るかるかセンセー!
おねがい、りちちのオシオキ、手伝って☆」
一行は呼ばれたあだ名に顔を見合わせる。しかし返答は一つ。力強く微笑んで頷くと、武器を構えた。
「うん、もちろんだ!」




