少年×魂の停留所
「嘘だろ……これ、もしかして……」
少年は森の中で足を止めた。しかし、途方もない木々の群れの中ではない。一行の目の前には、レンガ造りの洋館が聳え立っていたのだ。
驚くユウシャを横に、ルカもセヴェーノの言葉を思い出す。
『南に行きすぎたら山に突き当たる。北に行きすぎたら森唯一の建築物、洋館がある』
「森に唯一存在する洋館……『パンプキン館』だ。実物を見るのは、俺も初めてだよ」
「ユウシャ、この館を知っているの?」
その洋館の名を口にした彼に目を向ければ、どこか少し、落ち込んでいるようルカには伺えた。
「ええ……この館を知らない者は少ないでしょう。私も存じ上げております」
次いで口を開くリノも、重苦しい空気を纏っている。少年だけが嬉しそうに、館の足元に広がるカボチャ畑に駆けて行った。
「ルカ。……ここは“魂の停留所”と呼ばれているんだ。
『冥界の森』は死者の集う森。命の還る場所。でも、未練の無い人ばっかりじゃあない。ここは、魂たちが留まって、気持ちを清算する場所なんだよ。
……俺もそう、母に聞いただけなんだけど。本当にあったなんて、正直びっくりしてる」
「そう。それじゃあ、あの子……」
少年が館を目指した理由を考えれば、リノとユウシャの悲し気な表情にも合点がいく。どこまでも無邪気な少年は、閉ざされた未来を憂う事も無く、たわわに実った橙色のカボチャを抱きしめていた。
「……ユウシャ、リノ。館にこの子を頼める人はいないかな」
「これだけ大きな館です、当主の方がいらっしゃるかもしれません。
ですがルカ、この森に長居する事すら良くないのです。死者の魂が集う場所へ生者自ら足を踏み入れるなど……」
リノに同情や慈愛の心が無いわけではない。しかし、彼女の知性や警戒心は、一行の旅に必要不可欠であった。それを知った上で、ルカはリノの手を握り、ルベライトの瞳を見つめる。
「危険だよね。分かるわ。……でも私、あんな小さい子をここに置き去りにして立ち去るなんて出来ないよ。それに、館の当主が良い人なら森の道案内をしてくれるかも知れないわ」
「元々俺たちがここに招かれざる者、だからなあ……。でも俺も、望む場所に連れてきたんだからそれで終わり、とは言えないよ。
それに二人となら、俺はなんだって乗り越えられそうな気がするんだ」
照れ臭そうにはにかんだユウシャの言葉に、リノも強張らせていた頬を緩めた。そして、死に一番近い場所へ身を置く木々を圧倒する、大きな館へ目を向ける。
「あの大きな扉が入口でしょうか。少し、私たちで覗いてみましょう。ユウシャと私がお伽噺に聞いた館の姿と相違ないのか、まずは確かめねばなりません」
生者ならまず足を踏み入れない場所。それがこの森であり、この館だ。語り部の受け継いだ物語が真実かなど、今や定かではない。
木製の割に重厚そうな扉の前に3人並んで立つと、リノが一歩前へ出て、骸骨が咥えた真鍮のドアノッカーへ手を掛けた。カン、カンッと乾いた音が森まで響く。しかし、扉の奥に人の気配はなく、物音一つ立ちはしない。
「留守……? いえ、いえ。こんなに立派なドアノッカーがあるんですもの、館に住んでいる方はいらっしゃるはずですわ。
……あら? この扉、開いて……え?」
リノがドアノッカーを掴んだままルカらの方へ振り返ると、その拍子に鈍い音を立て、扉が外側へ動いた。そのまま顔を覗かせる程度に開こうと試みたリノであったが、中を覗いた瞬間、彼女の頭上を白いものが横切る。
後ろの木にぶつかって激しく割れたそれは、皿のようであった。
「な、なに……」
「きゃっ!」
突然の事にルカが唖然としていると、今度はコップが飛んでくる。それが家主かどうかは分からない。しかし、今扉の傍にいる者が自分たちを歓迎していない事は分かった。
「扉を勝手に開けてしまった事はごめんなさいっ、でも、少しお話を聞いて頂いても……っ!?」
「リノ様危ないっ! 一回閉めて! 閉めてーっ!」
リノがへりくだって説得を試みようとする間も、食器砲の追撃は止まらない。ユウシャが一旦の撤退を申し出たが、このような提案をリノが受け入れたことは、まず無かった。
「……もう、怒りましたわ! 貴方! 姿の見えない貴方! こうも簡単に物を壊して……もっと大切に扱いなさーい!」
思い切り扉を開放すると、杖を立て水の壁を作る。人の投てき程度のスピードで飛んでくるようであれば、食器は食洗器に入ったかのように水の壁に吸い込まれていった。
そんなリノの姿に、一瞬怯んだかのように攻撃が止む。したり顔で館の中へ進む彼女に、ユウシャとルカも続いた。
「では改めまして、ごめん下さい。私南東の森から来まし……、た?」
そして改めて自己紹介でも始めようというところ、一行の目の前に浮いていたのは食器などという可愛らしいものではなく、アンティーク調の椅子が一つ。リノの全身に影を作るほどの大きさのそれが、これから此方へ飛んでくると予見させるように傾く。ユウシャが慌てて剣を抜いた。
「……へ?」
「リノ様、ルカ、下がれっ!」
『人形村』で動く複数の木偶人形を切った刃だ、椅子くらい造作も無いだろう。それでも見えない敵が何をしでかすかも分からず、息を呑む。
振り被られた椅子が、一行目掛け飛んできた。ユウシャもしっかりと剣を握って切り裂こうとしたものの、椅子はその刃に触れるより先、鋭い何かに横から刺されて廊下へと吹っ飛んでいった。
「っなんだ!?」
「あれは……
ホウキ?」




