暗い森×遭遇
「その、聞いても良いかしら。男神と、女神の街について」
陰鬱に茂る木々の間を、一行は進んでいた。そこに道という道は無く、とにかく北西へ、まっすぐに。当てずっぽうと言われても相違なかった。
「ええ。ユウシャ、構わないですわね?
この島には二つの……取り分け大きな街がございます。島を隔てるこの森の南にあるのが、男神信仰の街『ソルス・スピロ』。そして北には、女神信仰の街『ルナデ・シルシオン』がございます。
街同士の争いがあるわけではございませんの。『冥界の森』が隔てているのです、お互いそう干渉出来ないでしょう。但し、以前お話しました通り、男神と女神は仲が宜しくありませんでしたから……、双方、何かしら不干渉の制約が誓われていたと存じますわ」
太陽の、やがては月の在処さえ忘れてしまいそうな薄暗い森で、ルカが半ば気を紛らわせる為に問いかけた言葉は、リノの返答により思いの外恐怖心を和らげてくれた。何せ聞いてみれば、この世界の成り立ちに関わる、少しばかり込み入った話だったのである。
『ソルス・スピロ』に行きたがらなかったユウシャへの配慮に一言声をかけ、リノが語ったこの島の要であろう二つの大きな街。最西端にある街に行くとなれば、それら2つの街か森、いずれかは避けられなかったのだろう。
「……別に、街の人々全員が相手の街を恨んだり、疎んだりしているわけじゃないよ。その約束だって、効力は街に住んでいる間だけだ。その分、永住の王族には厳しいようだけどな。
……それに、偏った教育をしている点は否めない。やっぱり、避けたり悪く言ったりする奴もいるだろうな」
「ふうん。じゃあ、セヴェーノもそうだったのかな。威張っちゃって、可愛かったわね」
「っな、ルカ……ッ「キャー!!」わぶっ!?」
揶揄いと言えど、ルカがセヴェーノを甘やかすのなら、ユウシャが不服げに声を上げる。しかしそれを遮るように、リノが叫び声を上げ、ユウシャに飛び付いた。精霊の柔肌に埋もれ、不本意であれ顔が赤らむ。
リノが見つめた視線の先、自身らが歩んできた方向へルカが目を向けると、そこには暗闇に埋もれた小さな生き物が屈んでいた。目を凝らすと、オーキッドのショートヘアがサラサラと揺れているのが分かる。その生き物も此方に見られている事に気付き、顔を上げた。
翡翠のような瞳を淡く輝かせたその生き物の正体は、一人の少年であった。少年は一行を見上げると、握っていた拳を広げて、手のひらの内を見せる。
そこにあったのは、数粒の豆であった。
「おばあちゃんから貰った豆、落としてしまっていたのね」
「っじゃあ、『製錬の村』から豆を拾って、着いてきてしまいましたの……っ?」
自らが恐れた存在の正体を知り、安心したリノも漸くユウシャから離れて少年を観察する。少年の装いはワイシャツにベスト、膝上までのショートパンツと大凡村民とはかけ離れており、所々にダイヤ柄をあしらった、西洋のゴシックファッションを主体としていた。
「村の子どもとは思えないわね。もしかして迷子かしら?
拾ってくれてありがとう。私はルカ。お名前は?」
律儀にも先に名乗ったルカの問いかけに、少年は口を結んだままでいる。ただ無視している訳では無い事が、逸らされる事のない翡翠の瞳から分かった。
「えっと、彼……喋れないのか?」
「困りましたわね……、ええと、僕。おうちは寒い森の北? それとも暑い南ですの?」
この広い島の、ましてや『冥界の森』での迷子となれば、彼の帰る場所など皆目見当もつかない。せめて場所を絞ろうと、今度はリノが子どもにも分かるようにと優しく問いかける。
すると少年の口は嬉しそうに弧を描き、リノの手を引いて子どもらしい無邪気な足取りで森の中を進んでいった。ルカやユウシャも慌てて追いかけたいところ、子どもを信用しきる事は出来ないと思い止まる。
「待って。さっき落とした豆をまいていこう。あの子が道を間違えたら、豆を辿ってここまで戻ってくれば良い」
「良い案だ、ルカ! 行こう!」
「童話の受け売りよ」
トバリから貰った貴重な食料だが、ここで飯も食えない身体になっては元も子もない。お菓子の家へ辿り着く子どもたちを思い浮かべつつ、先程少年が拾ってくれた豆から一粒一粒、ルカは歩く道へ豆をまいて進む事にしたのだった。




