箱入り×アイドル
その後、マミーの装飾品をいくつか(合意のうえ)戦利品として受け取り、一行は最上階を目指した。最上階にも、いくつか扉が立ち並ぶ。その一つ、どうにも騒がしい音楽の響く両開きの扉が目に留まった。
「もしかして……ここか?」
「何だか凄く……明るい曲が流れているようだけど。そうね、楽しいお茶会を開くモンスターだものね」
「取り敢えず、ノックしてみましょうか?」
ルカは館の外装からも、エキゾチシズムを感じる場所で流れる音楽があるとするならば、穏やかなクラシック音楽ばかりを想像していた。しかしここで流れる曲の雰囲気はどちらかと言えば、東京都心、さらに言えばルカのような若者の集う街を彷彿とさせる。
「……ごめんくださーい」
リノが控えめに扉を叩き、ユウシャが声をかける。しかし音楽に掻き消されてか、中から返事は無い。
今度は、ユウシャが少々強めに扉を叩いてみる。
「ごめんくださーい!」
彼なりに声を張ったつもりだが、またしても返事は無かった。しかし中からは、何者かがいる気配はする。一行は失礼を承知で、その扉を開ける事にした。
「すみません! 失礼します!」
「キャー!! りちち、勝手に入るなって言ったでしょー!」
「ぶっ!」
「あれ?」
扉を開けて一行の視界に飛び込んできたのは、ファンシーでゴシック&ロリータな少女の部屋。黒と淡いピンクの天蓋付きベッドの上にいたのは、明るいコバルトグリーンのふわふわとした髪をツインテールにし、フリル付きの黒いワンピースを纏った少女だった。
そして扉を開いて早々ユウシャの顔にヒットしたのは、彼女のこれまたフリルだらけの枕のようである。
「男の人を連れてレディの部屋に入るなんて、失礼だったわね。
ごめんなさい。その、音楽が大きくてノックが聞こえなかったみたいで。お話を伺いたくて入っちゃったの」
ルカが申し訳なさそうに頭を下げていると、少女は飛ぶように軽やかに一行へ近寄って来る。それはもう、懐っこい子猫のような、好奇心に煌めいたオレンジの瞳で。
「もしかして、もしかして! メロのファン!?」
「……え?」
「メロってば、まだ表立った活動してないのにファン作っちゃうなんて、罪作り☆ まだサインとか決まってないんだけど、それはそれでプレミア付くくない? てゆか売っちゃダメだし!
はい並んでくださあい☆」
「え、えっと、待って。……有名人?」
「いや、聞いた事無いけど……」
「有名モンスター?」
「いえ、どう見ても女性のようですし……」
ルカは、自分が転移者であるが為、彼女の存在を知らないのだと考えた。しかし、ユウシャもリノも問いかけには首を振る。ここが冥界の森の中の館であるという事を忘れてしまうくらい、少女はハイテンションだった。戸惑い指示に従わず、一列に並ぼうとしない一行に首を傾げると、どこからともなくペンを取り出し、ユウシャの赤い外套へペン先を向ける。
「サインここでいーい?」
「だ、だめ! 待って、ごめん! 俺たち君の事知らないんだ。この館の当主に会いたくて来たんだよ……!」
「なぁんだ、ジャックさまに会いに来たの」
少女はあからさまに残念そうに肩を落とし、それから宙に浮いて回転椅子に乗るように緩慢な動作でくるくると回る。
「ああいう魔法もあるのね。えっと……貴女、メロって言うの? さっき、マミーたちがマドンナだって言っていたの、貴女の事だったのね。
私はルカ。ユウシャと、リノと一緒に、旅をしているのよ」
「旅!? 旅って、ツアーの事!? 素敵~!
そう、メロはメロ☆ マドンナじゃなくって、アイドル!」
難無く宙に浮く少女に感嘆の声を漏らしつつ、ルカは手で指し示しながらそれぞれを紹介した。すると“旅”というワードに反応し、彼女は興奮した様子で空中にて可愛らしく決めポーズを取る。ルカもまた彼女の語るうち一つのワードに、小さく目を見開いた。
「へえ……この世界にもアイドルという概念があるのね」
「え? いや、アイドルって何だ……?」
「えっ?」
そしてユウシャの予想外の反応に、更に目を見開く事となった。リノもユウシャ同様その言葉を知らないようで、肯定するように首を傾げる。ルカは今一度メロと向き直った。
「貴女、どこから来たの? 私と、同じところ……?」
「メロはどこからも来てないよ☆ 『パンプキン館』のカワイイ箱入りムスメなの」
自画自賛の多い人間は大半苦手意識を持たれるものだ。しかし、それは事実愛らしい容姿だからか、それとも持ち前の明るさのおかげか、彼女にはどこか憎めないと思わせる。
予想が外れた事は悔しくあるが、彼女と話しているだけでルカは気が抜けてくるのを感じた。
「そっか、ずっとここに。じゃあメロ、アイドルの存在はどこで知ったの?」
「ん? そりゃもう、インタ~ネッツ☆」
「い、インターネット!? み、見せて!」
呑気に質疑応答を繰り返していたルカであったが、メロの言葉に、縋るように部屋の奥へと足を踏み入れる。少女が口にしたその存在は、ルカが故郷を離れ特に渇望していたものであった。メロはルカの要望を快諾し、淡いベビーピンクのテーブルに置かれた平たい二つ折りの板の前へ誘導する。
ルカは前屈みに液晶を覗き込んだ。それらしいアイコンへ液晶内で動き回るカーソルらしきものを持って行ってクリックすれば、検索画面と思わしきサイトが開く。
「……これは、ここの言葉?」
思わしき、と述べたのは、並んだ文字がルカの知らないものであった為である。
後から歩み寄ったリノとユウシャも、画面を覗き込む。しかしその文字は彼らにも馴染みの無いものであったようで、後方で顔を見合わせ、首を傾げた。
「んーん、それはね、えっと、幽霊文字! なーんて、メロの造語☆
これね、りちちがくれたの。見られるのは館限定らしいよ! 何でも、冥界に一番近い場所だから? だって~」
「死後の世界は共通している……とでも、言うのかしら。メロ、このパソコンでインターネットを使っている他の人とコンタクトは取れる?」
「それはだぁめ☆ 死んだ人は生きてる人に干渉しちゃダメって、りちちが言ってた! メロがこっそり使って良いのは、統計で誤魔化されそうな簡単な検索機能と閲覧だけ」
「えっ!? これ使ったら俺たち死んじゃうの!?」
「それもう呪いじゃねえか☆ これ、元々こっちで使える技術じゃないの。冥界から無理矢理コード引っ張ってる感じ? 他人のWi-Fi勝手に使ってる的な!?ヤバ悪じゃん……。
そういうワケで、メロたちおばけになりすましてるの☆」
ユウシャの勘違いを自分なりに訂正しようとするメロであったが、この歴史的大発明は彼女によるものではない。となれば紡ぐ言葉は稚拙で、一行も何となく、の理解にとどまっていた。
「……まあ、干渉出来ないのであればしょうがないわ。色々教えてくれてありがと、メロ」
「うんっ☆ それで、るかるかは何が見たかったの?」
「え?」
「るかるか、ネットに飛び付いたでしょ。なになに~メロに教えちゃえ☆」
子供のように無垢だった彼女の目ざとい問いかけに、ルカは一瞬怯みを見せる。しかし、それはまるで探偵の真似事かのように悪意を感じるものでなければ、一呼吸置き、素直に答えを述べるに至った。
「……私の元いた世界で、これはよく使われるものなの。私は制作に携わった人でも無ければ専門的な知識を持つ人でも無いのだけれど……、とあるサイトで、色んな人と交流が出来る。
私はただ、二次も一次も見境なくだけど、作品を載せさせてもらってるだけ。そこでオフ友でもオン友でも、コンタクトが取れないかなって思ったの」
「えっ!? それってセンセーじゃんっ☆
何書いてるの~? メロは死ネタとメリバが好き☆」
「メロ、そういうのも見るんだ。残念だけど、私が描いてるのは男同士の恋愛ものだよ。死ネタとメリバは私も好きだけど」
「わ、私は死別系、苦手ですの!」
メロとルカの会話にユウシャとリノは置いて行かれるばかりかと思われたが、BLトークとなればすかさずリノは会話へ入っていく。
「誰しも地雷はあるよね」
「メロが見てるのもBLだよ? イェーイ、同志じゃん! 3人でアイドルやらない?☆」
「だ、駄目っ、駄目だよ!? アイドルとかめりばとかイマイチわからないけどさ、俺たちジャック様に会いたいんだって。
ルカの元の世界の情報が得られるかと思ったから聞いていたけど、俺たちまずはあの子を助けなくちゃだろ? ……悪いけど、もう行こう」
何やら盛り上がり始めた女性陣に、慌ててユウシャが声を上げた。リノは新しい同志に目を輝かせたが、やがて数歩下がりユウシャの後方へ戻る。ルカもつい本来の要件を忘れてしまっていた事を恥じ、メロに小さく頭を下げた。
「ごめん、そうだね。あの子を助けなくちゃ。ありがとうね、メロ。それじゃあ……」
「待って待って☆ ジャックさまに会いに行くんでしょ? メロが案内してあげる~! ほら今、ジャックさまのお部屋にはりちちがいるし。りちちは警戒心強いから☆」
彼女の口から零れた名は、先程の歴史的大発明をした張本人のものである。聞いてみれば彼女の同行も中々悪い話では無く、ルカも表情を緩ませてユウシャの手を取った。
「……だって。さっきも襲われたばっかりだもの。着いてきてもらおう?」
「……、……あー、ああ、っしょうがないな! メロ、穏便で理知的な仲介、よろしく頼むよ」
「まっかせとけー☆」




